鬼の心
ユリウスたちはシュミットからいただいた宮殿代わりに使っている建物の側まで公然と現れたそうだ。
その現場に近づくにつれ剣戟の響きが大きくなってゆく。戦っているのはユリウスと鬼もしくはサクラだろう。
だがその予想は思い違いだったようだ。目の前からユリウスともう一人の男がおもむろに姿を現した。
「あれ?マルボロくんがどうしてここに?君に宮殿へ行くように言われてこっちまできたんだけど?」
「聞きたいのはこっちだよ、向こうで戦っているのは誰なの?」
「誰って、君と知らない女性だけど?」
まったくあいつらは何をやっているんだ。
なぜかついてきたローワンによるとユリウスと一緒にいる男はカルヴェロ王国の第二王子であるクレイトス・カルヴェロだそうだ。
クレイトスのまるで値踏みでもするかのような視線を無視して鬼とサクラの元まで足を運ぶ。
シンの部下から不審人物が二人、公国に侵入したとの知らせがもたらされた。もう一人のマルボロがクールヴァからの使者の対応をしているため俺のところに知らせてきたのだろう。
たまたま近くにいたサクラと共に待ち構えていると大きな魔力を宿した二人組が近づいてきているようだ。隣にはサクラもいることだし負けることはないだろう。あるいは俺一人でも対処可能かもしれない。
最近になって他のマルボロたちとは異なりサクラの指南を受けているがこと剣の技量にかけてはサクラの足元にも及ばない。
だがそれは人の姿のままで剣を交えた場合である。「剣鬼」は鬼化していない状態では「剣術」に毛の生えた程度の実力しか発揮することができないのだ。
鬼人になればサクラと互角に渡り合える自信はあるがお互い無傷ではすまないだろう。いつかは本気の勝負をしてみたいものだが今はそんなことをしている場合ではない。一応戦時中なのだ。
思えば元々同一個体であったマルボロ(ノーマル)とは随分とかけ離れてしまったものだ。あいつは未だにサクラを自分の女にしたがっているようだが、俺は唯々サクラに勝ちたいのである。
これまでにサクラ以上に強いやつとは出くわしたことなどない。ということはサクラに勝てば世界最強の剣士といっても過言ではないのではないだろうか。
そんなことをつらつらと考えているとやっと相手の顔が判別できる距離まで二人組が近寄ってきた。
「マルボロくん、ひさしぶりだね」
「ユリウス・ヴェルナー!」
姿をくらましていたユリウスがまさか連合国に身を寄せていたとは思わなかった。念のためマルボロ(ノーマル)に連絡をいれる。
「あんたがここに来たということはやはり俺たちを恨んでいるのか?ヴェルナー家が凋落したのは俺たちのせいみたいなものだからな」
「違う違う、恨んでいるなんてとんでもないよ!むしろ感謝しているくらいさ」
なんか軽いな。これが本来のユリウスの姿なのだろうか。
「君に会いに来たのは僕の友人を紹介するためさ」
「俺はクレイトス・カルヴェロだ。カルヴェロ王国の使者として和平を申し入れに来た」
「クレイトスは僕の冒険者仲間でね、カルヴェロ王国の第二王子でもあるんだ」
和平交渉の使節にしては随分と物騒な格好をしているクレイトスをねめつける。
「マルボロとかいったな!俺と勝負しろ!」
「は?和平交渉に来たんじゃないのか?」
「俺が勝ったらカルヴェロ王国の本領安堵を約束してもらおう!」
「こちらが勝ったら領土を明け渡すということでいいのか?」
「いや、俺の首と引き換えに対等な条件で和平に応じてくれ!」
一体こいつは何を言っているのだろう。どちらが勝ってもモントローは損をするだけではないか。
「ユリウス、こいつは本気で言っているのか?」
「頼むよマルボロくん、僕と君の仲じゃないか」
「あんたとそんなに仲良くなっていたとは知らなかったよ」
ここまで黙っていたサクラが口を開いた。
「マスター良いではありませんか。自らの命を代償に国を守ろうとするその心意気に応えてあげましょう」
「おいおい、そんなこと勝手に決めて大丈夫か?」
「この者の覚悟に免じて私が本気で相手をしてあげましょう」
サクラの「本気」という言葉に頭の中を撹拌された。
サクラの全力をだした剣技を見ることができる喜びで身体中に震えが奔る。
喜びだと?俺は見るだけで満足できるのか?我慢ができるのか?
そんなわけがないだろう。
本気のサクラと戦う権利は誰にも渡さない。
俺はいつの間にかクレイトスの前に立ちサクラに向けて刀を構えていた。
「サクラ、俺と本気の勝負をしてもらおうか」




