166 覇王登場(改訂-1)
【覇王登場】をお送りします。
宜しくお願いします。
ヒロトは、ピクニックにでも行く感覚でふらっと現れた。
反乱軍の先陣にいた歩兵部隊の正面からゆっくり歩いてくる。仲間に挨拶でもしに来たように。
「? おい、お前、そこで止まれ」
歩兵の一人に呼び止められたが、ヒロトはにっこり笑顔を浮かべ、そのまま軍の中に入って行く。歩兵達が慌てて槍襖をヒロトに向ける。それでも構わず前へ出るヒロトに、歩兵の一人が槍を突き入れて来た。貫かれたと思った瞬間、歩兵の身体は宙に飛ばされた。一斉に警戒合図の笛が鳴る!
殺到して来た兵達はヒロトに触れる事なく、次々と宙に飛ばされる。見えない壁に弾かれている様だ。元々は城塞都市の駐留騎士だろうか、銀の甲冑を身につけた騎士が馬上から剣を振り下ろして来たが、ヒロトが手をかざすと、振り下ろされた剣が止まった! そしてそのまま同じ様に弾き飛ばされる。
ズンズンと本陣に向かい、ついに幕舎の前まで来ると、なかからビリーとマントを羽織った男が出て来た。歳の頃は四十ぐらいか?
日の本の男だ。
「……迎えに来たぞ」
ヒロトはビリーに投げかける。
「お前もひつこい奴だなや〜」
「お主がヒロトか? 」
マントの男が話に割り込む。どこかそれが許される雰囲気がある。
「ああ、あんたがこの軍の指揮官か? 」
「……で、ある」
「あんたら、元々はこの国の重税に耐えかねた民が反乱を起こして、政治を正そうとしているのだろ? ならばゴドラタンと敵対する必要は無いと思うが? 」
「……間違っている。それは間違っているぞ! 」
「? 」
「この様な事は今に始まった事ではない。ましてやブランデン王国だけの事では無い。特権階級と下層民などと分け隔てている以上、この問題は未来永劫つづくのだよ」
「……全ての専制国家と敵対すると? 」
この男は何だ? 民主制度でも始める気か? そもそも誰なんだ?
「人権は平等でなければならん。だが同じ人間は二人と居ない。であれば能力での差は必要だ。儂は生まれや、血の繋がりなど信用せぬ。実力だけを評価する。それで生まれる個人の差は仕方がなかろう? この世界の貴族制度も始めは実力主義だった筈だ、たが長い年月で腐り果ててしまった」
「それをあんたが正すと? 」
「儂は世直しなど考えてはおらぬ。儂はただ奪うだけだ。その結果、今より良い世界になる。国と国の壁が無くなれば徴収する税は少なくて済む。そして戦も無くなる。儂が王になればな」
「……貴様、何者だ?! 」
「我は信長……織田上総介信長である」
マジか?! 目の前に中世日本最大の英雄がいる? だが彼は千年前の災厄の渦で転生者だった筈?! 呼ばれた時期が違うからか?
織田上総介信長。
尾張の国(今の愛知)の国衆の生まれ。家督争いをおさめ、桶狭間にて二千騎の手勢で、今川義元軍二万を破り一気に歴史の表舞台に登場した。将軍足利義昭を奉じて上洛し、中央政権を樹立。天下布武の旗を掲げて近畿を制圧。天下人まであと一歩のところで、家臣である明智光秀の謀反により京の本能寺にて自害した。後世の資料で、信長は日本統一後には、大陸に侵攻する計画すらあった。鉄砲の重要性をいち早く理解し、世界ではじめて縦列歩兵を採用、集団で鉄砲を使用した戦術を行った。これはヨーロッパより二百年早い戦術革命であった。三千挺の鉄砲隊を三段に分けて、順番に撃ちかける戦術は当時のパイオニアと言える。
「……あんた……いつの時代から来たんだ? 」
「……天正二年だ。それがどうした? 」
長篠の戦い前か、天草四郎が言っていたのは、本能寺での死が心残りだったから転生者となったと……
「武田との決戦前だな」
「そんな事まで知っているのか、流石だな。どうだ? 儂のところにこぬか? 其方なら軍団を任せても良いぞ」
「……今回、このナイアス大陸に召喚された理由は知っているのか? 」
「ああ、当然だ。儂らは黒龍の巫女に召喚された。だが彼奴等の思惑はどうでも良い。儂は儂のやりたい様にする」
「俺は今回の状況に違和感がある。何故争う必要があるのかと。今回も災厄の渦と同様に同じアリストラス超帝国の遺産が原因にある。皆が一斉に争い始めるこの状況は異常だよ。これはまた呪いの類とかわらないだろ? 」
「呪いか。面白い! わが覇道への余興としてはな」
「……呪いを、余興だと言い切るあんたに、やはりついて行く訳にはいかない」
「ならば敵になるしかあるまいな」
信長はニヤリと笑い、青く澄み切った空を見つめた。
【覇王登場】をお送りしました。
(映画【影武者】を観ながら)




