天上の楼閣②
『主!フリッツ様が暗殺されました!フリッツ様が……、フリッツ様が……』
フリッツって誰だ?
『我が愛しのフリッツ様が……、主!フリッツ様を助けてください!』
クリスティーナは酷く動揺しており話しの要領を得ない。
『アレス、説明を頼む』
二人はサイモン・ヘルムートの書状を携え同盟を結ぶための使者として隣のリーデル伯爵領まで赴いていたはずだ。
ヘルムート、リーデル両家の関係は良好であり共に謀反に反対であったが、周りをすべて大公派閥に囲まれていたため仕方なく大公についたという経緯がある。
『つい先程リーデル伯爵家当主フリッツ・リーデルが我々の歓待の席でメイドに化けていた間者の手によって殺された。下手人はクリスティーナが捕らえたよ』
『で、愛しのフリッツ様ってのは何?』
『クリスティーナとフリッツが婚約した』
『はい?』
『お互いに一目惚れだったみたい。その日の夜には結ばれていたようだね。フリッツはマルボロ風に言うなら金髪イケメン野郎ってとこかな』
『そ、そうか……、間に合うかわからないがすぐに向かう』
くそ!先を越されたか!狙っていたのだが……
幸い今日はエマと二人+一匹で「天上の楼閣」まで来ている。ここはリーデル伯爵領との領ざかいにあるため、急げば魂が輪廻の環に戻される前に辿り着けるかもしれない。
「エマ!フリッツ・リーデルが殺された!これから向こうに行ってくるからすまんが今日のデートは中止だ!」
「え!?わ、わかったわ。それと別にデートじゃないから!」
エマが言い終わる前に一気に空へと駆け上がった。
「アレス!」
アレスが二階のバルコニーで待っていた。
治療をすると嘘をつき遺体を寝室へと運び人払いをしていたようだ。
「ロック!あぶねーギリギリだったよ」
魂は消えかかっていたがすんでのところでなんとかこの世と固定することができた。
フリッツを覚醒させると最初は驚いていたがクリスティーナを目にすると彼女を抱きしめ熱い抱擁を交わしていた。
こいつら完全に俺とアレスの存在を忘れてやがるな。
「マルボロ殿、このご恩は一生をかけて返させていただきます」
「そんな大袈裟な、それに殿はやめてくださいよ」
最初はみんな堅苦しいんだよな。クリスティーナは相変わらずだけれども。
「それにしても自分の死体を見るというのも変な感じだね」
「遺体はこちらで保存しておきますね」
ハコに収納してもらい今後のことを話し合う。
「クリスティーナ、天上の楼閣での話しは聞いていると思うけど君はどうする?」
クリスティーナが悩んでいるあいだにフリッツに事の次第を説明した。
「四つ目のスキルか……、それはすごいね……」
「だけどその体のままで子供ができるかどうかまだわかっていない。だから判断は二人にまかせます」
俺の言葉でクリスティーナの心は決まったらしい。
「主様!私はフリッツ様と共に生きたいです!ですから……、ですから……」
「何を気に病んでんの?クリスティーナがどうなろうとも俺たちの仲間であることには変わらないよ?」
彼女は嗚咽しながら何度も感謝の言葉を口にしていた。
フリッツが階下に降りるとすでに諦めていた家臣たちの喜びようは大変なものだった。
リーデル家の血を継ぐ者はフリッツただ一人だったのだ。もし彼が死んでいれば王国から任命された新しい領主がきて家臣たちは路頭に迷うところだったのである。
おかげで俺とアレスは大魔術師扱いである。もし女だったならば聖女と呼ばれていたに違いない。
とにもかくにもヘルムート、リーデル両家の同盟は盤石のものとなった。
暗殺者の尋問はこれからだがおそらく盗賊ギルドの手によるものだろう。
「天上の楼閣」から帰ってきたらヘルマンのもとへ挨拶しに行かなければならないだろう。




