17 優しい魔法(※ランドルフ視点)
その日の夜も恙なく報告を聞き終え、自室に戻って着替える時に、貰ったカフスボタンを箱に戻した。蓋は空けておいて、湯浴みを済ませて寝間着に着替え、ベッドサイドのチェストの上に置いておく。
自分の瞳と同じ……そして、図らずも兄の瞳と同じ黒曜石のカフスボタンは、見ているだけで何か心が軽くなるような、そして、ずっと無意識に封じていた自分の心の閂をそっと外したようだった。
沈み込むようなベッドに座ったまま、そのカフスボタンと、今日の会話を思い出す。兄のことを誰かと楽しく語る日がくるとは思っていなかったし、自分には必要がない物だとも思っていた。
しかし、今日思い出した兄の姿は優しく穏やかで、最後に青白い顔で花に囲まれて埋葬された人形のような兄の姿ではなかった。今も、思い出せば優しく笑って本を読み聞かせてくれた兄の姿が胸の中にある。
彼女の祖母の思い出話も、まるでその場にその人が居るように感じる話術で……ソニア嬢との会話に、そしてあの晩儚く見えた彼女の脆さと、それを正直に打ち明ける聡明さに、私の心はもう決まっているようなものだった。
兄を思い出すのが辛かったのだと、今ならわかる。だが、それすら彼女は、優しい思い出に変えてしまった。
私がいくら厳しく冷徹な王であったとしても、彼女に迎えられた時に恥ずかしいことだけはしないでいたい。
「馬鹿な……」
自分の思考に思わず独り言が漏れた。確かに素晴らしい女性だが、これではまるで、もう心が決まっているかのようだった。
彼女は選ばれても選ばれなくても、と言っていた。私は、そんな彼女を自分の感情だけで選ぼうとしている。
国母に相応しいのは誰か、と問われれば、自分の感情を排すればフォンセイン公爵令嬢だろう。だが、能力面、子供を産める若さ、そして若さに対して自分を律する厳しさと自分の邪魔をしないでいてくれればいい、というだけの女性と一生を共にし、国を治めていけるのだろうか。
(国は……国民が居て、成り立つものだ。なのに、自分の伴侶となる人間を見ずに決めてどうする気だったのだろう)
一番自分の身近にいる事になる伴侶を、人間としてではなく能力で計る気だった自分も、ソニア嬢と同じだ。何も見ていなかった。全く、気付かされることが多い女性だ。
きっと彼女と私はとても似ている。そして、似ているからこそお互いに気遣い、それが周りに良い影響を与えていく気がする。
黒曜石を見詰めながら、私の心は固まって行った。ソニア嬢を伴侶にしたいと。そして、ソニア嬢は選ばれるだけの素質があると。
兄の瞳を見ているようなカフスボタンに、知らず目頭が熱くなる。
亡くなった時も、その後の厳しい帝王学の教育の最中でも流した事のない涙が、自然に頬を伝っていく。
「……兄さん」
カフスボタンは兄では無い。しかし、その面影を見る丸い黒曜石が、優しく微笑んだように思った。
間違っていない、自信を持って進んでいいと背を押されたような気分だった。




