10話 予期せぬ再会
「ご馳走いただきありがとうございました」
ロベリアは礼を言うと席を立った。
足元に置いておいた荷物をよいしょと持ち上げ、ナギと一緒に歩き出そうとする。腕の筋肉が「もう少し休みたい」と抗議している。ロベリアが少し顔をしかめると、レベッカが心配そうに眉を寄せた。
「それ、持って歩くの大変じゃない? 腕が折れそうよ?」
「このくらいで折れないわよ」
「ふーん……?」
レベッカも立ち上がると、ひょいっと袋を覗き込んでくる。
「野菜に肉に……なにこれ、ニンニク?」
「球根です」
「あ、そう。それで、どこまで持って歩くわけ?」
「貴方に教えるつもりはありません」
ロベリアはきっぱり言い放った。
秘密の庭のことを誰かに言うつもりはない。レベッカから誰かに漏れるかもしれないし、その話がルージュにまで伝わってしまったら最悪だ。あの森の奥でひっそりと暮らしたいのに、ルージュが押しかけて来たら……と考えるだけで背筋が凍りつく。あの妹のことだから、
『素敵な場所だから、他の皆にも紹介したかったの!』
と、絶対に取り巻きを引きつれてくるはず。ルージュが取り巻きといちゃいちゃしているのを片目で見ながら、ロベリアは給仕に専念し、彼らのせいで庭が荒れていくのを泣きながら見守ることになるに違いない。
そんな未来、絶対に断固拒否だ!
「残念ねぇ。この流れでロベリアの避難先にお邪魔するつもりだったのに」
「絶対に嫌です。私はナギと静かに二人で暮らしたいのですもの!」
「へー、そう。ふーん……ロベリアってドラゴンが好みだったんだ。いや、前から男の噂がないなーっておもったけどさ。ナギ君って、見た目子供だけど本当は――」
「レベッカ、お会計!」
レベッカが全部言い切る前に、ロベリアは指摘する。彼女は不服そうに唇を尖らせたが、ちゃんと財布を取り出した。
そして店を出る時、レベッカは思い出したかのようにポンッと手を叩いた。
「ねぇ、手押し車あげようか!
ぶっちゃけ、倉庫がいっぱいで邪魔になってるのよ。あんたが引き取ってくれたら万々歳って感じ」
「手押し車か……」
確かに、手押し車があれば腕に負担をかけることなく荷物を運ぶことができる。
買い物だけでなく、庭を移動するときにも使えるだろう。土を運んだり、球根を運んだり、収穫した果実を運んだり、用途は幅広い。
ロベリアはさして悩むことなく頷いた。
「貰っても良いかしら?」
「もちろん! さあ、こっちこっち!」
レベッカは意気揚々と案内を始めた。
ロベリアは彼女の後に続きながら苦笑いをする。レベッカは普段猫を被っている。豚大臣やお得意様の前では黒髪の清純少女として振る舞い、大人しくて虫も殺せない性格を偽っているのだ。だからこそ、顧客が多く、こうして昼間から街を出歩くだけの余裕が見込めるのだろう。
レベッカ然り、ルージュ然り、自分の周りには天然の皮を被った養殖女が多い。
レベッカは仕事のために計算して男を釣り上げているが、ルージュは何のために男を侍らせているのか。
そんなことを考えているうちに、レベッカの家までついた。
「これよ、これ!」
レベッカは共同の倉庫から手押し車を引きずり出す。
持ち手が不格好だったが、車輪はしっかり付いている。試しに荷物を全部乗せてみたが、よろよろと傾く様子はない。ロベリアは口の端を持ち上げた。
「いいわね、これ。本当にくださるの?」
「ここまできて『あげない』って言いだす女に見える?」
「見えないわ」
ロベリアが言葉を返せば、レベッカは白い歯を見せるように笑った。ロベリアは肩をすくめ、手押し車の持ち手を強く握った。
「ありがとう、レベッカ。いつか、また会いましょう」
ロベリアが別れの言葉を口にすると、レベッカは手を伸ばして腕をつかんできた。
「ルージュには気をつけてね。あの子、あんたのことを目の敵にしてる。理由は分からないけど」
ロベリアは頷くと、レベッカの手を握り返した。その手をすぐに解くと、彼女に背を向けて歩き出した。
かたかたと車を押しながら、人通りの少ない道を目で探し始める。レベッカの言うことが正しければ、ルージュに見つかる前に素早く王都から消えなければならない。
そう、思っていたのに物事はなかなか上手く進まない。
レベッカの家のある通りを過ぎ、反対側の角を曲がろうとしたときだった。足元のナギが悲鳴のような声を上げたのは。
「主! そっちは嫌だ!」
「え?」
しかし、その声は遅すぎた。
ほんの十歩くらい先の洋裁店の前をこっちに向かって男が一人、こちらに走ってくる。その顔がロベリアを見つけると、ぎょっとた表情になる。ロベリアはもっと驚いて、足が固まってしまった。
その男は、ナギの前の飼い主だった。
「お前! あの女だろ!?」
男はすぐに距離を詰めてきた。
こんな奴の相手をしたくないのですぐに去ろうとしたが、おかしなことに男は満面の笑みを浮かべていたのだ。
ロベリアが目を丸くしていると、男は久しぶりに親友と再会したかのような表情で話しかけてきた。
「クロックフォードの娘なんだって? ってことは、黄金姫の姉妹ってことだよな!?
おんぼろドラゴンをやったんだ。代わりに、黄金姫に紹介してくれよー!」
ロベリアは呆れ果てた。
ナギをいじめていただけでも吐き気がするのに、この男は何を言っているのだろう?
「すみません。お断りします」
ロベリアはそう言うと、すぐに立ち去ろうとした。
しかし、男は気持ち悪いくらい優しい顔をすると、ロベリアの前に立ち塞がった。黙って避けようとしても、男は邪魔してくる。男はにこやかに話し続けた。
「黄金姫に名前を紹介してもらうだけでいいんだ。俺はこう見えても男爵なんだ!」
「……」
「狩猟が得意でさ、でかい剥製が俺の家にあるんだよ。今度の狩猟にルージュ様を連れて行きたいなってさ」
「…………」
「物事は等価交換っていうだろ? ドラゴンをやったんだから、お嬢ちゃんも何か返すのが礼儀ってもんだ」
ロベリアが黙っていると、男が早口になり始めた。だんだんと怒りが溜まってきたのか、表情が強張ってくる。こんなところで怒鳴られても嫌なので、ロベリアは小さく息を吐いた。
「あの子とは縁を切りましたの。ですから、紹介はできませんわ」
「はぁ? なに言ってんだよ?」
男の額に筋が立った。
これは紹介するまで引き下がりそうにない。けれど、この男を紹介する程度の目的でルージュに会いたくない。そのことを説明しても聞き入れてくれなそうだ。かといって、これ以上、下手に躱すと騒ぎになりかねない。
ロベリアは袋から球根を一つ取り出した。
「紹介することはできませんが、代わりにこれをルージュに贈ったらいかがです? 喜びますよ。これは百合の――」
「いらねぇよ、んなもん! 俺は、彼女のところへ連れて行ってくれって頼んでんだよ!!」
男は球根を弾き飛ばすと、ロベリアの腕をつかんできた。
ロベリアは手を一瞥し振り払おうとしたが、意外と強い力で握りしめてくる。痕がついてしまいそうなほど強い力だ。ロベリアは眉間に皺をよせ、男を睨み付けた。
「離してください。王都警備隊を呼びますよ!」
「呼んでみろよ! そんときは俺はあんたを訴えてやるぜ!
てめぇは俺の可愛い可愛いドラゴンを盗みやがったじゃないか!」
男は愉快そうに嘲笑うと、馬鹿にしたような視線をナギに向けた。
「なあ、お前もそう言えよ? 僕はこの女に盗まれて、酷い暮らしを強いられていましたーってさ」
ナギはびくっと身を縮める。
ロベリアは咄嗟にナギの前に出ると、男からの視線を遮った。
「貴方の方がよっぽど酷い仕打ちをこの子にしていたではありませんか!」
「酷い仕打ち? あれは躾だよ」
「殴る蹴る食べ物を与えない。それは虐待です! それに、盗んだつもりはありません。貴方も『いらない』と言っていたではありませんか!」
「はぁ? それはいつどこで? テメェ以外の誰か聞いてるんだ? 証拠はあるんですかー?
ほら、言えないだろ?
だったら、さっさと妹に紹介しろって言ってんだよ!!」
男はロベリアの手を捻り上げる。
冗談ではなく腕が千切れるような痛みだった。ロベリアはぎゅっと目を瞑り、奥歯を噛みしめて痛みに耐えようとする。
「ったく、この女意味わかんねぇよ。紹介したくないってんなら、ドラゴンを返せよ。そいついなくて、俺の家を掃除したり飯作ったりする奴がいなくなって困ってんだ」
「それは……嫌です」
「ああん?」
「だから、嫌だと言っているのです」
ロベリアは痛みに堪えながら片目を開ける。
「この子は、私のドラゴンです。私の可愛くて一緒にいると心地が良い……ルージュなんかより、ずっと大切な、新しい家族です!」
実際のところ、ナギがどう思っているのか分からない。
だけど、ロベリアにとっての家族はナギだった。
一緒に食事をとったり庭を散策したり、こうして買い物に出かけてくれたりしてくれる。
そして、自分のことを褒めてくれた。
良いことは褒め合い、嫌なことはちゃんと言える。
血縁はないが、ルージュや両親よりずっと家族だった。
「貴方になんて、やるもんですか!」
「はぁ? ああ、分かったぞ! 妹に俺を紹介したくないんだろ!? 俺の女になりたいから、理由をつけて断ってんだな!?」
「そんなわけ、ないでしょう!」
「はん! 俺もてめぇみたいな生意気な女は嫌いだってんだよ!
だが、そうだな。ここで、いままでの無礼を謝るなら……殴らずに、俺の女にしてやる」
男は空いている手で拳を握る。
ロベリアは男の顔に唾を吹きつけた。
唾を吐くなんて、令嬢としてあるまじき姿だと思ったが、こいつに吐かなくて誰に唾を吐けというのか!
「死んでも御免です」
「この、頭のおかしい雑魚女が!」
腕をつかまれているので、避けようがない。
ロベリアに出来ることはせいぜい、気を確かに持つことだけだ。
ロベリアは数秒後に腹に撃たれる拳に備え、ぎゅっと瞼を閉じた。
「取り消せ」
知ってる声がした。
痛みはこない。
細く目を開ければ、誰かが拳を抑えているのが分かった。
一方の男は気に入らないのか、ますます憤慨している。
「てめぇ! 俺に逆らうつもりか!?」
「逆らう? 何を言ってる。俺は……もう、あんたの物じゃない!」
男の拳を押し返すと、吼えるように叫んだ。
「俺の主に、指一本触れるな!」
次回、シリアスパート終了。
すぐにほのぼのパートになる予定です




