賢者の石
宰相は半壊した宮殿を見下ろしながら呟いた。
「魔導砲……、なぜモントローに向けて魔導砲を……」
黙れ。今はそんなことはどうでもいい。
ゲオルグは「天上の楼閣」で完全な人の姿に戻ってしまっているためもう二度と蘇ることはできない。
半身を強く抱きしめすすり泣く。これまで人の死を目の当たりにして涙を流したことはあっただろうか。母が亡くなったときはどうだったろう。まだ子供だったため記憶があやふやだ。
俺は涙が涸れるまで咽び泣いた。
泣き疲れ呆然としていると、ふと床に転がっている小瓶が目に付いた。
小瓶の中は液体で満たされておりその中では赤い宝石のようなものが輝いている。その石は浮力に逆らいほぼ中央に据えられていた。
鑑定してみると【賢者の石】【不老不死】という結果がでた。
「賢者の石?」
「ゲオルグは賢者の石を錬成したのか……、ただのおとぎ話だと思っていたよ……」
ここに現物があるということはまだ試作段階なのだろう。ゲオルグの性格を考えると完成していれば既に使用しているはずだ。
「やるしかないよな」
「ああ、ここで試さなければ一生使われることはないだろうね。ゲオルグの造ったものなんて危険すぎて使用できないよ」
謎の液体をロックしてビンからそのまま取り出した。賢者の石を空気に触れさせてよいかどうかわからなかったためだ。
それを剥き出しにされている心臓に液体ごと接触させる。
「アクセス!」
賢者の石から血管のような器官が生えてきて心臓まで到達するとまるで吸い込まれるかのように消えていった。
「ロック!」
なぜか謎の液体まで吸収されてしまったがそのまま固定した。
遺体を床に横たえ見守っていると一部欠損していた心臓が鼓動を刻み始める。するとゲオルグの半身は心臓を起点に再生してゆき瞬く間に五体満足な身体に戻っていった。
「うあああ!死ぬかと思った!」
「お前死んでたから!」
賢者の石を使って蘇生させたことを伝えるとゲオルグは飛び上がらんとばかりに喜んだ。
「は!賢者の石は高純度の魔素水から外に出すとたちまち溶解してしまうんだが一体どうやって取り出したんだ?」
「その魔素水?ごと固定して直に心臓と接合させた。なんか魔素水ごと吸収されちゃったけどね」
「そうか……、やはり魔素水が賢者の石の生成の鍵だな……、ってあれ?心臓に直接?」
「ああ、お前の右半身はそっくり無くなってたから心臓が露出してたんだよ」
ゲオルグは頻りに裸の右半身を矯めつ眇めつ検分していた。
未だに呆然と立ち尽くしている宰相に尋ねる。
「宰相殿……、おい宰相!魔導砲とは何だ?」
「え?ああ、魔導砲とはシュミット自由貿易都市の魔導工学研究所の開発した魔導兵器だ」
「それは他の連合国にも配備されているのか?」
「いや、中央にしか存在しない。そもそも重要な魔導の知識や技術は魔導工学研究所が独占している。それを連合とはいえ他国に渡すはずがない」
つまり自由貿易都市及び魔導工学研究所を抑えればその最新技術は俺たちのものになるというわけだ。
「宰相、金は払わなくていいぞ。その代わりにこの国を俺に寄こせ」
「馬鹿を申すでない!そんなことができるわけなかろうが!」
「なら白金貨千枚、十億ゴールド払ってもらおうか?払えないだろう?」
宰相は苦虫を噛み潰したような表情で睨みつけてきた。
「無能な大公に支配されているこの国は俺たちが手を出さなくても近いうちに無くなるよ。どうせ借金もシュミットからしているのだろう?それにシュミットは連合の一国であるモントローを俺たちが狙いだとはいえ攻撃してきたんだぞ?そろそろ商人どもの取り立てが始まってもおかしくない」
「そ、それは……」
この宰相は馬鹿ではない。そうなることは予想の範疇だろう。目の前の疲れ切り痩せ細った男は大公家に忠義を尽くしているだけだ。
「貴族それも将軍、この国では千人隊長だったか?そのアーサーの妻子は栄養失調による衰弱死だそうだな。あんたらもまともな食事など何日も摂っていないのだろう?」
宰相は俯き身体を振るわせている。もう一押しだ。
「俺がこの国を救ってやる」




