14話 細かいことは気にしない
土を掘り、球根を植える。
言葉にするのは楽だが、単調で骨の折れる作業だ。
一つ一つ丁寧に、「素敵な花がのびのびと咲きますように」と願いながら植えていく。
最初に聞いたときは、なんとも子どもっぽい手法だと思ったものだが、心を込めて育てたものは美しい。自分の苦労を思い出すから、より一層輝きを増すのだろうか?
「いずれにせよ、雑にすれば、雑にした分だけ返ってくるから」
ロベリアは苦い思い出を噛みしめる。
いくら真面目に仕事をし、努力をしたところで、大臣からの評価は正当に返ってこなかった。
反面、同じく秘書官のランス・ロットーが仕事の手を抜いた結果は、笑ってしまうほどしっかり返ってきた。詳しく思い出すと不快な気持ちが込み上げてくるので内容は割愛するが、ロベリアが膨大な尻拭いをすることになった。
ランスに仕事を廻す量を減らし、ロベリアが多く仕事を被ることになった。
もっとも、ロベリアにも責任がないとも言えない。
あの日、ランスが
『今日はデートがあるので、早めに帰りたいです』
と言っていたのに、普段量の仕事を任せてしまった。
ロベリア自身が、本人の負担と時間、労力などを顧みないで、雑に仕事を振り分けてしまったことが原因である。
雑や手抜きはいけない。
実に良い教訓だ。
「ランスの彼女と言えば、確か……ドラグーンだっけ?」
穴を掘りながら、元同僚の彼女を思い出す。
ドラグーンといえば、王国で最も門が狭い職業だ。
騎士学校の成績が最優秀で家柄が良くても、ドラゴンに好かれなければなることは許されない。裏を返せば騎士学校を赤点すれすれで卒業した所謂落ちこぼれ騎士であっても、貧しい農村出身の騎士であっても、ドラゴンに気に入られることができれば、問答無用でドラグーンになることができる。
ランスの彼女だった女騎士も農民出身だったが、授業の一環で訪れたドラゴン宿舎でとあるドラゴンに気に入られ、卒業前からドラグーンになることが決まっていた人である。
時折、彼女は人化したドラゴンを連れて、ランスへ差し入れを渡しに来ていた。
彼女自身も白銀の髪をした素敵な女性だったが、ドラゴンの方も負けず劣らずの美人だった。ドラゴンとは思えぬ程、おっとりとした顔立ちで、雪のように白い翼を揺らしていたのをよく覚えている。
「そっか、人化できるドラゴンって……」
瞼の裏に、ナギの姿が浮かんだ。
人化できるドラゴンは、ドラグーンのドラゴンか、王家に仕えるドラゴンだけだ。
王にもドラゴンがいるし、エリックにもドラゴンがいる。
王のドラゴンは式典の時にしか見たことがないが、彼の足元で悠々と尾を丸めて眠っていた。瞼を閉じて眠っていてもなお、こちらを睨みつけられているような威圧を感じるのは、さすがは王のドラゴンと言ったところだろう。
エリックのドラゴンにも、会ったことは一度しかない。
薄紅色の雌ドラゴンは人化の術を習得中だったが、エリックへの忠誠心は非常に高いようで、ロベリアを見るや否やエリックとの間に割り込み、低く唸りながら牙をむいた。
『エリックの婚約者? ナンセンス! エリックは私と結婚するのデス!』
『こ、こら、セレスティーナ。やめないか!』
エリックは暴れるドラゴンを抱え込むと、侍従に部屋へ連れて帰るように命令した。
『すまない、ロベリア。普段は良い娘なんだが……』
彼は侍従がドラゴンの後ろ足で顔を蹴られる姿を見送りながら、申し訳なさそうに呟いた。
『私のドラゴンは、なかなか決まらなかったんだ。
人化できる特別なドラゴンは数が少ない。王宮で飼育している分だけでは到底足りないのだよ。おまけに、せっかく生まれたドラゴンを「死んだ」と偽って闇に転売している者もいる』
『転売者の取り締まりはなかなかできないのですか?』
『そうなんだ。たまに摘発できたときは、すぐに売られたドラゴンをすべて回収することになっている。
セレスティーナも貴族に売られた先で、運よく保護したのだよ』
エリックの遠い眼差しを見たのは、あの日が最初で最後だった。
「……もし、ナギのことが王家に知られたら……」
ロベリアは球根をつまんだまま、動きを止めてしまう。
ナギは、間違いなく特別なドラゴンだ。
彼の記憶があるかどうかは定かではないが、王城で産まれて育てられたのだろう。そうでないと、人化に説明がつかない。
だから、もし……ナギが人化できると公になってしまったら。
きっと、ナギは連れて行かれる。
そして、王族か誰かは分からないが、ロベリア以外のパートナーを見つけて歩んでいくことになるのだ。
「なんだか、それは嫌だな……」
球根を穴に入れたが、先を摘まんだまま離せないでいた。
ロベリアは来てほしくない未来を想像する。
秘密の庭でひっそりと暮らしていたのに、ナギを取り上げられてしまったら?
ナギは自分のことを好いてくれているが、ロベリア以外の誰かを見初めてしまったら?
湿った土の中で、球根が小さく蹲っているように、ロベリアの気持ちも暗く縮み始める。
あまり考えたくない、とても嫌な気持ち。
陰鬱とした心を薙ぎ払ってくれたのは、いつもの爽やかな声だった。
「主ー、終わったぞ」
振り返ると、ドラゴンのナギが駆けてきた。そのたびに麦わら帽子が揺れ、装飾の赤いリボンが尾を引くように青空を流れている。
「ありがとう、ナギ」
最後の球根に土をかぶせると、額の汗を拭いながら立ち上がる。
ナギは足元まで駆け込んでくると、不思議そうに首を傾げた。
「主? 何かあったか? 表情が暗いぞ?」
「え……? いや、何でもないの。私も終わったから、休憩しましょうか」
考えても仕方ない。
ロベリアはエプロンに付いた泥を払うと、井戸へ足を向けた。少し歩いてから、そっと振り返ってみる。春先特有の若緑色の草が生い茂る庭に、ちょこちょこと林檎色のドラゴンが歩いていた。ロベリアの歩いた道をなぞるように。
「……ねぇ、ナギ」
「なんだ、主?」
ロベリアが声をかければ、すぐに答えてくれる。
まっすぐ透き通った深緑色の瞳からは、ロベリアに全信頼を寄せてくれているのを強く感じた。ロベリアは頬を緩めると、呼んでみただけと首を振る。
「……そうか? だが、主。どうして、井戸の方へ? 玄関はあっちだろう?」
「先に、井戸に用事があるのよ」
ロベリアは井戸に着く。
井戸は二つあって、ひとつは手押しポンプ式のもので、もうひとつは桶を垂らして汲み取るもの。ロベリアが果物を吊るし提げたのは、後者の方の井戸だった。
「さてと、引っ張り上げるわよ」
ロベリアは縄に手をかけると、慎重に桶を引き上げていく。
ナギは井戸の枠に前足を乗せ、桶が上がってくるのを見守っていた。
「なんだ? あの水、赤くないか?」
「惜しい。赤いのは水じゃないわ」
「じゃあ、なんだ……お、おおお!!」
桶が近づいてくると、ナギは歓喜の声を上げた。喜びのあまり井戸を覗き込み過ぎて、危うく落下してしまいそうになる。ナギは慌てて枠に爪を立てると、ぐいっと背を反らせた。勢いよく逸らせすぎてしまったので、バランスがうまく取れなかったのだろう。こてんっと後ろの草むらに引っ繰り返ってしまっていた。
「大丈夫!?」
「へ、平気だ。この程度、痛くもかゆくもない」
「そんなこと言わないで」
ロベリアは引き上げた桶を脇に置くと、すぐにナギの頭を見た。
幸いにも、傷やこぶは出来ていない。ロベリアが安堵していると、ナギは喜び勇んで桶を覗き込んだ。
「苺だ!」
「そうよ。洗濯物を干しに行った時に、見つけたから」
水の詰まった桶には、上品で真っ赤な苺がいっぱい詰まっていた。
水を捨て、一個だけ指にとってみればよい感じで冷たくなっている。太陽にかざしてみれば、赤い宝石のように輝いていた。
「……その、主。一個だけ、一個だけ食べてもいいか?」
「そうね、まず一個だけ」
ロベリアが抓んだ苺をナギの口元に近づけると、ぱくんっと食べた。大きな口の隙間から牙が見えたので噛まれないか不安だったが、そこは杞憂に終わった。ナギはうっとりとしたように目を閉じると、何も言わずに苺を噛みしめている。
「どう? 甘い?」
「あまい……」
ナギは、蕩けた声で答えてくれた。
その声を聞けただけでも、冷やしたかいがあったものだ。
「なあ、主。もう一個だけ!」
「続きはテラスで。お茶も淹れたし、手も洗わないと」
「分かった! 俺、すぐに用意してくる」
ナギは早口で言うと、ロベリアが止める間もなく走り出した。
よっぽど、苺が食べたかったらしい。ロベリアはもう一粒、苺を摘まみ上げた。泥が薄らと詰まった爪先で、苺が光り輝いていた。
「……ま、細かいことは気にしないでおきましょうか」
ロベリアは言い聞かせるように呟くと、口の中に放り込む。
身悶えするような冷たい甘酸っぱさが、口の中一杯に広がった。もう一個だけ、と心が揺れ動く。気が付けば、細い指先がおそるおそる苺の山に近づいていた。
「主ー! 早く来てくれー!!」
テラスの方から、少し怒ったような声が飛んでくる。
こちらを見ていないはずなのに、先に食べることを叱責するような声だった。
「い、いま行きますー!」
ロベリアは慌てて答えると、甘い宝石を籠に移し始めるのだった。
「でも、あと一個だけ……食べてもバレないかな」




