6 肉料理にウーロン茶に急展開
その日の晩餐、ちょうどメインが肉料理で、私たちのお皿の近くには冷やしたウーロン茶が出された。
氷を入れたグラスに濃いめに入れたお茶を淹れる希釈という方法でアイスティーを出す事もあるが、春先である。魔法が使える人が居なければ氷は出てこないので、さすが王宮というべきか。
ちなみに、私にも魔法の素養はあるにはある。ただ、魔法使いかと言われると少し怪しい。
私の魔法は『その場にいる人の気分を少し上向かせる』という魔法だ。意識しなくても漏れ出ているらしく、つまり私の能天気さと、嘘を吐いても堂々としているのは、この魔法のせいもある。私自身が常にポジティブなのだ、余程、感情が揺れない限りは。
そんな贅沢なお茶を眺めながら、ノラ令嬢がまぁと声をあげた。
「氷の入った……これは、お茶ですの?」
「あぁ。レガリオ辺境伯令嬢の提案で、肉料理にとても合うからと勧められた。春の気候で温かい最中だ、冷たいお茶の方がいいだろうと思ったので用意した。ウーロン茶という茶だ、料理の後に飲んでみてくれ」
王太子殿下は当然ウーロン茶を知っていらしたようだ。ただ、こういう合わせ方をするものだとか、どういう時に飲むもの、誰が好んでいるものかまでは興味が及ばない範囲だったのだろう。
イリア様は嬉しそうに肉料理を一口食べると、進んでグラスに口を付けた。私も真似をするが、やはり、脂っこいものを食べた後のウーロン茶はとても口の中がさわやかだ。
「美味しいですね」
「えぇ、本当に。イリア様の故郷ではこうして出されるのですか?」
他の令嬢も同意して、イリア様に話をふる。私たちは互いに王太子妃の座を競っている(私は辞退したい)が、仲が悪いわけでは無い。むしろ、仲良くできるほうが選ばれやすい。……おや? とすると、私がイリア様と仲がいいのは悪い事なのでは?
しかし、美味しい料理と嬉しそうに故郷を語る可愛らしい令嬢の前では、そんなことは些末なことだ。
イリア様は活き活きと故郷の事を語り、私もそれを聞きながら、お肉、ウーロン茶、お肉、ウーロン茶と食事を進めて、あっという間に晩餐の時間が終わろうとしていた。
それぞれ使用人に椅子を引かれるその前に、イリア様がお待ちくださいませ、と場を止めた。
「私、リリィクインの座を辞退させていただきたく存じます」
「……一応、理由を伺っても?」
王太子殿下が片眉を上げて尋ねると、イリア様はまっすぐ王太子殿下の目を見て笑顔で告げた。
「私に、王宮にもウーロン茶がある事、そして、故郷の大事さを思い出させてくれたこと、ウーロン茶を晩餐にと進言するようにとおっしゃってくださったのも、別の方ですの。私は、その方を支える人間になりたいです」
ですので、その方のお邪魔になるようなことはしたくありません、と言われてしまった。
待って欲しい、その方法で辞退が許されるなら私も得意の口八丁手八丁……いや、手は得意ではないけれど、それで辞退したい。
「……なるほど。自らより、自らを見出してくれた者に座を譲る。そう判断されたか」
「はい。きっと、私はその方が選ばれると信じております」
私の方をちらりとも見ない辺り、配慮に長けている。落ち着けばこれだけ冷静に、朗らかに振舞える女性なのだ。もったいない、と思う。
こんな最初から振るい落とされるためにやってきた私と違って、よっぽどいい王太子妃になるだろうに。
王太子殿下が何故か私をちらりと見たので、目が合った。少し驚いて目を瞬かせると、イリア様に向き直る。
「分かった。そなたの辞退、受け入れよう。即日出ていけとは言わない、一週間以内に出ればよい。書面の手続きはこちらでしておく。……辺境の姫君、こうして会う事ができてうれしく思う」
「こちらこそ、素晴らしい出会いの場でした。皆様、私のような不束者によくしてくださって、ありがとうございました」
イリア様の辞退は和やかに決定し、それぞれ挨拶を述べて、晩餐は解散となった。
私は「その手があったか……!」と、忸怩たる思いで月下宮への道を歩いた。噛むハンカチは、今日は貸出中である。