42話 王都、急報
王都の話です。
※ロベリアは出てきません
ところ変わり、王都の物語。
隣国との戦もなければ前兆すらない。夏の太陽は暑く照りつけてはいたが日照りになるほどのほどではなく、諸侯たちのいざこざも見受けられない。
まさに、平穏な時が流れているはずだった。
「な、なんだこれは!!」
王は帝国から届いた手紙に目を通すなり、城を震わすほどの怒声をあげる。
「『エリック王子とルージュ・クロックフォード令嬢との結婚をお祝いいたします』だと……!?」
「陛下、お気を確かに」
手紙を届けた男は怯えるそぶりも見せず、へらへらと笑っていた。
「お許しになればいいではありませんか。ここまで来てしまえば、引き返すことはできますまい」
「黙れ!」
王は手紙を握り締めた手で机を叩いた。
「お前には、各国へ根回しをするように命じていたはずだ。馬鹿げた結婚話が同盟国に伝わらぬように工作しろと!」
「しかしですね、陛下。できなかったものは仕方ありますまい。それに、式典への参加までされるともなれば、いまさらお断りするわけにはいかんでしょう?」
「——っく」
王は奥歯を噛みしめる。
ルージュへの対策を講じた者を要職につけたはずだったが、目の前の様子を見る限り堕とされてしまったのは明らか。こうなっては、この男を今後とも頼りにするわけにはいかない。
「もういい、下がれ。この手紙の内容は……わしが、時機を見て公表する」
「では、公表する意思があると?」
「時機が大事なのだ」
ルージュの手に落ちてしまった以上、下手に「公表を禁ずる」など口走ってしまった日には事態がさらに大きくなってしまう。王は元部下がへらへら笑いながら退出していくのを見送ると、再びテーブルを叩いた。
「こんなことになるなら、さっさと芽を摘むべきだった……!!」
ルージュの魅了の存在に気づいた時には、とっくに彼女が勢力を拡大し始めていた。
利害など考えずに、暗殺を試みればよかったのだ。あのときであれば、闇討ちも可能だったはずなのに、いまとなっては失敗する可能性のほうが高く、むしろ逆に利用されてしまうだろう。
「仕方あるまい」
王は怒りを鎮めるように長く息を吐く。
過ぎてしまったことを悔いることはいつでもできる。今自分にできることは、いかに立て直すかだ。
「一番良いのは、ロベリアが戻ってくることだ。あれさえ手元にいれば……いや、逆にこの時期に連れ戻すのは危険すぎるか?」
王は皺だらけになった親書を広げながら策を練り直す。
そもそも、ルージュがいなければロベリアの特異性に気づくことはできなかった。
ルージュの魅了の力の源は難なく突き止めることに成功したが、ロベリアがかからないことが奇妙であった。たとえ、王族のように質の高い魔力と精霊に好かれる性質を持っていたところで、家族のように四六時中そばにいたら魅了の虜になってしまうのは明白。
ゆえに、王はエリックに対し、再三にわたり「ルージュに関わるな」と命じていたのだ。
ところが、ロベリアだけは不思議とかからない。
その理由が判明したときは「エリックの嫁にするしかない!」と喜んだものだが、それは同時にルージュを容易に暗殺できなくなってしまったのだ。
ルージュと彼女の両親を暗殺すれば、すべてが丸く収まる。
不慮の事故で片付けることができれば幸いだが、クロックフォード伯爵家が潰れかねなかった。最悪、父親だけは残しておいても良いかもしれないが、たぶんそれは上手くいかないだろう。
ロベリアの後ろ盾がなくなってしまえば、これ幸いにと何も知らぬ者たちが引き下ろしにかかること間違いない。かといって、ロベリアの出生を明らかにしようものなら伯爵家の後ろ暗い事実が公然のものになってしまう。
それでは意味がないのだ。
「……いや、待て」
そこまで考えた時、王はハタと気づいた。
王どころか王国中、血眼になって探したのに、ロベリアは全く見つからない。
異国へ逃げたかとも勘ぐったが、彼女が出国した痕跡はない。一度、王都で発見されたとの報が入ったが、それ以降は本当に音沙汰もないのだ。
もしかすると、彼女は自分の出生に気づいたのではないだろうか?
それを利用して、ルージュの目をくらましているのではないか?
「クレア! クレアはいるか!!」
王は窓に向かって自身のドラゴンの名を叫ぶ。
誰が自身の味方か本格的に分からなくなってしまった以上、頼りになるのは半身しかいない。王は執務室を歩きながらドラゴンの到着を今か今かと待ち続ける。
そして、扉が勢いよく開いたところで、ほっと胸をなでおろした。
「クレア、来たか!……いや、お前たちは!?」
ところが、入ってきたのは相棒ではなく、武装した兵士たちだった。
「お前たち、何をしている!? わしを誰だと——」
「元国王陛下。それ以外に呼びようはない」
兵士たちの後ろから、エリックとルージュが悠々と入室する。
王は自分の動きが一歩では足りぬほど遅かったことを悟った。
「エリック。反乱するつもりか?」
「反乱ではありません。父上は正常な判断ができないようなので、離宮へ隠居を促しに来ただけです」
「正常な判断だと? 女に腑抜けたお前に言われたくない!」
「黙れ!」
王が叱責すれば、エリックは被せるように叫んだ。
目は血走り、額には筋が浮かび上がっている。剣こそ抜いてはいなかったが、右手は柄を握り締め、いまにも引き抜かんとする気迫だった。
「女子に堕胎を促すなど、言語道断!!お前こそ悪女に魅入られた愚か者なのだ!
お前など……父親ではない!!」
「……よもや、そこまでか」
王は湿った目で息子を睨みつける。
表情には出さなかったが、父親ではないと断言されたことは雷を打たれた以上の衝撃だった。だが、身体に隙はできた。その間に兵士たちが王を取り囲み、退路をふさがれてしまう。
「連れていけ。離宮なら安らかに老後を過ごせるだろう」
「「はっ!」」
「貴様ら、何をしてる!!」
しかし、そう簡単に幕は下りない。
白い女性が激しい剣幕で入り口に現れたのだ。背に生えた巨大な翼がドラゴンであることを誇示している。彼女の目は拘束された国王にのみ向けられていた。
「クレア様、分かってください」
エリックは感情のない目でドラゴンを見返した。
「あの男は王に非ず。今後の王国のためにも退位なされるのです」
「退位だと……!? お前たち、正気なのか!?」
クレアが愕然とする姿が、王の目にも映し出された。
だが、己を取り戻すのは早かった。彼女はエリックではなくルージュを忌々しく睨みつける。
「魔物の娘め……このままでは済まされんぞ!!」
「ま、魔物の娘ですって?」
ルージュは腕を前で組むと、怖いと震える。
「私が、魔物? お姉さまではなく?」
「クレア殿も乱心なされたか!!」
エリックが前に出るとルージュを庇うように手を広げる。
一方のクレアは口の端から炎を滲ませながら、徐々に体を膨らませドラゴンの姿に戻ろうとした。王を助けるには物理的に戦うしかないと考えたらしい。
だが、
「やめろ、クレア」
王は止めた。
「し、しかし、我が王!」
「やめろと言っている」
ここで、最良の相棒を失うわけにはいかない。
クレアは納得していないようだったが、しぶしぶ矛を下した。ただ、ドラゴンの姿に戻ったのは悔しさと怒りの表れなのだろう。騎馬ほどのサイズでとどまり、連行される王に並走した。
「そういえば、エリック。お前のドラゴンは元気か?」
王はふと思い出したことのように問いかけた。
「口うるさいかもしれないが、困ったときはドラゴンを頼れ。己の半身なのだから」
「……」
エリックは無表情のまま答えない。
「話はそれだけだ」
王はそれっきり息子を振り返らなかった。
エリックに伝えた言葉だが、それと同時にルージュに放った最後の抵抗でもある。
ドラゴンは真実を見抜く。特にクレアたち特別なドラゴンは、そこらの魔物に支配されない。王の推測が正しければ、エリックのドラゴンは事態を見抜いている。
今後の国の命運は、そこにかけるしかない。
王を乗せた馬車は、まるで罪人を護送するように裏口から出立した。
王と人化したクレアが向き合っている。
クレアはいら立ちを隠せないのか、たんたんたんと足で床を叩いていた。
「我が王、私ならこのまま貴方を空に逃がすことができる」
「それは駄目だ」
王は彼女の意見を否定した。
こうなってしまった以上、彼女以外の味方はいない。王位を無理やりはく奪され、王ではくなったとはいえ、心だけは奪われていない。
王として、王族として、この国の未来が混沌に陥るのを見て見ぬふりなどできなかった。
「お前には、ロベリアを探してもらいたい」
「あの女を?」
「いる場所に目星はついている」
「それは……わかったが……だが、いいのか? 私がいなくなれば、貴方を守る人はいなくなる」
クレアの顔に不安の色が過った。
王は彼女を安心させるように微笑むと、なんでもないことのように眉をあげた。
「わしが死ぬより、この国の未来のほうが大事だ」
次回は31日~5月1日に投稿予定です。




