第五話 『おでかけ』
ある日、那恋は近くにあるショッピングモールに行きたいと言い出した。
急に活動的になり、何かあったのかと気になったが、那恋が行きたいと言うのならと思い、私は外へ出る支度をしていた。
「なんだか、星さんに頼りっぱなしですね。お家に居候して、行きたい場所に連れて行ってもらって……子どもみたいです」
「私は別に、那恋のことを居候とは思ってない。もう双子なんだし、そこまで気にする理由もよく分からないが?」
「……星さんは私のことを本当の双子として扱ってくれているんですよね。でも私は、心のどこかで他人だと思っています……悪い考え方でしょうか……」
「他人だと思っているのは、私もそうだ。いつでも関係を切り離せるし、逆に他人を前提とした方が気楽なのは、那恋が前に教えてくれた」
双子だと、家族の一員だと思い込めば思い込むほど、別れがやってきた時の衝撃や悲しみが大きいのは分かっている。
だからと言って、他人だと決めつけてしまえば、那恋とどう関わればいいのかが分からなくなってしまう。
人間関係とは難しいものだと、私は今更ながらに思った。
極端なはずなのに、その極端さを上手く取り扱うことができないなんて。
「だからあんなことを……私は……」
「星さん? どうかしましたか?」
「あ、いや。なんでもないよ。支度は済んだか? 最近は肌寒いから、上着を羽織っていた方がいいかもしれないな」
「そうですね……行きましょうか。まぁ、道案内をするのは星さんなのですけど……」
「すぐ近くだから、那恋もすぐに道を覚えられると思う。今日は休日だから人が多いと思うけど……大丈夫そうか?」
「私は大丈夫ですけど、星さんの方が心配です。なんというか、人間が苦手そうな感じが……するような」
「……苦手なのかもしれないな」
無意識に言葉が出てしまったことで、那恋が私を不安げに見つめているのはすぐに分かった。
また余計なことをしてしまったのではないかと、那恋と目を合わせる自信がなくなってしまう。
そんなことをしたら、余計に那恋を不安に思わせると知っているはずなのに。
そこから一言も会話をせずに歩き、ショッピングモールへ着いた頃には、もう昼前になっていた。
那恋は初めて来たかのように目を輝かせ、先程まではなかった笑顔を取り戻した。
「初めて来ました……大型ショッピングモール。私はこういう場所に来る機会が少なかったので……というより、興味がなかっただけなのですが」
「昼飯を食ったら、那恋用の服を買いに行こうか。私の服だとだいぶ大きいからな……遠慮せずに好きなのを選ぶんだぞ」
「ありがとうございます……星さんのお洋服も可愛らしくて大好きなのですが、サイズが合わないというのは重大問題でして……」
那恋が持っている自分の洋服は、初日に着ていたものだけだった。
荷物も何もなく、那恋が今使っているほとんどのものは、私の持ち物だ。
私はそれでも構わなかったのだが、借りっぱなしなのはよくないと、那恋が言い出したのだ。
「あと、お金は必ずお返しします。本当に約束します。契約書に署名してもいいくらいです」
「いや……無理矢理働かせるわけにもいかないし、何より那恋に負担をかけたくないから……」
「星さんがよくても、私がだめなのです。履歴書がなくても働けるバイトを……探します!!」
どうやら那恋は働く気らしい。というより働く気しかないらしい。
那恋のそういう人間性からしても、やはりお嬢様だったのではないかと思ってしまう。
当の本人は全くそんなことはないと、本気で否定してくるのだが。
初めてのショッピングモールで、那恋はよっぽど嬉しかったのか、終始笑顔で時を過ごしていた。
私はその姿を見れたことが嬉しくて、このまま幸せな時間が続いてくれたらいいのにと思っていた。
「那恋、帰る前にスーパーで食材を買いたいのだが、先に帰っているか?」
「いえ、荷物を一人で持って帰るのは大変でしょうし、私は外で待っていますね。ゆっくりお買い物して来て下さい」
「分かった。出来るだけ早く戻るから、どこかで休んでいてくれ」
そう言って那恋と別行動になった時、外は日が落ちて暗くなっていた。
一人で夜道にいたぐらいだから、大丈夫だろうと謎に安心していたが、別れてから少し不安になった。
手早く買い物を済ませて、さらに暗くなった夜道を歩き始める。
「那恋……どこに行ったのやら」
近くのベンチで休んでいると言っていたはずの那恋は、どこにも見当たらなかった。
先に帰ってしまったのかと思ったが、那恋がわざわざそんなことをするわけもない。
不安はどんどん増していき、それはいつの間にか嫌な予感になっていた。
「…………那恋?」
どこかから、知っている声がする。高めだけれど、落ち着く声。
でもその落ち着くはずの声は、小さな悲鳴となって聞こえて来た。
「……那恋!! どこにいるんだ!!」
重くなった買い物袋を置いて、私は声のする方へと走った。
ショッピングモールの閉店時間はとっくに過ぎていて、スーパーにも人は多くなかった。
この時間帯を狙って、誰かが那恋を傷つけに来たのだろうか。
『おいてめぇ……静かにしとかねぇと命はねーぞ? 分かるか?』
「…………来た……」
『……は?』
「私の大切な那恋を傷つけやがったのは……お前か?」
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