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13 メランコリック・ティータイム

 殿下の使いの方が見えられたので、私は案内に従いアリサだけを連れてお茶会に向かった。今日は庭ではなく、私用で使われる小さなサロンだという。


 案内された飴色に磨かれた扉の前に来ても、私は何を話せばいいのか未だに分からなかった。


 不安に胸の中がもやつく。しかし、それを表情に出さないように一度目を伏せて微笑んで中に入った。


「よく来てくれた。今日はゆっくり、話をしよう」


 私の微笑みに対して、殿下はいつも通りの鉄面皮だったが、声は優しく柔らかい。話す内容も、特に私の話が聞きたいということではなく、どうやら殿下が考えてくれているようだった。


 二人用のテーブルの上に並べられたお菓子は、私が好んでいる物ばかりだ。この辺りは最初の選別の時に情報を渡してあるが、それにしても徹底してくれている、と思う。見事に私の好きなものばかりで、殿下の好みはそこに差し挟まれていないようだった。


 執事に椅子を引かれ、私が着席すると殿下も座った。表情が硬いだけ、動かないだけで、そういえばいつもこうして紳士的に振舞ってくれていたように思う。


 二人きりのお茶会ということで緊張していた私は、二人きりでなければ見えない物があると、改めて自分の視野がおかしかったことに気付く。


(本当に、穏便にここを出て行こう、という自分勝手な気持ちでしか周りを見ていなかった……)


「最近、あまり話の輪に加われていないようだが……、今日は私と二人だけだ。好きなだけ話をしてくれ」


「ご心配をおかけしました。温かいご配慮痛み入ります」


 紅茶に砂糖をひと匙落として掻き回しながら殿下が声を掛けてくれたのに、私は堅苦しい言葉を返すので精いっぱいだった。


 今更、どう振舞えばいいのか、自分がどうしたいのかを理解できていない状態で、殿下とどう向き合えばいいのか。ひどく難しい問題に思える。


 私がいくら表面に微笑みを張り付けていても、向かい合ったランドルフ殿下には私の落ち込みはお見通しだったのかもしれない。静かにティースプーンをソーサーに置いた殿下は、紅茶を一口飲むと不意に話し始めた。


「私には兄がいた。私が物心がつく頃からずっとベッドの上で生活していた兄だ。たぶん、今更誰も口にもしない、忘れ去られた王子だ」


「……不勉強で申し訳ございません。お兄様がいらしたのですね」


「いい、もうずいぶん前に亡くなった。優しく、聡明な兄だった。いつも笑っているような……そして、穏やかな。病気で苦しい時には近づかせてもらえなかったが、調子が良い日には幼い私が通い詰めていた」


「仲がよろしかったんですね」


「そうだ。……その分、亡くなった時には悲しかったのだが。何故だろうな、涙が出てこなかった。兄と一緒に私の感情まで埋葬されたような……変な感覚だった。以降、私はあまり愛想がいいとは思われていないし、自分もそう思っている」


 そこはどうにも否定も肯定もしづらい部分だ。はっきり言って、将来の伴侶を選ぶにしてはあまりにも不愛想だが、優しさや思い遣りがない訳ではないことは言動からも分かる。


 冷徹無比という訳でもないのだが、表情や声の温度は冷たいと感じることが多い。


「……実は、メイベル様に、殿下がよく笑っている、と言われたのですけれど」


「私が?」


「えぇ、私がその……話をする時に」


 自分でも表に出ていたのが意外だった、というように驚いた顔をしている。私は、逆に驚くのがそこなのか、と表情を見て驚いた。


 笑い、という表情を覚えていたのは真実のようだ。あの小刻みに震えていたのはもしかして、笑いをこらえていたつもりだったのだろうか。


「そうか……、いや、真実だ。私は、ヘイドルム侯爵令嬢、貴女の話術にいつも面白さを感じていた。兄の傍にいた時のような、こう……心が躍るような、和むような、そういった優しい気持ちだ」


「お兄様と並べられては困ります。そんなに立派なものではございません。私は、周りの人々がいつも楽しくあって欲しいと願っているのです」


 私は自分の気持ちをこうして口にするのは、実は初めてだったと気付いた。楽しく居て欲しい、笑って居て欲しい、いつもそう願っている、と。


「ならばそれは功を奏している。フォンセイン公爵令嬢のように国内情勢に通じ、社交的であることもたしかに大事だが、それは後からでも知識が身に付く。……私は、ヘイドルム侯爵令嬢、貴女のその心がけこそが貴女の美点だと思う」


 こんなに真っ直ぐに褒められたのは初めてかもしれない。


 光の加減だろうか、殿下の美しく整った顔が、微かに微笑んでいるように見えるのは。


 目が離せずに沈黙したまま、じっとその美しい微笑みを見詰めてしまった。


「貴女に話をさせたくて、態と使用人に失態をするように仕向けたのは私だ。が、フォンセイン公爵令嬢の邪魔になるような真似は不公平だと感じたので止めるようにとも言った。こうして二人でお茶をしたいのは……、今なら分かる、貴女だけだと」


「ランドルフ殿下……」


 まるで告白にも似たその言葉に、心臓が握られたような苦しさを感じる。


 私はここを穏便に去りたいのです、とは言えなかった。


「しかし、それはあまりに不公平だ。貴女に何か悪いことがあるかもしれない。また4日後を楽しみにしたいと思う。その時には、私に楽しい話を聞かせて欲しい」


 さぁ、確か貴女の好きなものを用意したはずだ、と言われて茶菓子に手を付けるように促されて、私は赤い顔をどうすることもできずに、小さく頷いて取り分けられたケーキから手を付けた。


 その後は、時折季節や天気の話をしながら、静かで穏やかなお茶会となった。

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