鍵士
ついこの間までは薄暗いダンジョンでなんの目的もなく彷徨っていた。
たまにやってくる冒険者に殺されるが、気がつくと生き返っておりまた同じところを徘徊する。そのことに疑問を抱くこともなかった。
そんな日々の繰り返しは唐突に終わりを告げる。
俺はまた冒険者に殺されいつも通りに蘇った。だがどうも様子がおかしい。記憶が曖昧なのは変わらないが意識がはっきりしている。
どうやら自分を目覚めさせてくれたのは目の前にいるマルボロと呼ばれている少年のようである。感謝の言葉を伝えたかったのだが、俺は爺さんの元で働き少年とは別行動となるようだ。
俺の主人が少年で直属の上司が爺さんといったところか。いけ好かない爺さんだが少年に恩を返せるのならばいくらでも我慢できるというものだ。
勤務地であるヘルムート伯爵領に来てどれぐらい経っただろうか。ここはローゼン王国とシュミット商業連合国との国ざかいにある地方都市だ。普段は冒険者に身をやつし情報収集を行ない指示があったときだけ任務をこなす。
任務といってもこれまでにたった一度しか行なっていない。領主の舘の間取りを調べ侵入ルートを確保する。これだけだ。
正直ここでの俺は他の冒険者と何も変わらない。それどころかジジイから給金がでるためその分だけいい暮らしを送っている。それもこれもマルボロ様のおかげである。
そのマルボロ様がここヘルムートへ向かっているとジジイから連絡がはいった。聞くところによるとマルボロ様は大層な好色家だという。これは娼館を調査する必要がありそうだ。
「ラミアの園」でハコとマシューとは別れミアと共にヘルムート伯爵領へと向かう。
二人は帰りたがっていたしこちらとしても悪臭を放つ道連れはご免こうむる。俺は「ゴブリンのパンツ」の浄化作用のおかげで無臭だ。
ちなみにミアとは、
【ラミアのネックレスEX】【性別・女】【相性・100%】【魔女】【変身】
である。
「擬人化」ではなく「変身」となっていたためマシューに鑑定してもらったところ、スキル構成は「ラミア流格闘術」「幻術」「擬人化」とのことだった。
ミアはラミアにも人の姿にもなれるのだ。夜色を髣髴とさせる黒髪に深紅の瞳、エルフのような尖った耳をもつ色白の美人さんである。ラミア時の下半身は髪の色と同じ漆黒ですべすべしていた。
『ちょ!そんなとこちろちろするな!』
今は空中走行中なのでミアを首からさげている。
気づけば「魔力鑑定」オン状態でも魔力制御ができるようになっていたのでそのままにしているが、そんなところを悪戯されたらうっかり足を踏み外してしまうかもしれないじゃないか。
『今更なにを言っておるのだ?私とマルボロの仲であろう?』
『今はやめて!落ちちゃうから!』
こうして俺とミアの楽しいランデブーはヘルムートへ着くまで続くのだった。
ヘルムート伯爵領に到着して現地の諜報員と合流した。
事前に取ってもらっていた宿屋へチェックインし夜に備えて打ち合わせを行なう。
「今夜、というか今は領主邸へ忍び込むのは難しいです」
「というと?」
「ヘルムート伯爵に雇われたSランク冒険者が常に護衛しています。週に一度だけ冒険者ギルドへ顔を出すのでその時でなければ不可能です」
Sランク冒険者か。まだ会ったことはないがどれほどの強さなのだろうか。興味はあるが今回は戦いにきたわけではない。
「ばれなければいいんだよ。策はある」
領主とSランク冒険者の部屋の位置だけ教えてもらい仮眠を取るためこの場はお開きとなった。
夜も更け辺りは静寂に包まれている。今宵は満月だ。月明かりを頼りに空中を歩く。
領主の舘の上空まで来たところで歩みを止めた。
魔力制御の訓練をしていたのは何も空中を歩くためではない。剣士の振りをしてはいるが俺は鍵士である。
『まさか空を歩けるとは……、ですが気づかれずにどうやって侵入を?』
ミアは宿屋で留守番しているので諜報員の男と二人だけだ。
『まあ見ててよ』
「ロック!」
館全てを覆うように魔法を唱える。
部屋の鍵を掛けて閉じ込めようというわけではない。館中の部屋を空間と固定し隔離したのである。
どういう仕組みかわからないがこの隔離された部屋では音も魔力も何もかも外に洩れることはない。しかも物理的にも魔法的にも破ることはできない。少なくとも俺たちにはできなかった。Sランク冒険者がどうかは知らん。
領主の部屋のバルコニーに下り中に入って再び「ロック」した。
「さて、仕事にとりかかりますか」




