225 孵化する闇
【孵化する闇】をお送りします。
宜しくお願い致します。
東京都 太平洋上
「陛下には京都の御所にお移り頂く。口惜しいが東京を放棄するしかない」
あと一ヶ月で、山手線内側は全て時空の歪みに飲み込まれるだろう。ゆっくりだが確実に広がっている。既に首都機能を関西と九州に移動させているが、対応は後手にまわっている。東京都からの疎開は混乱を極めた。
「例の件はどうなった? 」
先日、非公式で谷崎内閣総理大臣と、米国のブライアン大統領との間でホットラインが使用された。
「却下だ。三澤の弾頭は使用されない。そんな勇気が有ると思うか? 通常弾頭ならいざ知らず……」
自衛軍の高柳幕僚長は吐き捨てる様に言う。
「効果があるかどうかも分からない核を使う勇気は無いか」
そう言って環太平洋艦隊司令ストライカー大将は、口にコーヒーカップを運ぶ。
ここは八丈島から二十カイリの太平洋上に浮かぶ海上自衛軍空母【風神】の飛行甲板脇のデッキだ。
「そんな物を使わなくても、あの領域は収束するよ」
黒く長いセミロングの美しい髪を掻き上げながら、咥えタバコの美女が話に割り込んで来る。
「九条教授……収束する? 」
禁煙ですよと言いながら、ストライカーは美女の口元からタバコを奪い取る。
「ああ、領域の広がる速度が落ちている。もう直ぐ反転が始まる。問題は何処まで反転するかだが……そこまでは私にもわからん……最悪の場合は」
「最悪の場合は?? 」
「地上にブラックホールが誕生する」
「そりぁ〜、もう俺らの想像の域をこえてるな〜」
ストライカーがお手上げだ! という身振りをする。
「防ぐ方法はないのですか?? 」
「あの領域に偵察ドローンを飛ばしただろ? あの映像を見たのだろう? 」
数日前に米軍から供与された最新の自立型偵察戦術ドローンを領域内に投入した。十機を送り込んだが、戻ったのは一機だけだった。それすらも奇跡と呼べる。領域内ではデータ通信が不可能な為に戻って来たドローンが撮影した映像を解析した。
「生物の様な、機械の様な物体が映り込んでいた……あれは?? 」
高柳は薄寒い物を感じる。その物体いや、存在を見た瞬間、魂を鷲掴みされたような……
「ドローンがスキャンしたデータは、生物であり、機械であり、それ以外である……と言う結論だ」
「なんなんですか? 」
「私にもわからん。ただ言える事は、あの領域は中にいる奴の卵だと言う事だ」
「卵?? と言う事は、いずれ孵化すると? 」
「高柳、あの領域は【ファイヤーグランドライン】から発生したと言ったな。ではその中にいる奴が、【災厄の王】と呼ばれた存在か? 」
「馬鹿な、デジタル世界の存在が、現実になるなどと……」
「いや、奴こそが【風見鶏】が言っていた異世界から転移して来た存在なんだろうな」
ストライカーはタバコを咥えたまま天を仰ぎ見る。
「奴の存在が何にしろ、あれが孵化して、外に出て来たら世界がどうなるか分からんぞ。あれは宇宙を乱す物怪に感じる」
高柳は嫌な予感がしてならない。昔からマイナスの予感はよく当たる。
◆◇◆
いつからだろう?
裸足で歩くのは?
薔薇の道は慣れている。主に跪き、その手に口付けをしたその日から私は覚悟を決めた筈だ……
主よ、この世界を許したまえ、
人の愚かな営みが永遠に続く罪、
いつかその償いを……
「うっ……」
ジャンヌはその夢から覚醒した。
夢が、現実かは定かでは無い。
「……ここは? 」
目の前に見知らぬ女性の顔がぼんやりと見えてくる。
焦点がまだ合っていない。
「ヴァイアの街の病院だよ。あんた丸々五日間も眠ってたんだよ」
女は屈託のない笑顔で、被ったカーボーイハットの鍔を指で弾く。腰には拳銃をさしている。
「……貴方は? 」
「あたいかい? あたいは、ワイアット・アープ。ガンマンだよ。ちょっと待ってな! 」
ワイアットはヒロトを呼びに行く為、部屋を出ていった。
【孵化する闇】をお送りしました。
(映画【エイリアンVSプレデター】を観ながら)




