目覚め
わたしが意識を取り戻してから数日が過ぎた。以前の自分は人だったはずだが、どうやら今の姿は剣のようだ。飾り気のない片刃の直剣で頑丈さだけが取り柄のかつての愛刀だ。
なぜこのようなことになっているのかまるで見当がつかない。というのも記憶がないからだ。自分の名前も思い出せない。覚えていることといえば女剣士だったことくらいだろうか。
現在のわたしの所有者は少年だ。まだあどけなさの残る黒目黒髪のかわいらしい顔立ちで、自分の将来にいささかの不安も抱かず目を輝かせている。
この年頃の少年にありがちな根拠のない自信に束縛されているだけなのか、何も考えていないのかはわからないが、見ているだけで気恥ずかしくなってくるところをみると自分は彼よりも年長者だったのかもしれない。
少年は今日も一人で魔物を狩っている。他の者たちはPTを組んでいるが彼はいつだってソロだ。弱すぎて仲間にいれてもらえないのかもしれない。
それでも少年は楽しげにわたしを振り回している。一人でも魔物を倒せることが嬉しいのだろう。彼は弱いが勝ててしまうのだ。
というのもわたしが補助しているからだ。彼に剣術の才能はないが、わたしという剣をもてば立派な剣士のできあがりだ。
最初はここいらで一番弱いウサギの魔物を倒すのにも苦労していたが、わたしが手助けするようになってからはゴブリンのPTにだってソロで勝てるようになった。
わたしの行ないが正しいのか正直なところ疑問だ。彼は自分が強くなったときっと誤解してしまうだろう。それはとても危険なことだ。自分の実力を正確に把握することは生き抜くうえで必要なことだからだ。
それでも彼にはどうしても甘くなってしまう。自分の手にした武器に意識があるとも知らずにわたしに話しかけてくるのだ。しかもサクラという名前までつけられてしまった。
返事をしてあげられないのがもどかしい。いつか話せる日はくるだろうか。そのときのために彼のことを何と呼ぶか考えておこう。