16話 来訪者
二人を家に運び込むと、すぐに手当てを始めた。
兄妹なのだろう。
二人とも栗毛の髪が、くるんと耳のあたりで跳ねている。
兄妹の冒険者とは珍しいと思ったが、それにしては装備が拙すぎる。
妹はマント型のフード姿だったが、少年はごく普通の村人の格好で防備も何もない。
「って、詮索は後にしないと」
ロベリアはぱんぱんっと頬を叩いた。
少年は腹を軽く引き裂かれたような傷があり、女の子の方も腕や足に傷が目立った。
二人とも顔色が青ざめ、ぐったりとしている。体力も魔力も切れているに違いない。ソファーに寝かせ、傷薬を塗り込み、包帯を巻いていく。
「止血は終わった。あとは回復薬、回復薬……あった!」
ロベリアは棚から薬を取り出した。
ちらちらと赤い輝きを帯びた体力回復薬と森を溶かしたような緑色の魔力回復薬。
ロベリアは傷の酷い少年の方の頭を抱き上げ、まずは魔力回復薬を飲ませ始めた。むせて吐き出さないように、ゆっくり、ゆっくりと飲ませていく。
「赤い奴を先に飲ませなくて良いのか?」
「まずは、魔力回復薬の方が大切なのよ、魔力がなくても」
ナギが尋ねてきたので、ロベリアは少年に目を向けたまま答える。
「これを飲めば、一瞬だけでも魔力が身体を巡り、内側から身体を癒していくの。
魔力が自身の自然治癒力を活性化させるとか」
ロベリアは昔習ったことを思い出しながら語った。ナギに話しているうちに瓶は空になる。空っぽになった瓶を置くと、空いた指を伸ばした体力回復薬へ伸ばした。
「その後、体力回復薬を投与するのよ。自分で回復し始めた力を外から手助けする、そんな感じかしら」
だが、ロベリアは医者ではない。
薬の知識があるだけの一般人だ。だから、薬を飲ませた後は本人たち次第。ロベリアは二人に飲ませ終えると、腕で額の汗を拭った。
「主、お茶を淹れたぞ」
「ありがとう」
ロベリアはナギからカップを受け取ると、近くの椅子に腰を下ろした。
ただ薬を飲ませただけなのに、疲れが波のように押し寄せてくる。いつのまにか、指の先が凍えるように冷たくなっていた。だから、身体の底から温めてくれるお茶は嬉しかった。
「主、疲れているところ悪い」
ロベリアはカップを両手で抱えていると、ナギがドラゴンの姿に戻る。半分ほど戻りかけたところで翼を伸ばし、すうっと滑空しながらテーブルに降り立った。
「どうしたの?」
「主にひとつ、伝えたいことがある」
ナギは少し首を伸ばすと、ロベリアの耳元に口を近づけてくる。なので、ロベリアも椅子をテーブルに寄せて距離を詰めれば、彼はこそりと囁きかけてきた。
「この家、というか庭全体だな。不思議な魔法によって守られてるようだ」
「え?」
「熊を追い出した時、一度庭を出ただろ? その時、妙な音が聞こえなかったか?」
「音……?」
ロベリアは首を傾げる。
記憶を辿ってみるが、心当たりはない。ロベリアが唸っていると、ナギは静かに頭を横に振った。
「……すまない、俺の勘違いかもしれない」
「いえ、私が気づかなかっただけかも――」
「……う、うう」
しゅんとしたナギを慰めるように、ロベリアが慌てて言葉を続けようとした時だった。女の子が小さく呻く声が聞こえてきた。彼女に目を向ければ、女の子が薄らと黒い目を開けるところだった。
「良かった、気が付いたんですね」
「貴方は……さっきの……」
「ロベリアと申します。目が覚めて良かったわ」
「ロベリア、さん……助けてくれて、ありがとうございます」
女の子は頭を下げると、どこか夢を見ているような目で辺りを見回した。その目が少年を捉えた瞬間、驚いたように目を見開いた。
「お、お兄ちゃん!」
女の子は起き上がると、足をもつれさせながら少年に駆け寄った。女の子が幾度か肩を揺すると、少年は眠たそうに目を開けた。
「ここは……」
「お兄ちゃん! 良かった……死んじゃうかと思った」
女の子はへなへなとその場に座り込んでしまう。
「お、おい!? どうし、ッ!」
少年は妹に手を伸ばそうとし、傷が痛んだのだろう。苦しそうに顔をしかめ、包帯が巻かれた腹に手を当てる。
「この傷……もしかして、貴方が?」
「はい。素人でごめんなさい」
「え、い、いや、その、ありがとうございます」
少年はおずおずと言うと、おっかなびっくり周りを見渡した。
「あの、ここは……」
「私の家よ。ごめんなさいね、勝手に連れ来んで」
「い、いえ、それは良いです。でも、ここは……あの森の奥、では?」
「たぶんそうよ」
ロベリアが答えれば、兄妹二人は信じられない!と顔を見合わせた。
「驚かせた、かしら?」
「では、貴方は魔女様なのですか?」
「魔女? いいえ、違いますけど……もしかして、ベガのことを言っているのかしら?」
「はい、私たちの住む市に薬を卸してくれていた方です。もう何年もいらしてないので、てっきり……」
「……そうね、ベガは数年前に。私がここを受け継いだのは、本当に最近でして。今度、薬を卸しに行こうと思っていたところですの」
ロベリアが口にすると、ぱあっと花が咲いたように妹の顔に笑みが広がった。
「良かった。薬問屋のじいちゃんが、魔女様がこないと寂しがっていたんです。
だから、私、お兄ちゃんを無理やり誘って、魔女様の家を探しに行こうとして……その、迷子になって……」
最初は晴れやかだった声が、だんだんと小さくなり、最後の方は注意しないと聞き取れないほど囁くような声だった。妹はしゅんっと縮こまっていると、兄の方が言葉を続けた。
「僕は剣が多少使えて、妹は魔法の適性があるんで、なんとか魔物や動物を躱していたんですけど、だんだん体力が尽きてしまったんです。
魔女様と使い魔様がいなかったら、どうなっていたことか……って、すみません。魔女様ではなかったですね」
「ロベリアよ。ただのロベリア。ナギは使い魔じゃなくて、私の同居人よ」
「使い魔でいい」
ナギは淡々と呟くと、尻尾を丸めた。
妹の方はナギを興味津々な目で見ていたが、兄の方は怖いのか一歩後ろに退いていた。
「僕はジェイドと言います。こっちはフローライト。
ロベリアさん、ナギさん、ありがとうございました。僕たち、そろそろ帰らないと」
ジェイドはそわそわと身体を揺らすと、窓の外に目を向けた。
まだ日は高いが、すでに傾き始めている。あと一時間もしないうちに、庭は蜜色に染まるだろうし、彼らが家に着く頃には辺りが見えないほど真っ暗になっているはずだ。
「送っていくわ。道が分からないでしょう?」
「大丈夫! 私、四方位の魔法が使えるの! え……あ……」
フローライトは得意げに胸を張ったが、すぐに声がしぼんだ。
彼女の杖は、ぽっきり折れたままだった。フローライトは半分泣きそうな顔でこちらを見上げてきたが、ロベリアは首を横に振るしかなかった。
薬の作り方は知っているが、杖の直し方まで習っていない。
「私なら道は分かりますので」
「でも、ロベリアさんが帰る頃には、道は暗くなってるんじゃ……?」
「私は大丈夫よ。ナギもいるし」
ロベリアは笑って誤魔化した。
彼らを送り届けた後は、鍵を使って帰ればいい。そうすれば、おっかなびっくり夜道を歩かなくてすむ。
兄は困ったように、妹は完全に乗り気で相談していたが、最終的にはロベリアの提案を受け入れることにしたらしい。
「ロベリアさん、すみません。お願いしてもいいですか?」
「謝らなくて良くってよ」
ロベリアはランタンを手に取ると、玄関の戸を開けた。
空を見れば、薄ら空の端が橙色を帯び始めていた。思ったよりも夕暮れが近い。少し早めに歩かなければいけないかもしれないな、と思いながら、ロベリアは歩みを少しだけ速めた。
庭を越え、2人を発見した樫の森に足を踏み入れる。
ロベリアは右にジェイド、左にフローライトに挟まれる形で進んでいたが、ふと気が付けばナギの足音が聞こえない。空を飛んでいるのかしら、とも考えたが、羽ばたく音もなく、後ろを振り返ってみる。
ナギは少し離れたところで足を止め、ロベリアのように後ろを向いていた。
「ナギ、どうしたの?」
「主。主から見て、この先はどう見える?」
「どうって……?」
ロベリアはナギに言われるがまま、目を凝らしてみる。だが、特別変わったことはない。
「庭が見えるわ。樫の木の隙間から。ほら、木が揺れたら、屋根もちらほらと」
「え!?」
これに驚いたのは、フローライトだった。
彼女は幾度か目をこすると、黒い目をぎゅっと細めた。
「森しか見えないよ?」
「ぼ、僕も」
「え!? もしかして、ナギも?」
ロベリアが眼が零れ落ちそうなほど見開くと、ナギは神妙な顔で振り返った。
「家が見えているのは、主だけだ。
主にしか見えないように、魔法がかけられている」
「位置発見不可能魔法!? それって、王様に仕える大賢者クラスの魔法だよ!?」
フローライトはあんぐりと口を開いた。
顔は確認できないが、自分も彼女と同じ顔をしているだろう。ロベリアは瞬きを幾度しても、目の前の光景が変わらないのを確認すると、すうっ……と長く息を吐いた。
「ベガって、何者だったのかしら……?」
ロベリアの口から、疑問が零れる。
ベガは本当に魔女だったのだろうか?
そして、なぜ……一介の伯爵家の乳母になったのだろうか?
そろそろ服を作ってあげたい…




