196 エルファンを切り取る好機では?
【エルファンを切り取る好機では? 】をお送りします。
宜しくお願い致します。
事態が収束したのは、それから半刻ほどしてからだった。
黒豹騎士団は術者を発見できなかった。かなり遠距離からの攻撃だと推測した。アリストラスの魔導団によると、この様な術は見た事も聞いた事も無いと言う事だった。
後始末を行っていると、そこにヒロト達が戻って来た。ヒロトはかなり憔悴していて、直ぐに幕舎で休ませる事になった。
「何があった? 」
武蔵が、九郎に問いかける。
「ヒロトの弱点が出た。いや、弱さと言ってもいい……」
九郎は、腕組みして空を見上げる。さっきまで漆黒の闇だった空が、夕暮れ空になっていた。
「術を使ったのか? 」
「ああ、それも大規模で凶悪な奴を喰らわせた。自分が、やった事での結果に対して、拒絶反応が出た」
「……成る程な……だが、それを乗り越える事が出来るのも、自分自身だがな……」
武蔵も吉岡一門を殲滅した際に、まだ幼い当主を斬った苦い経験がある。
「俺は、戦で人を斬っても、なにも思わなかった。多分、元々壊れてたんだろうな〜。ヒロトの感覚の方が真面だよ」
九郎が唯一後悔した事は、幼い天皇を助けられ無かった事だった。
「だが奴の能力は必要だ……こんな時にマーリンが、おったらな……」
ふっと武蔵は、別れた仲間の事を思い出していた。
◆◇◆
白亜の宮殿に設営された【紅蓮の軍】幕僚本部で男は今朝から、膨大な資料を確認しながら、このナイアス大陸の地図に、様々な事柄をメモ書きして貼ってゆく。
「……エルファンの【蒼炎の軍】は、南方域に侵攻……その数は五十万……その為、エルファンには王都守備隊のみ…….」
「先生、エルファンを切り取る好機では? 」
まだあどけない少年は、北エルファンの地域を指し示す。
「この【マルドゥク争奪戦】での領土の奪い合いに、さほどの意味は有りません。それに、支配地域を広げれば、それだけ人員を割く必要が出てきます。それは結局の所、各個撃破の対象になるだけです」
「でも先生なら領土を拡張しながらでも可能では? 」
「可能ですよ。十分な考察によって進めて行けば、領土を切り取りながらでも。しかし、それには時間がかかる。その分、国土も荒れ、軍も国民も疲弊します……【黒龍の軍】は、ブランデン王国残党軍を吸収しながら、軍備拡大中。だが、それを指揮する将が不足している」
男は、団扇で口元を抑え隠して、ぶつぶつ言いながら、さらに地図へ書き込んでゆく。
「惇、ここの地形は? 」
惇と呼ばれた少年は、地図と、その地方の詳細が記載された書物を見比べて、
「谷ですが……複雑な地形ですね。高い絶壁に丘や、山もある。少し奥へ行くと、森も現れる。大軍には厳しいですね」
「そうですね。大軍は厳しい。普通は入って来ないでしょうね。だからこそです……」
男はそう言ってから、考え込んでしまった。そして、
「……惇、軍を動かします。各隊に通達を、お願い致します」
男は立ち上がって、横に控えている近衛隊にも指示を出す。
「先生、いよいよですね! 」
「ええ、【黒龍の軍】を叩きます。それにこの目で、第六天魔王を名乗る男を見てみたい。私が現世にいた時代より、一千年以上未来から来た男です。どの様な戦い方をするのか、非常に興味がある」
男は、久しく忘れていた高揚感をおぼえる。あの時以来の楽しさだと思う。だが我が同胞達は皆逝ってしまった。
男は、一瞬だけ、遠くを見る様な眼で、何処か懐かし様な、何処か悲しげな表情を浮かべた。
「先生の軍略を間近で学ばせて貰って嬉しいです。現世に戻ったら
、あいつを助けてやりたい。必ずこの経験が活かせると思うんです」
少年はとても嬉しいそうだ。とても純粋で、男には眩しくうつる。
「同胞かい? 」
「従兄弟です。変な奴だけど、何処か芯が通っていて、いずれは天下に名を馳せる奴です」
男は、少年が言う【奴】を知っている……
「ならば、私の側で学びなさい」
男は、この惇という少年を息子の様に可愛がった。
【エルファンを切り取る好機では? 】をお送りしました。
(映画【ドラゴンロード】を観ながら)




