205 神仙術兵馬俑
【神仙術兵馬俑】をお送りします。
宜しくお願い致します。
渓谷は更に霧が濃くなっていた。
真っ白に染まった世界は、何ら闇と変わらない。
すぐ左側は二百メルデはある深い谷だ。落ちればひとたまりも無いだろう。
「……あれだけの術の使い手が、これで終わりとは思えないな。むしろこれからが本番かもな……」
クラビスは不慣れな馬から降りて、慎重に進んでゆく。
「面倒なら、俺の魔法で吹き飛ばすか? 」
馬の上で、カズキはそんな事を言う。
「いや……それはやめてくれ。神仙術の使い手がいるなら、あの書の事も知っているかもしれない」
朱雀は右手親指の爪を噛みながら、虚空を見ている。
「土御門が探してるっていう例の? 」
「俺たち四聖獣は、呪物を探す為に土御門一門から選抜された部隊だ。呪物と言っても色々あって、その名の通り呪いの籠った物や、神聖な物、様々だ。キリスト教の言う聖遺物も、ある意味で呪物だ」
「災厄の渦とかって奴と戦った十剣神の中に、あんたらの太祖がいたんだよね? 」
「あぁ、我らが太祖【アベノハルアキラ】が、その十剣神の一人だったそうだ。たが戦いの中で、太祖は亜空間に飲み込まれたらしい……その時に一冊の書物をこの世界に残した」
「それが【真伝奇門遁甲】天帝が黄帝に授けた神の奥義書か……本当にあるのか? 」
「有る! 必ず有る! 」
朱雀は珍しく語気を荒げた。
「で、今回の神仙術奇門遁甲の使い手が、その書物の事を知ってるかもって事か? 」
「あぁ、その通りだ」
「仕方が無いな。土御門はスポンサーだしね」
◆◇◆
【黒龍の軍】がさらにクザン渓谷を進むと、左手に道が折れ曲がって、広い場所に出た。その更に向こうはなだらかな坂になっていて、丸太を組んだ柵と門があった。
「奴ら、こんな砦を作ってたのか? こりぁあ、罠だぞ」
カズキは笑みをこぼしながら手を叩く。
その拍手に合わせる様に、ゆっくりと門が開いてゆく。一斉に中から、騎馬が坂を駆け降りてきた。
「もう下がれない。迎え撃つぞ!! 長槍隊前に!! 」
クラビスが的確な指示を出して行く。
その槍襖を、ものともせずに騎馬が突入して即乱戦になった。
四聖獣がその乱戦に突っ込んでいき、凄じい戦闘力で薙ぎ倒して行く。だが異変はその時に起こった。
「な、なんだ? 地面が?? 泥に?? 」
足元の地面が黒ずみ、そして泥と化した。その柔らかい泥に足が引き込まれてゆく。
「敵も条件は同じだ、底なしじゃない! 」
クラビスはそう言いながら、また敵を屠る。
だが今度は、その泥の中から手が伸びて来た。兵たちを引き摺り込む様に無数の手が伸びてくる。そして、泥で出来た人形が起き上がって来たのだ。
「なんなんだ! コイツらは?! 泥で出来た兵隊だと?? 」
泥で出来た人形が次々と起き上がる。あるものは、槍を持ち、あるものは、弓を構えて、そしてあるものは剣で襲いかかってくる。
「先生、術に落ちましたね。これで奴らは後にも簡単に下がれない」
少年は傍らの男に話しかける。男は白髪を撫で付ける様にして、風に乱れた髪を整えて、眼下に広がる状況を整理していた。
「どうやら、あの呪力を持った四人の誰かが、私の奇門遁甲を破った様ですね。それがまぐれだったのか、どうかを試してみましょうか? 我が【神仙術兵馬俑】で! 」
男が団扇を左から右手側に横一閃、するとその動きに合わせて泥の兵隊達が波の様に左から右側に移動を開始した。泥の兵隊が四聖獣を取り囲み、倒されても、その上から折り重なる様に襲いかかって来る。
「これも神仙術とか言う奴かよ?! 【呪力闘気】が打ち消される」
白虎が日本刀を居合斬りの態勢から一気に抜刀する。一度に数十体を屠り、そのまま上段から振り切った刃の衝撃波で更に周囲を制圧してゆく。だが本来の威力よりも落ちる。神仙術が白虎の呪力を打ち消しているのだ。
【神仙術兵馬俑】をお送りしました。
(映画【ミッドサマー】を観ながら)




