記憶の在処③
「マルボロ、お前の人格は死んだ息子に似せて私が創ったものだ。私の思い出から再現したため記憶に偏りができてしまったがね」
「父親の記憶がないのはどうしてだ?」
「お前が……、いや、息子が生まれる前に死んだからさ」
お婆はかつて死霊術士として盗賊ギルドで魔女と呼ばれていた。
死霊術士といってもアンデッドを使役して人を襲わせていたわけではない。死者を操り情報を引き出すのがお婆のおもな役割だった。
死者を制御するためには完全に自身の支配下に置かなければならない。そのためには記憶を改竄し洗脳を施すことが必須である。
その技術を応用してマルボロの人格は形成されたのだ。
マルボロと出会ったのはお婆が息子を亡くし盗賊ギルドの役目から一線を退いた頃である。
素材屋を営んでいたお婆は、早朝店先で倒れている少年を見つけ保護した。普通なら貧民街で倒れているものがいてもそこまではしなかっただろう。
だがその少年に息子の面影を見てしまったお婆が「鑑定」を使うと、亡くなった息子と同じ「鍵士」であった。それで放っておくことができなくなってしまったのだ。
お婆は自身の経営する長屋へ少年を運び入れ介抱した。
目を覚ました少年は天井の一点を見つめ何をしても反応を示さない。鑑定してわかったのは職業だけで名前もスキルもわからなかった。それは見えなかったわけではなく無かったからである。
そして、お婆が少年の頬にそっと触れたときそれは起こった。
お婆のもつ三つ目のスキル「預言」が発動したのだ。このスキルは自発的に使用することができない類のもので少年と二人きりのこの状況では意味がない。というのもスキル発動中はトランス状態となりその時の記憶がないからである。
夫や息子が亡くなったときでさえ何も伝えてくれることのなかった「預言」は皮肉にも赤の他人の少年に反応した。
お婆が意識を取り戻すと少年に死霊術をかけていた。
自分が何をしているかはすぐに理解したが途中で止めることはできない。本来であれば生きている人間には抵抗されるため施術などできないのだ。ここで止めてしまってはどんな後遺症が残るかわからないためやり切るしかなかった。
こうして今のマルボロが誕生したのである。
「俺たちにとっては母親だが、お婆からみたら他人ということか……」
「お前たちのことを他人だなんて思ったことは一度もないよ。まあ息子ではないから孫みたいなものかね」
「つまり……、どういうことだ?」
「今までと何も変わらないってことだろ」
「だな。お婆はお婆だ」




