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37話 星の海


「却下」


 ところが、待っていたのは否定の言葉。

 ナギにしては珍しい拒否だった。いや、つい先ほども拒絶されたばかりだったが……と、ロベリアは過去のことを棚上げし、なぜ?と尋ねてみる。


「梯子と使うということは、屋根に登るのだろう? 危険すぎる」


 ナギはチキンサンドをつまみながら答えた。

 その切り替えしは想定の範囲だったので、ロベリアも卵サンドをこぼさぬように気をつけながら言葉を返す。


「梯子の先端や途中にランプを巻きつければ良いじゃない。そうすれば、足元が暗くなくてすむもの」


 とはいえ、準備の段階が大変だ。

 ロベリアが梯子にランプをくくりつけるとしても、肝心な梯子を照明のない小屋から探すのは一苦労。そこで、ナギの力を借りようと思ったと説明しても、彼は渋い顔のままだった。


「それはそうかもしれないが、庭からでも良いだろう?」

「一理あるけど、屋根の方が……」


 と、ここまで呟いてみて、ロベリアは小さく首を振った。


「そうね、落ちたら危険だもの。食事のあと、お茶を飲みながら星を観ましょうか」

「問題ない」


 ナギは理解したと頷き、スープを飲み始める。

 ロベリアも卵サンドの最後の一欠けらを口に放り込むと、一足先に立ち上がった。


 今日は疲れた。

 長い長い一日だった。庭仕事の時間が足りない、もっとあれもこれもしたい!と切に願う日々の生活と同じだけの時間かつ途中で昼寝までしたのに、いつもより遥かに長い一日だった。


 きっと、ナギも同じ。


 ロベリアとしても、しっかり睡眠をとって明日以降に備えたい。理性も訴えているのに、それでも、長かった一日の終わりに星をゆっくり眺めたかったのだ。


「主、俺も終わったぞ」


 ロベリアがお茶の支度をしていると、ナギの声が耳に届いた。食器を運ぶため、一時的に人化していたが、それを終えると元のドラゴンに戻る。


「ランプの準備をしてくる。2つ必要か?」

「ありがとう、1つで良いわ」

「わかった」


 ナギは短く答えると、ランプを取りに向かった。

 炎種のドラゴンというだけあって、火の扱いにかけては彼に勝るものはない。呼吸するように楽々と火をつけ、明るさを調節するのだ。これに関しては、彼に任せた方が絶対的に自分より安心だ。

 その間に、自分にしかできないと思うことをする。


「茶葉は良し、お湯はもうすぐ沸く、カップは……って、夜だからマグにしますか」


 いつものティーカップに手を伸ばしかけたが、それを退けて奥にしまい込んだマグカップを取り出した。薄ら埃がまとわりついていたので、軽く洗い流し、綺麗なタオルで水を拭う。


 あとの手順はいつも通り。

 慣れた手つきでポットの茶葉が蒸れ始めた頃、ナギが戻ってきた。ドラゴンの姿のままだったが、角にランプをぶら下げている。軽く息を吹きかけただけで消えそうなほど弱弱しい火であり、そもそも火自体がガラスの向こう側で揺れているので、熱くはないはずだが、それでも火が眼の近くで燃えているのだ。絶対に眩しいに違いない。


「ナギ、ごめんなさい。眩しいでしょう?」

「まったく平気だ。ほら、行くぞ」


 ナギが先行する。

 ロベリアは茶器セットを盆にのせると、彼の後に続いた。

 当たり前の話だが、昼間の庭と夜の庭の顔はまったく違う。

 太陽の日差しを浴びて、ぐんぐんと成長し眩しいばかりの庭は一転し、ひっそりと寝静まっていた。街から遠く離れ、隠れ家同然の場所とは言え、昼間がいかに賑やかなのか分かる。目で見ても賑やかだし、鳥の声や魔山羊の鳴き声、ちょっとした生活音が意外と大きいのだと実感した。

 夜眠りに落ちるときも感じるのだが、今宵も木々の囁きしか聞こえない。

 ロベリアとナギは庭木の眠りを邪魔しないように、静かに道を進んでいく。


「主、こっちでいいか?」

「もう少し行ったところにしましょう。林檎の木のあたりなら、少し開けてるから」


 気のせいか、自分たちもひそひそと声を抑えて会話していた。

 裏手に回り、林檎の木の下に腰を下ろす。ロベリアがマグカップに茶を注いでいると、ナギもランプを角から外し、2人の間に置く。


「いつものカップではないのか?」

「こっちの方が持ちやすいと思って」


 ロベリアはマグを包み込むように持つ。

 じんわりとした温かさが掌に伝わるのを感じながら、そっと顔を上げた。


 星の大海だった。

 大小さまざまの星が黒い海一杯に漂っている。星というのは実に不思議なもので、見る季節や場所によってまったく違うように見える。海を渡り、西大陸の最果てに行ったときは知らない星だらけで目をむいたものだ。

 ロベリアが過去を思い返していると、ナギは感嘆の言葉を漏らした。


「すごい……」


 深緑の瞳が輝いていた。自身の瞳に星をいっぱい映しながら、初めて空を見上げた赤子のように魅入っている。そのまま彼は短い前足を持ち上げ、空の星をつかもうとしていた。


「ナギ、もしかして夜空を見るのは初めて?」

「え、あ、いいや」


 ナギは恥ずかしくなったのか、頬のあたりの鱗が一際赤く輝く。

 そそくさと前足を戻したが、目は興奮で彩られていた。


「夜空は知っている。たまに見た。だが、こんなに星は近くなかった気がする」


 ナギは照れくさそうに呟くと、再び空を見上げる。


「そうね……王都の星は少ないわよね」


 西大陸の最果てとは違い、ここと同じ星空が広がっているというのに。

 どういうわけか、王都の星は少ない。天文学者でないので詳しく知らないが、人間の光が強いところだと星の灯りが隠れてしまうとか。


 人里から隔絶された場所だからこそ、ここまで星が明るく近く見えるのかもしれない。


「屋根に登ればもっと近く見えるわ」

「だから、それは駄目だ。主が危険だ」

「……ありがとう」


 ロベリアは頬を緩めた。


「そうね……私は大丈夫かもしれないけど、ナギが危険だったわ。いくら夜目が効くといっても、限度があるでしょうし……ごめんなさい」

「そんなことで謝らないでくれ。俺は気にしてない」


 ナギは何でもないように言った。


「それより、星詠みだったか? それをするんじゃなかったのか?」

「しようと思ったのだけど……」


 ロベリアは肩を落とした。

 普通の令嬢だった頃、たまたま訪れた夜会で星に詳しい令嬢が星の動き方や詠み方を教えてくれた。赤い星が強まった時は戦や災厄が近いとか黄色の星と青い星が不思議な角度になったときは人間関係に不和が起きるとか。

 当時のロベリアは占星術に興味を惹かれ、夜会で一緒になると色々教授してもらっていたのだ。


 もっとも、令嬢とルージュが知り合った途端、関係は破綻してしまったが。


「星を詠むとね、未来が占えるらしいの」


 ロベリアは星を詠むことで、今後の災厄を予期しようと思った。

 なにせ、今回はルージュの配下が来襲した。たまたま解毒薬を服用させたおかげで、相手の油断をつけた制約を結ばせたおかげで、大事には至らなかったが、今後はどうなるか分からない。

 また、ナギが傷を負ってしまうかもしれない。

 また、自分のせいで巻き込まれてしまうかもしれない。

 今度こそ、ナギや他の人たちが死に至るような傷を負ってしまったら……。

 その不安から、星を詠もうと思ったのだ。


 思ったのだが、


「でも、やっぱり今回はいいかなって」


 ロベリアは宙に手を伸ばす。

 ナギの言った通り、ここは王都より夜空が近い。星に指が触れそうだが、実際には届くはずもなく、圧倒的なまでに隔絶した距離を突きつけられる。悠然と瞬く星々を眺めていると、自分がいかにちっぽけでとるに足らない存在だと言われているような気がするのだ。


 星に頼るな、お前自身で考えろ、と。


「占星術は専門でもなんでもないわけだし、本当に当たるかどうかわからない。

 未来がどうなるのかなんて、星に頼るものでもないなって」


 自分の考えを口にする。

 実際に言葉にすると、考えがすとんと胸の内に落ちた。 


「自分の未来は、自分で切り開かないと」


 乱暴な貴族から、ナギを拾い上げたように。

 伯爵令嬢の地位を捨て、この庭に来たように。


「主、そこまで気負うな」


 ナギが語りかけてくる。


「俺がついてる。今度こそ、俺が守るから」

「……ありがとう」


 ロベリアは茶を飲む。

 ふわりと香りが広がり、夜の庭のように不安だった心が静まっていく。


「私も……」

「私も?」

「……なんでもない」


 私も貴方を傷つけたくない。今度こそ傷つけずに守ってみせる。

 だけど、それを口にするのは気恥しくて黙り込み、星を見上げた。


「……」

 

 ロベリアは今後のことを思案する。


 ルージュに謎の魅了の力があることは分かった。

 もしかしたら、彼女は人外なのでは?ということまで判明した。しかも、魅了は自分だけ効かない。ナギも「効かなかった」と断言していたが、あの時のナギはルージュにとって取るに足りない存在だった。もし、ルージュが本気で魅了をかけにかかったら、どうなるのか分からない。


 でも、そんなことさせない。

 ナギが魅了されるなんて、そんな最悪最低な未来は絶対に迎えさせない!



 ルージュは、まだ自分を探している。

 アーロンは我に返ってくれたが、他にも探索者は山のようにいる。本当はすべてと縁を切り、ひっそりと庭で暮らし続けたいが……


「どこかで、先手を打つしかない」

「主?」

「もうすぐ夏でしょ? 草が大量に生えてくるわ。だから、先手を打って小さな段階に摘ままないとって」

「そういうものか?」

「そういうものよ」


 つい、言葉に出てしまった。

 それを誤魔化すように言葉を続けてみる。ナギは納得がいったらしく、彼もお茶を飲み始めた。


「外で飲む茶も良いものだ」

「あら、いつもテラスで飲んでいるじゃない?」

「こうして地面に座って飲むのは初めてだ。……いや、初めてというわけではないが、落ち着いて星を観ながら飲むのは格別だ」

「喜んでもらえて良かったわ」


 心からの言葉を贈ると、そろって顔をあげた。

 


 林檎の木の下で、ちっぽけな二人は星の海を眺める。



 いつまでも、いつまでも。






三章終了。

次回から夏本番。三章はシリアス成分多めでしたが、次はほのぼの八割を目指します。

次回以降もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ロベリアの反撃のターン!? いけー!!! [一言] やられたぶんは自分でやり返す(やり返せる)タイプな主人公だろうか?(すごく好み) 解毒薬&気絶の一撃で魅了を打ち消した実績まであるし是非…
[一言] ナギがかなり過保護になっとるww 平穏な生活の為にも早く決着つけたいですねー。
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