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煙管の葉子

見えない花火大会

作者: 黒猫屋 倫彦

具体的な地名は出していないので好きに解釈していただいて結構ですが、イメージは北海道です。


2023/07/20 編集上のミスを修正

2023/07/22 一部表記を漢字に変更

 ボクはこの北国の夏が好きだ。そして、夏は夜が好きだ。夜は縁日が好きだ。縁日は蛸焼き(たこやき)が好きだ。蛸焼きは柔らかい大玉が好きだ。全国チェーン店がカリカリの揚げ蛸焼きを売るようになって久しい。そうなってからは何処もかしこもたこ焼きといえばカリカリという風潮(ふうちょう)になったが、それでも縁日の蛸焼きくらいは矢張りふわふわであって欲しい。そう、ボクは思う。

 そういうボクは今、お父さんの蛸焼き屋台の手伝いをしている。我が家は普段は土産物(みやげもの)屋をしているのだが、近くで祭りや運動会などがあるときは、専用の屋台自動車を出して蛸焼き、それと焼き蕎麦(やきそば)の屋台をやっているのだ。

 ボクはずっと働き通しですっかり汗だらけだった。

「お父さん、ちょっと休憩していい?」

「ん、ああ。客も少し落ち着いたからな。水分補給がてら少し休んで来い。次は俺が休むから、頼んだぞ。」

「はいよっ。」

 お父さんの許しを得て、ボクは屋台を離れた。少し離れた場所で氷水に浸したジュースを売ってる商店街の会長に「スタッフ」と書かれたネームプレートを見せ、事前の取り決め通り無料でラムネ(ビン)をもらっていく。

 エイヤっ、とガラス玉を瓶に押し込む。クイっ、と甘い炭酸水を飲み込む。プハアっ、と一息ついた丁度その時、目の前を不思議な格好の女性が通りかかった。

 彼女は黒いチャイナシャツを着て、白いチノパンを履き、頭には虹色の特徴的な帽子を被っていた。そして何より、肩には今時珍しい非常に大きなバッグを掛けていた。彼女はキョロキョロと辺りを見回す。やがて、ボクの方へ近づいてきた。

「スタッフですか?」

「あ、はい。何かお困りですか?」

「ええ、喫煙所を……」

「あの、どうかしましたか?」

 すると、彼女はボソッと呟いた。

「少年?」

 小さな声だが、確かにそういった。ボクはドキッとした。

「イヤ、御免(ごめん)。気のせいだろう……それで、喫煙所はある?」

「すみません、喫煙スペースはないんですよ。」

「そう。」

 彼女は素っ気(そっけ)なく答えたが、少しがっかりしたようにも見えた。

「でも、魚心あれば水心。綿飴(わたあめ)屋の裏の路地でスタッフが皆吸っています。スタッフのネームプレートを持つ者と一緒なら、そこで吸っても誰も文句を言わないと思います。一緒に行きましょう。」

「業務は大丈夫?」

「休憩の許可はもらってますし、すぐそこなんで、煙草を吸う時間くらいなら。」

 ボクは彼女を連れて路地に入った。丁度、誰もいないタイミングだった。

「済まない。」

「いえ、自分も一服しているところだったので。」

 ボクはラムネ瓶を軽く振った。

「じゃあ、有難(ありがた)く……」

 彼女はそう言うと、バッグから何かを取り出した。それは煙管(キセル)だった。彼女はそれを(くわ)えると、手で(たばこ)の葉を丸め、確か火皿と云っただろうか、煙管の先の皿のような部分に葉を詰め、燐寸(マッチ)でそれに火を付けた。

 女はすぅっと煙を吸い、ふぅっと吐いた。

「煙管、格好(カッコ)いいですね。」

「珍しい?」

「そりゃ珍しいですよ。少なくともこの町では……確か幼少の頃に今は亡き八百屋(やおや)の御隠居さんが煙管を使ってた記憶があるくらいですね。」

「でしょうね。だから私は煙管をネットで布教している。私の名前は葉子(ようこ)。葉っぱの葉に子供の子。興味があれば動画サイトで『葉子 煙管』で検索して欲しい。」

「後で調べてみます。」

 その刹那(せつな)、ドン、パララという花火の音が鳴り響いた。だが、花火の姿はどこにもなかった。

「不発?」

 ボクは葉子さんに答えた。

「いえ、花火はここからは見えないんです。」

「何故?」

「もう20年近く前、隣町との境目近くに巨大なビルが立ち並ぶオフィス街が出来て、それ以来この町では隣町の花火は見えないんです。」

「なるほど。」

 またドン、という花火の爆発音が鳴る。ボクは葉子さんに説明を続けた。

「こうなった見返りに、この町と隣町は取り決めをしたんです。花火は一年置きに二つの町で交互に打ち上げる、花火を打ち上げない町の方で縁日を開く、って。」

「賢いな。そう思うと、この見えない花火もいいものかもしれない……さて、お陰で美味しく煙草が()めた。有難う(ありがとう)。」

彼女はいつの間にか一服し終え、煙管をバッグにしまうところだった。

「何かお礼がしたい。」

「じゃあ……」

丁度その時、焼鳥屋のお兄さんが路地に入ってきたので、ボク達はその場を離れ、歩きながら話した。

「ウチでやってる蛸焼き(たこやき)屋で何か買っていただければ。」

「願ったり叶ったり。丁度空腹だった。」

 やや長居しすぎたかもしれない。ボクは葉子さんを連れて屋台に急いだ。

「おう、おかえり。今度は俺が休む番だ。蛸焼きと焼き蕎麦は作り()めしてたから、俺が休んでる間は頼んだぞ。」

 お父さんが言った。葉子さんはズラっと並ぶ蛸焼きを(なが)め、舌()めずりした。

「今なら熱々のが食べられそうだな。」

 ボクはお父さんに説明した。

「こちらの方は葉子さん。さっき喫煙所で会ったら蛸焼きを買ってくださるって。」

「お、有難うございます。それにうちの家内の相手をしていただいて。」

「いやだ、お父さん。」

 葉子さんはお父さんに答えた。

「むしろ私の方こそ話を聞いて貰ってしまった。」

「そうですかい。こいつは聞き上手だけが取り柄で……そのお陰で小説家になんかなっちまって、なあ?」

「そんな大層なものじゃありませんよ。」

 蛸焼きを受け取りながら、葉子さんは目を丸くした。

「へぇ。どのような作品を?」

「そんな、この北国でしか読めないローカル新聞に駄文を載せているだけで……小説家というほどのものじゃないです。」

「お前は何を謙遜(けんそん)してるんだ?こいつが書いているのは、主人公の少年が昔の世界を冒険する話が代表作なんですが、新聞社から物理・電子書籍化されてますので、このご時世、全国どこからでも大手通販サイトから買えますよ。この機会に是非(ぜひ)。」

 葉子はクスクス笑いを抑えきれなかった。

「いやあ、面白いご夫婦だ。そしてなるほど、少年という訳か。」

「は?」

 旦那さんは(いぶか)しんだ。

「いえ、大したことではない。」

 どうやら彼女は私の内なる少年(ボク)を見出してしまっていたようだ。

「さて。貴女の小説が読みたい。筆名(ペンネーム)を是非教えて下さい。」

「……はい。」

 その時、また見えない花火がドンと鳴った。その音に押されボクは……いや、私は観念した。

「私、いえ、ボクの筆名()は――」


【了】

お読みいただきありがとうございました。

葉子さんのモデルはアニメ「雲のように風のように」の江葉(こうよう)です。外見の一部をオマージュさせていただきました。

花火大会のモデルは函館新聞社函館港花火大会です。

新聞のモデルは北海道新聞です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 葉子さんの不思議な魅力が溢れた作品だと思いました。 主人公の内に秘めた少年性の描写も印象的で、ラストシーンに向かうにつれて見えていた景色が変わっていくさまが面白かったです。 何だか縁日に行き…
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