影法師
「盗賊ギルドが公爵家から離反することなどありえません」
ヘルマンはこちらの最終通告をにべもなく突っぱねてきた。
「負けるとわかっているのに大公につくの?」
「そうとは限らないでしょう。我々にはシュミット商業連合国との密約があります」
それが問題なのだ。シンからの報告によると密約の内容は大公軍が勝利した際にはローゼン王国の領土の一部を割譲するものまで含まれている。
ただでさえ連合国とのあいだには大きな国力の差があるのに領土の一部をもっていかれてはその差は開く一方である。
いくら密約を交わしているとはいえ内乱で疲弊したローゼン王国が復興するまで連合国が手をこまねいているとは思えないのだ。
「今回の戦いは俺たちが肩入れした勢力が勝つよ。俺の能力を知っているあんたには理解できるはずだ」
「つまりマルボロくんがこちらにつけば我々の勝利ということですね。あなたこそ考え直してください。古臭い因習に縛られたローゼン王家が支配するこの国は大公様が手を下さなくてもいずれ連合国によって滅ぼされますよ」
ヘルマンの言っていることは正しい。ローゼン王国以外の国々では魔導工学の発展により人々の生活が一変しているのである。しかし半鎖国状態のこの国はその恩恵を享受することができないのだ。
だがヘルムート伯爵領が割譲される予定の地に入っている以上次期当主としては大公に与することはできないのである。
『マルボロ様、ヘルマン本体の確保及び盗賊ギルド自治区の制圧が完了しました』
最初から盗賊ギルドは壊滅させるつもりでいた。ここまで来たのはヘルマンを説得するためではなくヘルマンのスキルを奪うためである。
ヘルマンが二人いることはシンから報告されていた。つまりどちらかは偽物ということだ。そして俺はその偽物に用がある。
鍵魔法も万能ではない。相手のスキルを自分のものにするためには左腕のように自分と同化させる必要がある。
魂を直接同化させることも考えたが自我を保てる確証がもてなかった。事後別人になっていたら笑い話にもならない。なので偽物を使うのだ。
「ロック!」
偽ヘルマンの存在をこの世界と固定する。
「一体何を……」
「自治区内にいる非戦闘員以外の者は始末した。お前の本体も含めてな」
偽ヘルマンにあまり動揺は見られなかった。俺が姿を現した時点である程度は覚悟が出来ていたのかもしれない。
「ヘルマン、……影法師と言ったほうがいいかな」
「気付いていたのですね」
「お前のスキルは影魔法もしくはそれに類するものだろう?俺はそれが欲しい。だから俺の一部になってくれ」
ヘルマンは抵抗するそぶりも見せずそっと目を閉じた。
「アクセス!」
言葉の意味がわからないこの鍵魔法は「魔力鑑定」が進化したものである。以前は対象の情報を読み取るだけだったが、進化したことにより制約はあるが情報の一部に干渉できるようになった。
これでスキルを奪うのである。
手に入れたスキルはやはり「影魔法」だった。
ずっと探していた分身する能力がようやく自分のものになったのだ。これで今回の内戦で必要なものはすべて揃った。あとはその時を待つのみである。
ヘルマンの影法師をアンロックすると徐々に薄れて雪が溶けるように消えていった。
春の訪れはすぐそこまで迫っていた。




