大往生
オニの話を要約すると、カナン大陸には、南方の海域にある島に楽園へと至る門があると言い伝えられている。そしてアガルタを守護する黒龍をオニが殺してしまったために航海技術の発展しているカナンにいずれ発見されるかもしれない、ということだ。
「ああ、しかも都合の悪いことにその黒龍の死骸が流されてカナン大陸の南部にある砂浜に打ち上げられてしまった」
「ようはアガルタにカナン人を近づけさせなければいいんだろ?だったら黒龍を魂魄から復活させて守らせればいいだけじゃね?」
「当時は黒龍がレアな魔物だとは知らなかったから魂魄の回収はしてないんだよね」
悪びれた様子もなくオニは答えた。
「まあ、すぐに攻めてくるということもないだろうから今は放っておくしかないな。とりあえず俺たちは一度ヘルムートへ帰ろう」
ヘルムートのマルボロが危篤なのだ。他のことはすべて後回しでいい。
『オニ、マルボロ爺さんが危篤らしい。急ごう』
『……、そうか……』
日本から召喚された者たちはマコトに任せ後から魔導列車で送ってもらうことにした。
皇帝は俺たちがヘルムートへ帰ることにごねていたが元はといえば帝国自身が蒔いた種である。日本から俺たちを召喚しなければマルボロという人物は存在していないのだから。
サクラだけを手にして俺とオニはテトヴァルキア帝国を飛び立つ。
ヘルムートに着いた俺とオニを出迎えてくれたのは門の向こうの世界へ渡ったヘビだった。
「急げ!」
大広間に人の輪ができている。マルボロの子供と孫、ひ孫たちだ。
その中央に置かれたベッドにマルボロが横たわっっている。
ヘルムート伯の止まっていた時を元に戻したときこうなることはわかっていた。目の前で眠っている年老いたマルボロはいつの日にか訪れる自分自身の姿でもある。
だが自分に死が訪れるとき目の前の老人のように子供や孫たちに囲まれて、あんなにも穏やかな表情で最期を迎えることができるだろうか。
マルボロの皺がれた手を握る。
「よう兄弟……、やっと帰ってきたか……」
半眼で俺を見つめるマルボロがおもむろに口を開いた
「遅れてすまんな、兄弟」
「なんだ……、オニにヘビまで、いるじゃねーか……、お前ら俺にアクセス、して記憶を共有しろ……、俺の家族を紹介したい……、ここに……いるのは、お前らの家族でもあるんだからな……」
俺を含めたマルボロたちはヘルムート伯の脳にアクセスして彼の人生を追体験していく。
初めて自分の子供を抱き上げたときのこと、愛する妻や子供たちと過ごす穏やかな日々、子供たちが成長していく喜び。
もちろん悲しい出来事も訪れる。モエが出産した(こいつモエに手を出したのか……)直後亡くなり、それを追うようにお婆も亡くなった。
いつしか孫が生まれ、ひ孫が生まれ、……。
影法師を具現化させてマルボロは息を引き取った。
これはモントロー公と二人であらかじめ決めていたことらしい。モントロー、ヘルムート両地に遺体を埋葬するためである。
モントロー公国でマルボロの国葬は執り行われ多くの家臣や民たちに見送られながらマルボロは死出の旅路に出る。
マルボロの魂魄は輪廻の輪に捕らわれることなくハコの次元収納内で永遠に覚めることのない眠りについた。
モントロー公マルボロ・モーリス=ヘルムート(享年96歳)




