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2 毎日破壊される小物

「こちらが、ヘイドルム侯爵令嬢がお過ごしになられる月下宮でございます」


 ソニア・ヘイドルム。私はうっかり侯爵令嬢に生まれ、うっかり弟がいて家督を継ぐのはそちらに決まってしまい、うっかり婚約者探しをサボったので、うっかり王太子妃候補『リリィクイン』に選ばれた女。


「ありがとう。侍女は私に着いてきてくれたアリサと、あなたたち? お名前を聞いてもいいかしら」


 うっかりが重なって来たくもない離宮に入る事になったが、一ヶ月間を過ごす場所としては悪くないように思えた。大理石で作られた、ほんのりクリーム色のまざった白っぽい離宮で、王宮の敷地内にある。王城までは徒歩でいける距離だし、ほかの『リリィクイン』たちも同じような離宮を与えられている。


 私の髪は長い瑠璃色で、瞳は濃い灰色だが、色素の関係か、感情が高ぶって頭に血が上ると金色に転じる不思議な色をしている。今は当然灰色だが、この話が来たときには驚きと勘弁して欲しいの二つの感情で金色になってしまった。


 国王命令ならば仕方がない。侯爵家は王家・大公・辺境伯・公爵、その下の貴族。当然逆らえないのなら、もう気持ちよく過ごすしかない。


 部屋の家具に手を触れて、居心地の良さそうな場所だなと素直に思いながら、案内をして荷物を運びこんでくれている侍女5人に微笑みかけた。一番身近でお世話をしてくれる人たちとの関係は良好な方が当然いい。


 皆驚いたような顔をしているが、王宮ではたくさんの侍女が仕事をしている。たぶん、名前を聞かれることなどないのだろう。だがこの離宮ではこの5人と一緒に来てくれたアリサだけ。あとは私が暮らすのだから、名前を知らないと何かと不便だ。


 それぞれ、ケイ、レーナ、シフォン、ベル、ローラ、と名乗ってくれる。この中だと、ケイが責任者になるようだ。ケイとアリサが仲良くしつつ、恙なく日常が送れれば私はそれでいい。


 そして、集まった他の『リリィクイン』の話を聞く。やはり、というか、そうそうたるお家柄のご令嬢ばかりだ。


 レーナにお茶を淹れてもらい、アリサが場所を聞きながらシフォンとベルとローラが私の荷物を片付けている横でソファに座り、ケイに説明を聞いた。


「伯爵家のノラ・コルクス様。それから、同じく侯爵家のユーグレイス・フォンゾ様。辺境伯令嬢のイリア・レガリオ様。そして、公爵家からメイベル・フォンセイン様がそれぞれ離宮に入られました。明日よりの一ヶ月、ソニア様と共に『リリィクイン』としてお過ごしになられる方々です」


 そして毎日のスケジュール、が、お茶会と晩餐。他は好きに過ごしていいらしく、王宮も庭や公用部分ならば自由に歩いていいらしい。欲しい物はなんでもお申し付けください、と言われた。


 私が断れないなら来るしかない、で来たのと違って、他のご令嬢はきっと王太子殿下と結婚したいはずだ。私は、どの家の令嬢とも諍いを起こす事もなく、当然王太子殿下に選ばれずに、かつ、悪行を働かずに王室からの印象もよく、ここを去るのがミッションである。お父様にも言い渡された。


 と、ケイの話を真面目に聞いているふりをしながら、空になったティーカップを置くと、すかさずレーナがお代わりをいれてくれようとして……高いティーポットが床に落ちて割れた。


「レーナ!」


「も、申し訳ございません! 火傷などは……?!」


「大丈夫よ。落ち着いて。私には少しもお茶はかかっていないし、ティーポットも細かく割れたわけじゃないわ」


 すかさず窘めるケイと、狼狽して泣きそうになっているレーナを交互に見て、私は笑って宥めた。


「あら、素敵ね。幸先がいい印だわ。みて、絨毯の職人の方には申し訳ないけれど、白とアイスブルーのこの部屋の中で、紅茶が花を咲かせたように広がっているでしょう? 祖母に聞いた話なのだけれど、ずっと昔はお茶を零してその形で占いをしたそうよ。バラのように花びらが開いたような形の染みは、今後の未来が明るい報せだと言うわ。新しい離宮に入ってすぐで不安だったけれど、これからが楽しみになったわね。さ、せっかくの白い絨毯に染みが残ったら大変よ。私は隣の書斎にいるから、男手を呼んで絨毯の染み抜きをしてちょうだい」


 昔から、誰かが(私含む)怒られそうな時には、私は嘘を吐いて来た。これも嘘だ。当然ながら、そんな話は聞いた事も無い。祖母とは仲がよかったけれど、祖母もこういう嘘吐きだった。笑って過ごせるほうがいい、傷つかない嘘を吐いて笑えるならそれでいい、という大らかな人。私は、祖母が大好きだった。


「か、かしこまりました」


「ありがとうございます、ソニア様」


 ケイとレーナが深く頭を下げるので、私はティーポットの破片を踏まないようにソファをぐるりと回って隣接している書斎に入った。


「わ、素敵」


 中は、好んで読んでいたお父様の蔵書の推理小説の中に出て来るような、飴色の木造家具と黒い革張りのチェア、そして壁に備え付けのたくさんの本があった。


 しばらく部屋には戻れないだろう。本棚には難しい本ももちろんたくさんあったが、読書は好きだ。異国の文化について書かれた本もある。


 こういうものから、嘘の種は生れて来るのだ。


 絨毯を交換し終わるまで、私は読書に勤しんだ。


 ……そして、何故か、毎日、私の身の回りでは物が壊れる日が続く事となり、一週間が経とうとしていた。


 そろそろ、歩く破壊者、みたいなあだ名がつけられているんじゃないかと疑わしい。


 私は一つも、壊してないんだけど。

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