教皇
大聖堂の中に入ったがだだっ広い空間に天井を支えるための石柱、採光するために嵌められたステンドグラスぐらいしかない。正面の壁には幾何学模様が彫ってありその前に無骨な門が佇んでいた。他にあるものといえば教皇の居住区へと続く通路だけである。
門の前には四十がらみのおっさんが立っていた。だがどう見ても料理人である。冒険者が通うような食堂の店主というよりは一流料理店のシェフや貴族に雇われているようないで立ちをした料理人である。
どうやら扉が開かれることはなかったようだ。おっさんは踵を返すと入り口付近にいる俺たちに注意を向けることもなく大聖堂から出て行った。
「あのおっさん、料理人にしては強そうだったが門に認められるほど人間離れしているとは思えないな」
「何も戦う強さだけが求められているわけではないよ。教義によればスキルを極めることが解脱するための近道だと云われているね」
解脱とかいわれると胡散臭さが大分増すのだが。
「今の僕なら門は開くんじゃないかな」
そう言ってアレスは門の前に立つと扉は静かに開き始めた。
あけ放たれた門の中は真っ白い障壁に阻まれてうかがい知ることはできない。アレスが触れようとしたところ手はそのまま吸い込まれた。ひとしきり手を出し入れすると満足したのか何やら一人で納得している。
「おいお前ら!ちょっと向こうに行ってみようぜ!」
「馬鹿!止めとけ!俺はここを通った直後に襲われたんだぞ!」
白い壁の向こうにはこの大聖堂と同じぐらいの広間がありそこには門を守る番人が控えている。
「俺たちが負けるはずなどないだろ?」
「思い上がりも甚だしい。まったく成長してないようだな、たしかスズノキとかいったか」
俺たちは誰一人としてそいつの接近に気づくことができなかった。
「誰だ!」
マルボロの一人が誰何する。
「こいつが教皇だよ」
アレスは面識があるようだ。そして俺も知っている。
「アレス・クロウリー、目上の者に対する口の利き方を忘れてしまったのかな?門が開かれたから来てみれば、まさか罪人と一緒とはね」
「誰が罪人だこの野郎!こいつが俺からスキルと記憶を奪った奴だ!サクラの記憶を返してもらおうか!」
教皇は懐から取り出した水晶のような球体を投げてよこした。
「ほら、スキルは返してやろう、全てを失ってここまで辿り着くことがお前に与えられた罰だからな。そして今お前の罪は贖われた。門は資格ある者にはいつでも啓かれている、たとえ元罪人であってもな」
「そんなことはどうでもいい!サクラの記憶を返せ!」
スキルなどすでに取り戻している。今更返されたところで意味がない。
「お前たちから記憶を奪ったのは私ではない。サクラというのはあの女剣士のことかな?詳しくは知らないが下界、つまりこの世界のどこかに封じられているはずだ。彼女は罪を犯しすぎた」
刀に封じられたということだろうか、それともサクラの本体がどこかに封印されているのだろうか。
「それでは私の用件も済んだことだし向こうに帰らせてもらうよ」
引き留める間もなく教皇は白い壁の向こうへと消えていった。
そして門は閉じられた。




