第三話 『昔話』
朝食を済ませた後、那恋が言っていた、周辺の散策をすることにした。
昨日降っていた雨がまるで嘘だったかのように、外は明るく晴れていた。
「まだ午前中なのに、月が見えますね。どうしてなのでしょうか?」
「さぁな。私はろくに勉強なんてしてこなかったから、よく分からない」
「……でも、綺麗ですね。はっきりとは見えていないのに、月と分かる。それほど魅力的なのですね」
「そうだな……月は綺麗だ」
適当に道ゆく道を歩いていると、那恋と出会った場所に着いた。
会った時は夜だったが、今は午前中だ。
見えているものの印象も違って、那恋は少し驚いているようだった。
「私、この道はもっと暗くて、そうですね……マフィアとかが通るような場所だと思っていました」
「マフィア……全然見たことないな。というよりも人自体あまりいない。だから私はこの道をよく使っているんだ」
「思った以上に太陽に照らされているのですね。歩くところもレンガで造られているし、草木も生い茂っていて……」
「つまりは、意外だったってことか。会った時は夜だったし、街灯も少ないからな」
「素敵な場所……私、気に入ってしまったかもしれません。この辺りは、素敵なところが多いのですか?」
「なんというか、ヴィンテージ? アンティーク? な感じはする。全体的に古めかしい」
私は生まれた時からこの土地で暮らしていたから違和感はないが、那恋からすればこの辺りは素敵な場所に見えるらしい。
いつも歩いているこの道は、人通りが少ないからか、動物によく遭遇する。
動物とは言っても、野良猫とか、野良犬とか、その辺りだ。
「あ、野良猫がいる。那恋は動物好きか? この道には動物がよくいるんだよ」
私は那恋に向かってそう話しかけたのだが、なぜか那恋からの返答はない。
不思議に思って那恋の顔を見ると、野良猫に怯えているようだった。
那恋は自分の目を手で隠し、その場にしゃがみ込んでしまった。
その姿はまるで、出会ったあの日のようだった。
「那恋……大丈夫か? 猫は苦手だった?」
「……ごめんなさい……私……動物を見れないのです……」
「見れない……? そうか、すまなかった。もうすぐ昼になるし、家に戻って休もう」
「……ごめんなさい……星さん……」
「気にすることはない。誰にだって弱点はある。それが小さなことでも、大きなことでも、自分にその力は平等に働く」
「…………そうですね。私の、弱点……」
「あと……これはあくまで、私の勝手な推測なんだが。多分、那恋と私の弱点は同じ系統だ。それだったら、那恋が私と双子になりたいのも……理解できる」
確信はない。けれど、動物を見ることができないという那恋の弱点は、きっと。
動物に触れることができる距離で見ることで、何かの衝動に駆られる、と解釈するのが正解のような気がする。
そう考えると、那恋は私と同じことをしてしまったのだろうかと。
これが、事実に、現実にならなければいいのだが。
家へと帰ってから、那恋の表情はどこか暗くなっていた。
私が余計なことをしてしまったと思い謝ると、那恋は大きく首を振って否定した。
「違うんです。星さんは、何も悪くなんてありませんから」
「……昼飯、食えるか?」
「はい……ありがとうございます」
昼食を食べている間も、那恋は一言も喋らなかった。
礼儀がなっているだけなのか、気分が落ち込んでいるからなのか。
朝は笑顔で会話を交わしていたはずなのに。
私はどうしてか、那恋を救わなければいけないと思っていた。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「よかった。午後はどうする? 外に出るのは控えた方がよさそうだな」
「……何か、お互いを知るためにお話ができればな、と思ったのですが……私がこんなんじゃ、どうしようもないですよね」
「那恋が無理に口を開く必要はない。……私が知っている、昔話でもしよう」
「昔話……? それは、星さんの過去のお話ですか?」
「そこは那恋の想像に任せる。もしかしたら、那恋の気分をさらに悪くさせてしまうかもしれない」
「……大丈夫です。気になりますし」
那恋は履いているロングスカートを整え、私の方へ向き直した。
話すべきなのか迷うところはあるが、もし那恋に救いの手を差し伸べられるならば、話しておくべきだと思った。
「その少女は、まだ若かった。若いと言っても、十代前半ほどだが。周りの人間と比べて物静かで、自ら話題を振るような人ではない」
「人間という生き物は、見た目や性格で全てが判断できるわけではない。自分にしか分からない感情や思考もあるし、人に言えない秘密はあって当然のようなものだ」
「少女はそれらを若いながらに当たり前のように知っていて、無理に疑問を人にぶつけることをしなかった」
「ただその選択が、正解だったかどうかは、誰にも分からないだろう。少女が抱いた意図的な感情を、誰かが理解することなんて出来ないのだから」
私がゆっくりと話している中、那恋はそれを真剣に聴いてくれていた。
その姿にどこか安心し、私は昔話を続けた。
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