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51話 夕陽に誓う

「私、確かに見ました。母のお腹が、膨らんでいるところを」


 ロベリアは気がつけば、自身の腹をさすりながら呟いていた。

 ルージュが何者なのかはともかく、母から産まれたことは間違いない。まさか、ロベリアの予想を裏切り、母の腹はただ太っていたわけではなく、膨らみの内側に何かしら存在していたのは事実なのだ。


「そのようなことが、ありえるのでしょうか?」

「あの方が、お子を孕んだ……うーん……」


 ロベリアが尋ねると、メイは首をひねった。


「うちの秘薬でも、どうにもならない話だったさね」

「それでも、考えられる可能性は?」

「むぅ……奇跡?」


 メイはしばらく唸った後、嘆息交じりの声で答える。


「ちゃんと答えたいのは、やまやまではあるけど……うちは、しがない薬屋。ただ、聖女様の末裔に愛されているだけさ」

「そう、ですよね」


 ロベリアは肩を落とす。

 とはいえ、謎の解明には前進はした。

 母がルージュを授かった時点で、奇跡に匹敵する不可思議な介入があったのだ。そう考えれば、これまでの辻褄がある。


 ロベリアの抱いていた、優しかった頃の母親の記憶。これは、はっきり事実だと確認できた。

 そして、ルージュ出産後、彼女ばかり贔屓するようになったことも事実。


 母の変貌には、ルージュの出産が関わっている。

 この確信は、非常に大きな一歩に違いない。

 ロベリアは大きく頷くと、すっかりぬるくなってしまったお茶を飲んでみる。いつのまにか、緊張と不安とで乾いていた喉が潤い、お茶の優しさが体の隅々まで沁みとおっていく感じがした。


「ごちそうさまでした」


 かたん、とカップを置いたとき、ロベリアの頭はすっきりしていた。

 ロベリアが飲み終わるのと同時に、ナギもミルクを飲み干していた。ナギは軽く翼を羽ばたかせると、ロベリアの肩に着地した。ロベリアの首に長い尻尾を回し、「出立したい」と訴えるように顔を覗き込んでくる。


「貴重な話を聞かせていただき、ありがとうございました。とてもためになりましたわ」


 ロベリアは銀の蜜の代金を払おうとしたが、メイはかたくなに受け取らなかった。


「お金は、次回からでいいさ」

「ですが……」

「ベガの娘さんと出会えた。元気に生きていた。それだけで、嬉しいのさ!」


 これからも、贔屓にしてね。

 メイは無邪気な猫のように笑うと、ぎゅっと手を握りしめてきた。


「……はい!」


 ロベリアが手を握り返すと、彼女は殊更に笑みを深める。

 メイの薬屋を出たとき、真夏の日差しが直撃する。あまりにも白い光に、ロベリアは一瞬目がくらんだ。


「大丈夫か、主?」


 ナギは耳元で囁きながら頭によじのぼると、翼を日よけのように広げてくれた。おかげで眩しさが和らぎ、ロベリアはほっと一息をつく。


「ありがとう。ナギは暑くない?」

「平気だ。……これから、どうする?」

「……そうね、とりあえず歩こうかしら」


 それから、少しだけ。

 空と海の青に彩られた白い街。

 のんびりとした活気を肌で感じながら、店先を眺めるように歩いた。

 メイの薬屋でも聞いたが、聖女に関わる街なだけあり、ちらほら巡礼者のような人とすれ違う。彼ら相手に商売をしているのであろう土産物屋もあり、ナギは真珠が埋められた髪飾りを興味深そうに横目で追っていた。


「欲しい?」


 ロベリアは立ち止まると、ナギに小声で尋ねてみる。

 そういえば、野生のドラゴンは金銀を貯め込むと聞いたことがある。

 ナギが財宝の類を貯め込む素振りなど見たことがなかったが、麗しい真珠に野生の習性を刺激されたのだろうか?


「い、いや、そういうわけでは……」


 ナギは口をこもらせた。恥ずかしそうに顔を背けていたが、ちらちらと視線は髪飾りに注がれていた。


「ナギの見立てはいいわね……素敵な品」


 ロベリアも感嘆の言葉を零す。

 観光地の土産物にしては、大変品の良い品だった。真珠といっても非常に小粒で、レンズ豆程度の大きさでしかなく、髪飾り自体の材質も木製。真珠の周囲には聖女が愛したとされる花の紋様が事細かに彫られていた。花弁や葉の1枚1枚が丁寧に刻まれ、熟練の職人技が光っている。


「値段もお手頃ね。すみません、これをくださいな」

「あ、ちょっ」


 ナギが頭上で制止を求めるが、ロベリアは構わず店主に話しかけた。

 メイの善意のおかげで、銀の蜜の代金が浮いた。その結果、財布は潤沢。この程度の出費、どうということないのだ。

ロベリアは購入すると、店先から少し離れた場所でナギに手渡した。


「その……主、礼を言う」

「気にしないで。いつもナギに助けられているし、今日だって貴方がいなければ来ることができなかったわ」


 ロベリアは微笑みかけたが、ナギはそわそわと落ち着かない様子だった。


「ナギ……?」

「……いや、なんでもない。それにしても、だ。ここの細工、素敵だな。さりげなく、真珠の美しさを際立たせている」


 ナギはしばし黙り込んだ後、髪飾りを傷つけないように注意を払いながら爪先で触っていた。


「いい花だ。庭にもあるのか?」

「ノーチェの花ね。裏手に咲いているわ。冬の星祭りにはかかせない花でね、歴代の聖女様がお好きだったとされるのよ」

「聖女、か……」


 ナギは空を見上げる。


「まさか、主が聖女の血を引いているとはな……」

「そうね……」


 ロベリアも空を見上げる。

 いつのまにか、西の空が赤く染まり始めていた。日帰り旅行も終わりの時間が近づいている。たった半日しかいなかったというのに、手に入れた情報が多すぎる。メイのところで時間をかけて咀嚼したつもりだったが、自身はベガの娘であったことはともかく、この身に聖女の血が流れていることの実感は沸かない。


「私も……聖女の血を引いているなら……魔法が使えるのかしら?」


 ゆっくりと来た道を上りながら、そんな願望を口にしてみる。


「確か、聖女は『精霊がいなくても魔法を使える』のだったな」

「でも、私は聖女様のように上手くはいかないわ。だって、そんなことができるのであれば……」


 ロベリアは、その先の言葉を飲みこんだ。

 伝説の聖女のように、自身のやりたいこと、願望を口にするだけで願いを叶えることができるのであれば、もっと別の人生を歩んでいたはずである。


「だけど、私にも魔法が本当に使えるかもしれないと分かったわ。私に力を貸してくれる精霊を探して、フローライトから手ほどきを受けることができれば、もっと庭での暮らしが楽しくなるかもしれないわね」


 ロベリアはふふっと笑った。

 以前、フローライトがしてくれた掃除の魔法を思い出す。風と水の精霊たちが心地よさそうに楽しみながら、部屋を飛び回って掃除する姿は可愛らしかった。


「お洗濯の魔法とか、水撒きの魔法とかもあったら素敵よね。帰ったら、フローライトに聞いてみましょう!」

「主は……前向きだな」

「前向き?」


 ロベリアがきょとんとすると、ナギはどこか呆れたような口調で言葉を紡いだ。


「ルージュの出生に関する謎が増えた。妊娠されないとされていた婦女から産まれた時点で、怪しい力が働いている。そんな女に狙われているんだぞ? それが恐ろしくないのか?」

「恐ろしくない、といえば嘘だけど……」


 ロベリアは歩みを止めることなく、坂道を登りながら答える。


「少なくとも、庭の秘密やベガのことが分かったわ。それに、解毒薬の材料も手に入った。それで、今日は十分だと思うの。心残りは……海辺の喫茶店で、時間を気にせずお茶したかったことくらいかしら」


 だけど、それは次の機会。

 またいつか、メイの薬屋に行く日が来る。そのとき、ゆっくりとお茶を楽しめばいい。


「ほら、見て」


 坂を上り切ったところで、ロベリアは振り返った。

 強く輝く太陽が、赤く染まった海に溶けるように沈もうとしている。空には雲がなく、海も水平線のかなたまで遮るものはない。ふっと視線を眼下の街に移せば、あれほど眩しい白色の街を夕陽の赤が優しく照らし、ぼんやりとした蜜色の世界が広がっていた。


「綺麗ね……」


 ロベリアの言葉に呼応するように、ナギが静かに頷いた。

 庭の夕暮れとは一味違う、幻想的な海辺の夕焼け。

 ベガの秘密とかルージュの謎とかよりも、美しい夕陽をナギと一緒に見れた。それだけで、十分以上に幸せである。


「ナギ。また、一緒に来ましょう」

「もちろんだ。俺も主と一緒に、もう少し街を堪能したい」


 今日は速足だったから、今度こそゆっくりと。

 夕陽に誓うように、ロベリアは頷いた。


「あ……っ、ナギ! あそこを見て、沖から船が帰ってくるわ」


 ロベリアは橙色の波の上に小さく揺れる船を指さした。

 船も夕陽に沈み、白い帆まで蜜色に染まり揺れている。反対に、沖合へ出ていく船もあった。


「これから出港か?」

「私も詳しくないけど、夜にしか釣れない魚もあるらしいの」


 ロベリアは依然培った知識を遡った。


「もちろん、夜の海は危険よ。月明かりや星があるとはいっても、視界も悪いし、船乗りを惑わす魔物が出没する海域もあるとか。たしか、セイレーンだったかしら……? って、ごめんなさい。早く帰らないといけないわね」


 ロベリアは苦笑いをすると、名残惜しそうに美しき海辺の街を見下ろした。


「ナギは夜目が利くとは言っても、夜の飛行は大変でしょう? それに、夜の森には魔物が出るというわ。このあたりだと、ゴブリンとかラミアーとか――」


 ロベリアは魔物の名前を呟きながら暖かな夕陽を背で感じながら歩き始めた……そのときだった。

 前方の空に、小さな点が見えた。

 点はだんだんと大きくなり、風のような速度で近づいてくる。否、風ではない。風の妖精だ。緑のドレスをまとった妖精は、ロベリアを見止めるとぱあっと華やいだ笑顔を浮かべる。妖精はロベリアの眼前で停止すると、ドレスの片裾を上品につまみながら一礼をした。


「貴方は、フローライトの……?」


 ロベリアは尋ねれば、妖精はくすくすっと笑った。

 そして、ロベリアの肩に羽を降ろすと、耳元で囁くように呟いたのだ。


『ロベリアさん、傷だらけのドラゴンさんが貴方に会いたがっているの。お願い、助けて!』






「伯爵令嬢はドラゴンとお茶を嗜む」(Mノベルズf)で発売してます!

Web版から大幅加筆を行いましたので、書籍版は書籍版ならではの面白さを感じられるはずです! 篠様の表紙含むほのぼのとした素晴らしいイラストも必見です。見かけた際には、手に取っていただけると嬉しいです。

 今後ともよろしくお願いします!


 挿絵(By みてみん)




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[一言] ホント挿し絵良かったー(笑) ロべリア…ドラゴンに好かれる体質?ww
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