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第六話 『冷静』

 息が上がっている中で、私は必死に目の前の状況を捉えようとした。


 那恋は、まるで何も感情がないかのようにその場に座り込み、荷物は周辺に散らばっていた。


 ふとあの時のことを思い出し、少しの吐き気と大きな怒りが込み上げてくる。


 那恋がいることなど気にせずに、私は男の胸ぐらを掴んだ。


 気にしていなかったというより、気にする前に手が出てしまった。


『なんだおめぇ……コイツの親がなんかか? ふざけたツラしやがって……舐めてんじゃねぇぞ!!』


「…………私は、そいつの双子だ。お前よりもよっぽど彼女のことを知っていて、お前よりも彼女は私を信じてくれている」


『だからなんだよ……オレはコイツを売ってやろうとしただけだ。おめぇの事情なんか知らねぇよ』


「事情なんて知らねぇのはこっちだボケカス。少女を売りたいなら自分が犠牲になることだな」


 そう言って、私は男を蹴り飛ばした。


 自分でも、どうしてこんなに自分が冷静なのか分からなかった。


 ひたすらに那恋を守らなくてはと思って、行動をした結果がこれだった。


 男は舌打ちをした後、背を向けて歩いて行ったのだが、冷静な私とは違って那恋は元の自分を忘れかけていたようだ。


 男の背中を追いかけ、肩に手を置いたと思えば、耳打ちで何かを喋っている。


 私には聞こえなかったけれど、振り返って戻って来た那恋の表情は穏やかになっていた。


「星さん、助けて下さってありがとうございました。もう、何度お世話になるのやら……本当に助かりました」


「それより、怪我はないのか? 変なことはされなかったか? 私が戻るのが遅かったせいでこんなことに……本当に申し訳ない」


「何もなかったですよ。少し腕を掴まれたってだけです。人通りも少ないですし、警戒はしていたのですがね……」


「……ごめん、すぐに助けてやれなくて」


「何言ってるんですか? 嬉しかったですよ。双子と言ってくれたこと」


 那恋は私に優しく微笑み、「帰りましょう」と言って前を歩き始めた。


 会った時とは違う人物のような、勇ましさが感じられて、人は数日で変われるのかと思った。


 私は那恋を守ってやらなくてはとばかり思っていたけど、実は守らなくても、既に那恋は一人で生きていけるのかもしれない。


 そこでようやく自分が過保護だと気づいた私は、同時に、自分が一人の女の子をこんなに大切に想えるようになったのだと知った。


「……ありがとう、助かったわ」




 ショッピングモールでお店を回った疲れが一気に畳みかけてきたのか、その日は私も那恋もすぐ眠りに落ちてしまった。


 次の日、私が目を覚ました頃にはもう那恋は起きていて、昨日買った洋服を整理しているようだった。


「那恋、おはよう。早起きなんだな」


「おはようございます。昨日は一瞬で寝てしまったので、早くに起きようと思いまして」


「服、気に入ったか? 思ったよりも少ない量だったから、遠慮しているのかと心配になったが」


「いえ、そんなことはありません。私は物欲がそこまで強くないので、目的が果たせれば満足してしまう人間なのです」


「うん……よく分からないが、満足してくれたのならよかった」


 私は疲れがまだ残っている身体を起こし、楽しそうに洋服を片付けている那恋を横目に朝食を作っていた。


 私は朝にこっ酷く弱く、顎のラインで切り揃えられたストレートの髪の毛は、寝癖のせいで爆発している。


 背が高いからモデルに見えると那恋に言われたが、実際は美意識など微塵もない、男に近い女である。


 むしろ、男よりも意識に欠けているような気もする。


「星さん、ぼーっとしすぎです。焦げちゃいますよ?」


「あ……すまん。考え事をするといつもこうなるんだ。一応手を動かそうと努力はしているつもりなんだが……」


「えぇ、全く動いていませんでしたよ。無意識というのは怖いですね」


 那恋は私が考え事をしている間に着替えていたようで、総レースのワンピースを身に纏っていた。


 くすんだ水色のワンピースは、清楚な見た目の那恋に似合っている。


 朝食を机に運んで座った私は、那恋を見て、いかに自分がだらしないのかを思い知らされた。


「そういえば、星さんって髪の毛が少し茶色いですよね。私は真っ黒なので、羨ましかったりします……どうでもいいですけど」


「私も昔は黒かったよ。暇になって外でだらだら過ごしてたら、日に焼けて茶色くなった。私は那恋の綺麗な髪が羨ましい」


「き、綺麗な髪だなんて……可愛い服で補正されてそう見えているだけですよ。早くご飯を食べてしまいましょう」


 那恋はいつも私に純粋な表情を見せてくれる。


 楽しそうだったり、不安げだったり、全てが私にとっての癒しになる。


 私にもそんな時期があったのだろうか。もう記憶には残っていない。


 那恋の表情を真似ようとしても、いくら努力しても、きっと私が純粋な表情を取り戻すことはないのだろう。


 そうでなければ、那恋が私の癒しとなっている理由がない。


 自分に真似できない、彼女だけの一面があるからこそ、私は那恋を求める。


 逆に、私にしかないものがあるからこそ、那恋は私と関わり、私を求める。


 お互いにそうでいなくては、上辺だけの双子は存在することができない。


 全く違うようで、どこか似ている双子が。

第六話、お読みいただきありがとうございます。

良ければブックマーク、感想等よろしくお願いいたします。

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