198 狩を始めましょう
【狩を始めましょう】をお送りします。
宜しくお願い致します。
霧深い谷を行く軍馬の群れ。
カーボーイハットを被った男は、眼を細めて、行先を見つめるが、霧の中に、霧を見るだけだった。これほど濃い濃霧は、このクザン渓谷でも年に数度あるか無いかだった。
「この霧すら計算か〜」
【紅蓮の軍】の指揮官が、わざわざ土地勘の無いこの場所を戦場に選んだ事に恐ろしさを感じる。
「キッド様、お館様が後方の平原に布陣されました」
副官のロッド・アロンも緊張が隠せない。
「キッド様〜は、やめてくろ。ビリーでいいだよ」
「それでは部下に示しがつきません。貴方様は銃撃部隊の部隊長です。それにこの戦場の先魁でもある」
「それだよ、それ! なんで銃撃部隊が先魁なんだ? こんな霧深い場所で? 」
今回、信長の指示は納得がいっていない。こんな場所では同志打ちもあり得る。谷や崖、山や森。槍部隊の方が向いている。
「お館様の深いお考えは、私などの及ぶ所では御座いません」
この連中は、信長に対して心酔し過ぎだと思う。自分は俯瞰して見ている自分が居て、その自分を更に俯瞰して見ている自分がいる。
「……自分自身すら信用出来ないのに、他人など良く信用できるもんだなや……」
「何か仰いましたか? 」
「いや……自分自身を理解するのは、難しいって事だなや」
晴明なら、なんて言うだろう。今のオラを見たら怒るだろうか……あの書物を手に入れたら全てが前に進む筈だ。だがその前に、ナターシャの事に蹴りをつける必要がある。
「全体、この場所に野営する。各小隊は左手の森に注意。偵察隊を出せ! 円形陣地を構築! 」
ロッドは各部隊に伝令を走らせ、命令を徹底させる。元々はブランデン王国正規軍の将軍だった男だ。信長率いる反乱軍千五百に対して、七千の兵力で正面から戦い、敗れ、軍門に降った。それからは信長に心酔している。奇襲などでは無く、正々堂々と正面から戦って敗れた為に、信長の本質を見る事無く軍門に降った一人だった。
「手駒と言う意味では、オラも変わらんだなや〜。新しく入った連中のお手並み拝見だなや〜」
第二部隊は、新設された部隊で、第一部隊よりも兵数は少ないが、変わった召喚者達が多数配属されたとの事だった。どこの馬の骨かも知れない連中を、能力が有るからの一言で配属した信長は、合理主義の権化と言える。
馬を降りて、設営された自分の幕舎に入って、ベットに倒れ込んで、少しだけ寝ようと決めた。
◆◇◆
この丘には霧がかかって居なかった。その一番高い位置から、男は白髪が増えた髪を撫で付けながら眼下を眺め、その眼から脳に到達した情報を凄まじい速さで処理する。
「……惇、向こうも入って来た様です。手筈通りに! 」
「はい先生! 各隊、そして例の砦にも伝達済みです。いつでも動けますよ」
惇と呼ばれた少年は十四歳になったばかりであるが、この世界で元服の儀式を執り行い、兵士として認められた。同じ年頃の少年兵の中から抜きん出た存在感を示して、実力で先生と呼ぶこの男の親衛隊を任されている。大人の兵士が数人掛りでも、この少年に敵わない。
「織田上総介信長と言う男も、必ず来ます。それまで極力戦闘を避ける様に」
そこに伝令兵が駆け込んできた。
「伝令です! 敵の召喚者を含む部隊が、東の谷を前進。中腹の盆地に入ります」
「そうですか。意外に早かったですね……では狩を始めましょう」
この男の癖なのか、指示を出す際に右手に持った団扇を左側から右側に向かって払う仕草をよくする。本来は孔雀の羽を加工した団扇を使うが、ナイアス大陸で手に入る素材で代用している。
その指示を聞いた惇少年が、部隊を統括する幕舎に向かって走り去る。
「……皆んな、私に力を……」
現世で死に別れた友達の顔が浮かんでくる。私が不甲斐ないばかりに、友の夢を叶える事が叶わなかった。多くの好敵手達も先に逝った。だが男にはまだなすべき事があった。
【狩を始めましょう】をおおくりしました。
(映画【呪怨】を観ながら)




