サクラ
いきなり現れた女にSランク冒険者の俺が手も足も出ない。
とにかく攻撃が当たらないのだ。捉えたと思っても刀で簡単に受け流される。腕力以外は女がすべて上まわっているだろう。
おそらくだが剣術の上位スキル持ちだ。俺はSランク冒険者のなかでは珍しく上位の武器スキルをもっていない。これが才能の差というものだろうか。
だがこのまま終わるわけにはいかない。新たに生み出した武技もある。一日も研鑽を怠らずここまで上り詰めてきたのだ。
この女を打ち負かしさらなる高みへと上るとしよう。
「大体わかった。この程度の相手に後れをとるようではこの先生き残れない。マスターを一から鍛えなおさなければならないですね」
「まだかすり傷一つ付けることさえ出来ていないのに何がわかったんだ?」
サクラはおもむろに刀を構え「ダブルブレイド」を放つ。
「お望み通りかすり傷を付けてあげたぞ」
マルボロがどんな攻撃をしかけようとも傷つかなかった身体に血が滲む。
「確かに「金剛」で硬質化した皮膚を斬るのは容易ではない。ですが硬質化する箇所が増えるほどその強度は落ちる。違うか?」
「……」
Sランク冒険者は色を失い目を瞠っている。まさかこんなにも短時間で「金剛」の弱点を見破られるとは思っていなかったのだろう。
「貴様、さきほどおもしろい技を使っていたな。百裂剣だったか」
「ま、まさか……、あれは俺のオリジナルだぞ……」
「百裂剣!」
Sランク冒険者に無数の刃が襲い掛かる。全体を硬質化した身体のいたるところから血飛沫が飛び散った。
それでもサクラの追撃は止まらない。
「桜花百裂剣!」
魔力を流した刀で描かれる剣筋は桃色の残像を幾重にも残しSランク冒険者の身体を切り刻んでいく。
そして床の上にはミンチにされた肉片とガントレットだけが残された。
「……ん、……サクラ?」
どれぐらい気を失っていたのだろうか。意識がなくなる直前に身体中の傷を「ロック」して止血していたのが幸いしたようだ。
「はいマスター。ようやく会えましたね」
サクラの顔が近い。どうやら膝枕されているようだ。それにしても可愛い。長い黒髪を後ろで束ね、長いまつ毛のくりっとした目の中の大きく黒い瞳には俺が映っている。
サクラのお腹に顔を付け腰に手をまわすとぴしゃりと叩かれた。
「こ、こんなときに何をしているのですか!」
「ずっと会いたかったから嬉しくてつい手がでちゃった」
恥ずかしそうにしているサクラも可愛い。
「私の身も心もマスターのものですが、身体を自由にしていいのは私よりも強くなってからです!」
え?そんな日が訪れることなんてある?
「そんなことよりもわかっているのですか?私を手にして戦うことはもう出来ないのですよ?」
「……、そうだ!お、俺の手は?」
ぺしゃんこに潰された左腕は床にへばり付いていた。あれでは「ロック」を使っても繋げることはできない。
つっとうず高く積まれた肉片が目に入った。あのSランク冒険者のものだろう。その傍らには奴のガントレトが転がっていた。
【ミスリルガントレットEX】【性別・男】【相性・100%】【???】【???】
この???のどちらかが「擬人化」だったとしたら……
サクラに取ってきてもらったガントレットを左腕の代わりに固定する。
「いったい何を?」
どうなるかはやってみればわかるさ。
「アンロック!」
左腕が光に包まれる。
「俺の血となり肉となれ!」
発光が収まると見慣れた腕がそこにはあった。
【マルボロの左腕】【性別・男】【相性・100%】【金剛】【同化】
もしかしたらこいつにも人格があったかもしれない。
だがこれからは俺と共に生きよう。
どうか良い夢を見られますように……




