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ドーナツの穴  作者: 久架 雪歩
一部
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一部二話

 大変お待たせいたしました。一部二話です。

 話したがりの認識と、ナイトの認識の擦り合わせ回、とも言います。とりあえず今回で講義はいったん終了予定ですが、今後も隙を見ては話したがりが一席設けますので、始まったら温かく読んであげるとアレも喜ぶでしょう。


 それでは本編をどうぞ、ごゆるりとお楽しみください。


「悪魔? キミは頭が沸いているのか? フォルスーンは悪魔ではなく周辺の魔力を吸い上げる、面倒な樹だっただけだが?」

「いえ、そっちではなく。僕が言ってるのは、イナルジーアの方です。武勇を以て唯一神に楯突いた愚か者です。そもそもフォルスーンは樹だったんですか?」


 ルーの講習を受けていたナイトは、疑問を抱いた。

 神話に出てくる邪悪なる者、フォルスーンの正体が樹と言われたこと。そして唯一神が倒したと言われている、邪悪なる者・フォルスーンを倒したのが、イナルジーアと言う発言。そのイナルジーアは邪神である。ナイトが知っている神話ではない。むしろナイトが知る神話と正反対である。

 ナイトが知っているのは、邪悪なる者・フォルスーンが現れ、火山を噴火させ、植物を枯らしていった。それを止めたのが唯一神である。そのことだけだ。ナイトが知るイナルジーアは、火を操る邪神で、フォルスーンを唯一神へ差し向けた張本人であるということ。

 純粋な疑問をぶつけただけなのだが、ルーは不可解と不愉快を隠しもせずに、視線をあちらこちらへと彷徨わせた。


「悪魔? ヤツが? どうして。俺が封印されている間、何がどう――!」


 何やら早口で呟いていたと思えば、ルーは急に顔を上げ、不機嫌を隠しもせずに地団駄を踏んだ。先ほどまで機嫌が良かったのだろうが、その機嫌は急速に降下している。ナイトは何か間違ったことを言ったかと思ったが、思い出せど思い出せど、ナイトの知る限り、イナルジーアは邪神だった。

 ――むしろ、ルーにとっては推定唯一神も、悪魔も、大切なともだち、なのだろうか。


「――!」

「ちょ、お、落ち着いてくださいよ」


 あまり大きくない声であったが、何を言っているかは全く分からなかったが、なんとなく呪詛を並べ立てていることがナイトには分かった。何を言っているかは分からないが、なんとなく内容は分かってしまうところが恐ろしい。

 ナイトはおろおろと周囲を見渡しても、ルーの機嫌を取る方法は分からなかった。だが、困り果てているナイトを見てようやく冷静さを取り戻したか、ルーは深く息を吐いた。


「……失礼、だいぶ取り乱してしまった。状況は概ね把握した。思っていたよりも時間が無いらしい。

 大変申し訳ないが、ここからは急ぎ足で解説を行うから、覚悟してもらいたい」

「せめてかみ砕く時間はいただけると嬉しいです……」

「善処しよう」


 不安である。

 ナイトは小さく頭を振って、どこまで話していたかを思い出す。そういえば木片が一つ粉になっていた。そんな重大なことでさえ吹き飛ぶほどの衝撃を受けたのだと、今更ながらに規模の大きさを悟り、ナイトはわずかに顔を青ざめさせた。

 ナイトの視線が木片の粉を入れた袋に向かったことを察したか、ルーが睨み上げる。木片に対する未練をダラダラと述べている時間は無いらしい。ナイトは肩を落としてから、ルーに今までの実験結果が間違っていないか確認を取る。


「ええっと、他から力を吸い取ることでしか術を発動できないアンタが、木に込められていた力で術を発動させた。

 ……ってことで合っていますかね?」

「他にどのような解釈がある? 物語の前提と断言したって良いのだが」


 意味が分からないが。物語と言われても、今は物語を読んでいるのではなく、現実なのだからどのように受け取れば良いか扱いに困る。ナイトは首を傾げていると、ルーは肩を竦める。


「いや、とある物語のジャンルにおける、必要な要素であるセリフなだけだ。

 多分読んでいる本が違うため、根本的な理解が得られなかったものと思われる。そう対して深い意味ではないから、気にしないでいただきたい」

「は、はぁ……。と、ともあれ、さっきのは間違っていない、というわけですね」


 ルーは頷いた。それを確認してからナイトは腕を組み、考え始める。

 まずは自分の常識で今の事象を考えるならば。これは結論が早い、ルーが聖力を有しているのにも関わらず、偽って聖力不足を装い、わざと術を発動させなかった可能性。だが、確かにやろうと思えば術式に聖力を過剰に注いだり、反対に術式に聖力を注がないようにすることは可能だ。しかしその場合は術式が崩壊し、暴走を引き起こすきっかけになる。むしろ術式が暴走する最たる原因と言っても過言ではない。わざと聖力を注がずに術を暴走させない、など、相当な使い手と見ていいし、疲れるだけでなんの意味があろうか。

 そもそも論。少しでも聖力があるならば、構築した術式に向かって勝手に聖力が引きずり出される仕組みになっている。よほど聖力が足りないか、よほど聖力を引きずりだす力に抵抗しないとならないはず。だから、わざと聖力を足りないふりをしたという仮説は、不可解が残る。

 ――多すぎてもダメ、少なすぎてもダメ、なのだ。術式の構築とは、非常にとても繊細なのである。

 だが今回のように、そもそも注ぐ聖力がなければ理論的に暴走はしない。しようがない。暴走するための燃料がないのだから。聖術ギルドも、そうした見解だったはずだ。うろ覚えなので、自信は無かったが、そうだったはずである。

 しかもルーはわざわざ、聖力を回復するポーションを服用した上で、術式を発動させようとしたのだ。結果は見た通り、暴走すら引き起こさない結果となった。つまりルーは、回復すらも出来ないほど聖力を有さないという結論が出る。そもそも聖力を回復するポーションを一気飲みしておいて、ポーション酔いを起こさなかったのだから。ほぼ確定と言っても間違いは無い。

 ……演技の可能性も、もちろんまだ一応捨てきれていないが。

 だが、ポーション酔いを誤魔化す演技力を身に付けたと言われるより、聖力が無いのだと言われる方が納得できる場面ではある。それほどポーション酔いは辛いし、聖力がないであろう証拠が揃ってきている。

 聖力は、量はさておき、平民でも貴族でも有している。量はさておき。ポーションを飲んでも一切回復しないほど、聖力が無い人間など、ほぼありえないとしても。実際結果としてそうなってしまったのだから、きっと多分おそらく、そうなのだろう。

 結論を述べるならば、既存の常識では、絶対に説明できず。またどうしてもルーの説が正しいことになる。

 さて、遠回りしてしまったが、ルーの言うことを全て真と考えた場合。教会や聖術ギルドが嘘を吐いている、あるいはその真実にたどり着いていないらしいことが分かる。

 ナイトとしては、教会や聖術ギルドが嘘を吐いていないと良いとしか思えない。

 だが、よく考えてみると。


「魔物だった物が、聖力を宿しているはずが、ない……?」


 ルーが先ほど使用したのは、邪悪なる者・フォルスーンの欠片と言う木片。今の仮定は、ルーの言うことが全て真だった場合として、フォルスーンは魔力を多く溜め込みすぎて、暴走状態になってしまった樹ということになる。つまり、魔物。

 ルーの言うことをすべて偽だったとしても。聖力が無い人間が、≪点灯≫の術を発動させ、同時に水の陰属性初級の≪乾燥≫の術を同時に発動させたとは思えない。そも、木片は粉になっている。≪乾燥≫は、粉まで小さくなることは基本的にない。そして、聖力は、人間にしか宿らない。

 ルーの説明を信じたとしても、信じなかったとしても、木片に宿っていたのは魔力、と言うことになる。

 ナイトは自分でたどり着いた仮説が、あまりにも信じがたく、小さく呟いた。


「自力でそこにたどり着いたのなら、及第点だろう。良くできました」


 その呟きを聞き逃さず、ルーは僅かに微笑み、今までになく柔らかい声で言った。少し間を開けてから、ナイトは褒められた事に気付く。初めて褒められた。

 ――そうなのだ。魔物だった物が聖力を宿しているわけがないのだ。何故なら、魔力を溜め込みすぎて暴走状態になったモノが魔物になるので。

 人間は魔力を使わないはずなので、魔力用の術式――魔術――が存在しているかは分からない。だが、同じ魔術構築で、聖力と魔術両方に対応しているものなのだろうか。ルーは、≪点灯≫の術を、間違いなく二回発動させたのだ。

 参考になる現象が、あまりにも少ないので。ナイトは結論が出せずにいた。だが、木を祝福した聖人の話は聞かないため、あの木片に宿っていたのは間違いなく魔力であろうし。同じ術が同じように発動したということは、魔力と聖力は、かなり近いものであるという可能性が、非常に高いのだ。

 ――魔力を溜め込みすぎた人間は、どうなるのだろうか。一瞬そのような疑問が出てきたが、それどころではなかった。


「そうか。教会は聖力とやらの肯定をしなければならないから地属性の説明に、無駄に神を持ち出さなくてはならないのか。

 あのメンバーで単体地属性だったのはファウストだけか。つまりヤツらが崇めているのは、ファウストだけ、なのか……」


 ルーがぼうやりと呟く。

 ――ファウスト。その名は昨夜にも聞いた気がした。聞き覚えがあると思えば、その名前はもしや唯一神の御名では無かろうか。軽々しく呼んではいけない名前である。

 ようやくそのことに気付いたナイトは、顔を青くする。


「や、ヤバいですよ。そんな軽々しく名前を呼んでは――」

「知るか。私はキミが信仰している神を信仰していない。友人をどう呼ぼうが、オレの勝手だろうが」


 有無を言わせない強い言葉。

 その気力に呑まれ、ナイトは何も言い返せないでいた。荒唐無稽とも取れるルーの発言が、すべて真だとするならば、ルーは何百年も前に生を受け、そして人知れず封印された。友人に半ば騙されるような形で。それでも封印されたことについては、特に何も思っていないようだった。その程度には深い友情を築いている存在だ。何か思うものがあるのだろう。

 ナイトがそっと目を反らすとルーは手を打ち鳴らした。


「はい、その辺りはまたいつか話すことになるだろうから。今は置いておこう。今は様々なことが仮説止まりだから、話せないことの方が多い。

 それより今までの発言は、外では自重すれば良いんだろう? それくらいは配慮してやるさ。

 ……そんなことより次の実験だ」


 ルーの言葉に、ナイトは視線を戻した。その手には先ほど取り出していた石を持っていた。何かすごい力を秘めているようには見えない、そこら辺に転がっていそうな石である。ルーはそのナイトの予想を肯定する。


「これはどこかで拾ったただの石だ。どこでどう拾ったかまでは覚えていないが、思い出せない程度にはいい加減に拾った石だね。

 これを使っても魔術が発動すれば、大地にも植物にも魔力が宿っている証明になるだろう?」

「ならさっきフォルスーンの欠片を使わなくても良かったのでは?」

「一度見たことのある物品の方が、すんなりと結果を受け入れてくれると思っただけなのだが。あと、一応別の目的もあって粉にしたんだよ。

 じゃなければこんなに大事に袋に注ぐものか」


 言いながら、ルーは術の構築に入った。器用なものである。術の構築をしながら片手間に会話が出来るなど。ナイトが出来ないだけなのかもしれないところが、悲しいところであった。

 ルーの手の中にある石が粉になる。≪点灯≫の術は発動したが、その光はあまり強くはなかった。


「この石に含まれていた魔力が、あまり大きくなかったんだよね。だから、今回は光量を抑えるように術式を改良してみた。

 こうして使ってみると、様々な用途が考えられるね。とても好き」

「よき、じゃねーです。術の改良なんてそんな簡単に出来るわけがないでしょうが……」


 もはや頭が痛いまである。ルーは本当にとんでもない能力の持ち主だ。ここまで話していて、ナイトはようやく、ルーに対する自分の口調が崩れている事に気付く。自分の失態に顔をしかめていると、特に気にしていないらしいルーは、粉をまた別の袋へ入れた。


「さて、これで大地にも植物にも魔力が宿っていることの証明になったかな? 聖力の否定は今すぐには出来ないのが口惜しいことだが……それはそれ、か。

 まったく、人間だって動物なんだから、特別優れていると思いあがるのは傲慢だよ? 嘆かわしい」


 ナイトはその呟きをぼうやりと聞いて、なんとなく人間は特別なのだと思っている自分がいることに気付いた。ただ、それの何が嘆かわしいことなのかが分からずに首を傾げた。

 ルーはそっと溜息を吐いて頭を振った。


「……まぁ、良いや。

 それで、教会が虚偽を流布している可能性があることまでは理解してくれたかな?」

「ええ、一応」

「その上で、俺は聖力などと言うモノは幻想で、人間が有しているのは魔力であるという説を唱える」


 ナイトにとても譲歩した言い回しである。ナイトは半信半疑程度に、ルーがその考えを有していることを覚えておく程度に理解することにした。

 きっとそちらの方が話が早そうである。


「……はい」

「さて、と。その上で、キミに魔術の行使について、レクチャーしてやるよ。多少は見られる術になるだろ。実は使えないことを非常に気にしてるだろ」


 ナイトは、まだ終わらない講習に、少しだけ引き攣った表情を見せた。




 ――外を見れば、すでに陽が落ちようとしている。

 街中ではあちらこちらに街灯を点けて回る者たちの影が見えた。若干非効率的にも見えるが、立派な職業である。平民たちは特に聖力を使う機会が少ない。貧困対策として、割と有用な手段だとナイトは思っている。

 術の行使について、ほぼ半日程度ずっと話を聞いていたからか、ルー曰く『見られる程度』には術の行使は、以前より上手くいくようになった。ナイトに術の行使を教えていた教師よりも、分かりやすいほどであった。

 ナイトが唯一気を付けなければならなかったのは、話を脱線させないようにすることだけであったほどに。後は術の構成についての基本を覚え、ルーの能力で聖力の流れを覚えていく。座学と実践の時間を分断されないだけで、こんなにも覚えやすくなるとは意外であった。

 ナイトが伸びをすると、ルーはふと窓の外を見る。暗くなりゆく世界を見つめ、肩を竦めた。


「代替技術があれば似たようなことになるのかね。まぁ、良いけどさ。

 それより夕飯にしよう。美味しい店は知っている?」

「……いいえ」


 ナイトは、夕飯の時間まで外を歩くことが無かった。美味しい食事処は知らない。外を歩く時は、たいてい屋台で買い求めることが多かったこともある。祭りをやっているわけではないので、この時間には屋台もおおむね撤収が完了しているだろう。

 今思うと、あの屋台の串や、あの屋台の弁当などをもう一回食べておきたかった気もする。だが、ルーの様子を見ていると、この領都を離れるようだった。とても、さみしい。

 ルーは少し考えて椅子から立ち上がった。


「そういえばここの一階は食堂も兼ねているのだったかな? そこで食事を取ってくると良い。私は少しやることがあるから食事中は別行動とさせていただきたいが、良いかな?」

「ちなみにやることとは?」

「情報収集だ、察しろ。この情報収集の結果、明日以降の私たちの行動が決まるから」


 それはそうだ。ルーは友人の様子を確認する気があるようだし、ナイトはそれに付き合わされるのだろう。あの様子ではルーはナイトと完全別行動するという選択が無いらしい。ナイトはこれから予定など全くないので、付き合わされる分には文句ないのだが、あの様子を見ているとナイトがいる意味が分からない。


「……分かりました」

「キミの分の旅支度もついでに揃えてくる。食べ終わって一杯やるのは構わないが、羽目を外しすぎないよう。いいね?」

「それはこちらのセリフですが?」

「俺はアルコールの類はあまり得意ではない」


 意外な発言にナイトが思わず目を丸くすると、ルーは深く息を吐いて睨み付けるように見上げてくる。ルーにも苦手なことはあるのだろうか。今までの行動などを思い返すと、苦手なことは何も無いように感じていたのだが。

 その鋭い視線に、ついナイトが怯むと、ルーは肩を竦めた。


「キミは私をなんだと思っているんだよ。ちゃんと苦手なことはあるさ。アルコールはその香りを嗅ぐだけで、眠ってしまうこともしばしばある。後、苦手なことと言えば、力仕事もあまり得意ではない。魔術だって、一人では満足に発動できないし。そも魔術に関しては俺よりも得意とするヤツがザラにいる。

 出来ないことは人にやってもらう。これは常識だろう? 俺はいろんなことがちょっと出来るだけだよ」

「ちょっとって……。まぁ、分かりました。情報収集、お願いします?」


 分かればよろしい、と言いおいて、ルーは部屋から出た。マイペースな人である。ナイトの心情を慮るのも苦手ではなかろうか。それともナイトの心情は考慮しなくても良いと思っているのだろうか。

 ナイトはそれをぼうやりと見送って、そういえばと気付く。


「僕……お金、持っていないのでは」


 慌てて持ち物を確認すると、テーブルの上に小さい袋と紙が置いてあった。ナイトは袋の中身を確認する前に、紙を確認することにした。


「ええと? 『お小遣いと思ってくれていい』って……」


 袋を開くと、金貨が何十枚か入っていて、ナイトは速攻袋を閉じた。金貨をお小遣いと言えるのは、王族や公爵くらいなものだろうし、そも店の支払いが金貨に対応していない可能性が非常に高い。ルーの金銭感覚が一番狂っているのではなかろうか。これほどの額を、一体、いつ稼いだというのだ。

 ――袋の中身を見ると、銀貨や銅貨もちゃんと入っていた。ナイトはそっと安堵の息をこぼす。ルーが帰ってきたら、金貨だけは必ず突き返すことを心に誓い、ナイトは今度こそ食堂へと降りていった。

 幸いにも角の席が一つ空いているようで、ナイトは角の席に座った。繁盛している食堂のようで、話し声などで店内は賑わっている。あちらこちらからいい匂いがしてきて、ナイトは腹の虫が騒ぎ出すのを堪えねばならなかった。

 ウェイトレスが着席したナイトに気付き、声をかける。


「おすすめで良いですかぁ?」

「あ、はい。お腹が空いているので、お腹にたまるようなものが良いです」


 ナイトの言葉に首を傾げたウェイトレスは、しかし何も言わずに頷いた。


「はぁい。お会計は先だよ。銅貨十枚!」

「……はい」

「ありがとーございまーす!」


 銅貨十枚の夕飯。妥当なところだろう。後は味が伴えば問題はない。楽しみにしながら待っていると、不意に影が差した。

 見上げると、そこには美しい女性が佇んでいた。花のように赤い髪に、白い肌。緑色の瞳は穏やかに輝いていた。ナイトよりも多少年上だろうか。このような美女がいれば、必ず噂になるだろう。だが一度も聞いたことはなかった。


「失礼、お兄さん。お隣よろしいかしら?」

「え……ええ、どうぞ」


 断りを入れてから隣に座る女性。空いている席は他にもちらほらあるというのに、わざわざナイトの隣を選んだのはどういうことだろうか。少しだけ不安に思いながらも、しかし悪い気はしない。奇妙な心地である。


「良かったわぁ。わたくし、今日この街に着いてお友達がいないの。貴方、この街の方?」

「えっと……明日、この街から出る予定なんです」

「まぁ、そうでしたの! 少々残念ですわぁ……」


 美しい声。鈴の転がる声とは、彼女の声を指すのではないだろうか。おっとりした口調。良い商家の娘、だろうか。そこらでエールを傾けている男たちに比べて、身なりがかなり良いように見える。もちろん、それはナイトにも当てはまることではあるが、本人にその自覚はない。

 美しい眉を寄せ、悲し気に彼女は息を吐いた。その憂いの表情でさえ、絵画の題材になりそうなほど、麗しい。ナイトはそっと感嘆の息を漏らした。


「うふふ、素敵な方。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「え、あ、はい」


 おっとりと微笑む彼女は、やや行儀悪くテーブルに肘を付く。ナイトが自分の名前を答えようとしたところ、背後から別の影が差した。

 その影はナイトの頭を強めに殴打するのだった。


 と言うわけで一部二話でした。

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