174 愚か者め! (改訂-1)
【愚か者め! 】をお送りします。
宜しくお願い致します。
ナイアス大陸西方地域の約七十パーセントの範囲を占めるこのグランバルド大砂漠は広大だが、全てが砂漠と言う訳ではない。大小百以上のオアシスが点在し、そこに各部族単位で街が形成されている。その部族を全て従え、戦闘国家エルファンの中心にある王都ロウ・カンに第一報がもたらされたのは、織田信長が、ライアット公国を素通りして四日目の事だった。謁見の間に伝令兵より情報が伝わる。
「【黒龍の軍】が、グランパレス大氷河添いに西進、我が西方地域に向かっています。その軍勢は約九万! さらに増加中です」
一気に謁見の間に動揺が広がる。その動揺を鎮める様に、一際高い位置の玉座から偉丈夫が低いがよく通る声でみなに語りかける。
身の丈はゆうに2メルデをこえる。
「鎮まれ。我らエルファンの民が、そんな事で騒ぐでない。トーウル王国に近い三十五から四十三までの各部族を招集し、ブラームス山脈麓に集結させよ。だが、奴らが砂漠に入るまでは手出しをするな」
その一言で、みな一斉に動き始める。
「……この【黒龍の軍】の動き……貴様はどうみる? 」
偉丈夫は隣に控える小柄な男を試すように話しかける。まだ幼さが抜けないその美影身は口元に笑みを浮かべて、
「誘いだろう?……入ってくるつもりは……無い」
そう断言する。
「儂も同意見だ。だがあれだけの軍勢を目の前にして冷静に対応出来る者は少ない。さて……」
「こっちは、好都合さ。今のうちに軍勢の調整が出来る。いい目眩しだ」
「成る程のう。貴様の思考はやはり我に近いのう〜。ではその通りにするとしよう。そなたに五千の騎馬兵を貸す、と言っても、元々貴様が集め作った部隊だ。探ってみせい」
偉丈夫は何処までも尊大だった。
「……わかった。自由にさせて貰う」
そう言い残して、踵を返した。
◆◇◆
【黒龍の軍】はトーウル王国の国境を軽々突破し、幾つかの村を占領した。トーウル第一軍は南西三十デルの地点に集結している。小高い山の中腹に陣取り、【黒龍の軍】の出方を伺っていた。
「将軍、敵の斥候は高原を素通りし、細い山道を登って来ます。我が陣の地形情報の収集かと」
メルザ将軍は初陣から四十年、歴戦の軍人だった。敵の斥候の動きから、【黒龍の軍】はここに攻め寄せるつもりだと判断した。
「各個撃破せよ。敵主力はこの陣に攻め寄せるつもりであろうが、魔法で罠を仕掛け、敵戦力を削るだけ削るのだ。有象無象の輩が幾ら寄せてこようが、我が第一軍は揺るがぬぞ」
散発的な威力偵察部隊からの攻撃を潰し、各個撃破したトーウル王国軍は沸き立った。敵が思いの外弱い。更に追い討ちをかける。
「逃げろ逃げろ! 有象無象が幾ら集まり、軍の真似事をしようとも無駄だと教えてやれ! 歩兵隊は敵兵力を追い討ち、殲滅せよ! 」
鬱蒼と生える背丈ほどの木々の間を通り、逃げるブランデン連合軍の背後を、トーウル王国軍は追い討ちをかける。山の峰を追撃しながら、グラーブ高原にさしかかる。
開けた高原の中ほどまで歩兵の先端が到達した時点で、先頭の指揮官の歩みが止まった。血の気がゆっくり下がってゆく。
「……な……なんだ? 何故? 」
トーウル王国軍歩兵部隊の正面に展開する大部隊を見て、呆然としてしまった。中央に騎馬隊、両翼に歩兵を配置し、広く展開している。
「愚か者め! 簡単な陽動に引っ掛かる。いつの時代も、たとえ異世界といえども、悪い軍などおらぬな……居るのは悪い指揮官だけだ。鶴翼の陣だ! 始めよ! 」
織田上総介信長が右手を振り下ろしたと同時に、中央の騎馬隊が一斉に突撃を開始した。
一気に恐慌状態に陥ったトーウル王国軍の歩兵部隊は次々と討たれ、軍と呼べる状態では無くなった。山道にいる軍は、前方で何が起こっているかが、理解出来ず、高原に向かって前に出ようとする。味方の軍が壁になり、逃げ場を無くした歩兵部隊は物の数分で逆に殲滅の憂き目に合った。
一旦、黒龍の軍の騎馬が引いたと思ったら、今度は左右両翼の歩兵部隊が同時に襲いかかってくる。
「この世界には孫子の兵法は無いとみえる。自らの地の利と、相手の地の利を比べれば、自ずと最善の手が見えてこよう。つまらんな……」
信長は心底つまらないと言う顔で、馬の上で器用に胡座をかいた。そんな姿を眺めながら、ビリーはヒロトといい勝負だと思った。合理的な思考が似ているのだ。
だが、流石にトーウル王国軍のメルザ将軍は異変に気がついた。すぐに騎兵部隊を向かわせる。
「やっとお出ましか……前面に出ている第二次攻撃の騎馬部隊をゆっくり後退させろ。ゆっくりな」
後退するブランデン連合軍の騎馬部隊を追撃する形で敵が深く入ってくる。それに合わせてさらに後退させる。
「ふっ……見事に嵌ってくれる」
信長が両手を水平に上げて、その掌と掌を合わせる様にする。
「刷り潰せ! 」
その途端、両翼の歩兵部隊が左右から敵騎馬部隊に対して突入を開始した
「い、如何! 逃げ道が無くなるぞ! 前に進んで突破する! 」
そうトーウル王国軍の騎馬部隊長は叫ぶが、いつの間にか、前方に大楯を構えた兵士が壁を作る。
「はめ殺しかい? 」
ビリーは戦慄を覚えた。この戦術にではなく、短期間でここまでの事を兵士に仕込んだ事に対してだ。
「我の鶴翼の陣を破れるのは、我が軍団の中では、金柑頭と猿だけじゃ。あと外に目を向ければ、武田信玄ぐらいだの」
「こんな凄い陣形でも破れるのかい? 」
「世の中に完璧な陣形などない。必ず対処する為の陣形が存在する。此奴はその知識が無いだけじゃし。まぁ、知っていても使いこなせるかは、また別の話しじゃがの」
【愚か者め! 】をお送りしました。
(映画【許されざる者】を観ながら)




