繰り上がり公爵いわく、人誑しの陛下
兄は魔法でも使っているかのように人に好かれる男だ。
別に誰かに言うわけではないけれど、兄のことを説明しようと思うとこう言うしかない。
僕はヴァーレン公爵家に生まれた次男。父が王の弟であることもあって名ばかりの王位継承権7位をいただく身でもあった。
兄は僕より6つ上の25歳。本来ならば結婚して城にてそれなりの地位に就き、僕を片腕に采配を奮っていたはずだ。……父があそこまで無能でなければ。
言い訳をすると、両親は僕も兄もちゃんと愛して育ててくれた。けれど、仕事ができるタイプではなかった。それはもう、学園を卒業する兄が必死に説得を試みるほどに。
美しい金の髪と空のような青い瞳は王家の色。誠実で穏やかで優秀。僕の自慢の兄。
その唯一の欠点とも呼べるものがある。
異常なカリスマだ。
枯れていく領地、飢えていく領民。それをなんとかしたいと願う兄。
立派だと思う。
けれど、兄は自分が周囲に与える影響など恐ろしいほどに理解していないのである。そして、周囲でそれを理解しているのもおそらくは僕と従兄弟のサイラス、兄の友人のクロードくらいだっただろう。
結果として述べるならば、兄と両親が大喧嘩したその日に二人は「事故死」した。あとから調べて震えたものだ。犯人は父とは昔からの付き合いである執事と母が実家から連れてきたメイド長だったのだから。
おかげで領地は想定よりも早く立て直せたが、兄と喧嘩をする度胸は僕にはない。
「兄上が王様か……。イザベラ、どう思う?」
「お義兄様と離れるのが寂しいのですか?」
「いや、心配だが寂しくはない。君とレオルグもいるしね」
兄上のことだ。周囲が意地でも愚王にはしないだろう。
「けど、リカルド様はこう……意図せず敵を追い込みますからねぇ」
「兄上が困ったなと言えば、大抵の人間は処分されてしまうよ」
「あの方と対等に付き合うワーグナー家のクロード様がすごいのですわ」
兄の友人であるクロード殿、その妹が兄上の妻……つまりは王妃となったと手紙に綴られている。
「はぁ……王弟と公爵が一気に僕にのしかかってきたよ。どうしようかな」
「あら、あなたならどうにかなさるでしょう?わたくしの旦那様」
妻にそう言われて微笑んで見せた。
翌日、王都に向かって出立し、数日かけて王城へとやってきた。イザベラは身重だ。仕方なく置いてきた。彼女と彼女の中の命は大切だ。式典とかは流石にサボれないし、僕も兄上は好きだからお祝いはしたいし。
「レオルド!来てくれたのか!」
「兄上、ちょっと見ない間に痩せたんじゃない?」
「聞け、この国結構ヤバくてな。仕事が山積みだ。しばらくは寝食を削ってでも乗り切るしかない。今クロードとアルフレッドに宰相と将軍を打診している。特にクロードは絶対に逃がさない」
「僕にできることはありますか?陛下」
「いや、まだ大丈夫だ。来年には来てもらわなくてはならないが……」
申し訳なさそうに言う兄上。すぐに来た方が人死にが少ないかなと思うけれど……まぁなんとかなるか。
式典は明後日だし、と城で与えられた部屋に向かおうとしていたら、水色の髪の豪奢なドレスを着た女が「陛下に会わせなさい!」とヒステリックに喚き散らしていた。見苦しいなぁ、と眉を潜めていると、「先王の側室、シェイラだよ」と片眼鏡を付けた銀髪の男に話しかけられた。
「クロード殿、兄上が探していましたよ」
「ああ……リカルド、あんまりにも国庫がガラガラだからびっくりしてたもんなぁ。ま、妹を不幸にするわけにもいかないし、うちもあの件で弟を亡くしているからね。せいぜい扱き使われてあげるさ」
見なかったふりをして話していると、「あら、公爵様とワーグナー侯爵子息様ではございませんか」と甘えたような声をかけられた。
「皆が陛下にお会いさせてくださりませんの。お二方からもなんとかおっしゃっていただけませんか?」
「公爵家の御令嬢にこのような女はいなかったと記憶しておりますが、クロード殿はご存じですか?」
「いや、私も彼女は男爵家の方だったと記憶しております」
不敬罪か?と不穏なことを思っていれば、自分は王の側室だとか云々言い出す女に僕よりも先にクロード殿の堪忍袋の緒がプツンと切れた。元々、この男は兄に並々ならぬ思いを寄せているのだ。いや、本当によく妹を兄上の嫁にしたなと思う。
「陛下におまえのような女は必要ない。今ならばあの愚王が貢いだ品もつけてやろう。早く実家にでも戻るがいい」
銀髪の冷たい印象の美形が怒ると怖い。しかもこの男は兄上に関することでは心が狭い。……ごめん、兄上に関して言えばほとんどの人間が心狭くなってたよ。
小さく悲鳴を上げて逃げていく彼女。行く先は……知らぬが仏だろう。
「ユーフィリアとかいう女といい、先程のシェイラといい、王族が望む人間にはろくな女がいない」
「クロード殿、王族にもアレな人が多かったので……」
アニメを見ていた時から「この国、王太子がこれで大丈夫か?」と思っていた手前、女だけに責任があるとは思えないのが困ったところだ。
ここで分かる人には分かる、分からない人にはとことん理解ができない裏話をしよう。
なんか、ここは女性用の恋愛シミュレーションゲームが基礎となっている世界らしいよ。前世の僕がチラ見したのは深夜に流し見していたアニメの方だったけれど。ヒロインが攻略対象のトラウマを癒して籠絡していくストーリーだったと思う。僕も攻略対象だったんだけど……男を落とし慣れた様な態度の女性が合わなくて、図書室で偶然出会ったイザベラと慎ましく恋愛をして結婚した。
他の攻略対象は王太子・ワーグナー侯爵家の次男・騎士団団長の息子・教師だった気がする。教師が教え子に落とされるんじゃない、とボヤいてしまった。僕の倫理観はおかしくないはず。
兄上たちは全く関係がなかったので、平和に本編完結したんじゃないかなぁ、と思っている。兄上の世代にあのピンク色がいたら死んでいたものな。
横目でチラッとクロード殿を見る。
悪役令嬢、とあのピンク色はヴィオラ嬢を称したけれど、彼女はアニメとこちらの現実を通してまともな人間だった。むしろ悪役と言われるべきは……もう一人の兄上の友人であるブラック公爵家子息のアルフレッド殿だ。クロード殿には鉄壁の理性があるけど、あちらは兄上を崇拝している上にバーサーカーだ。同じ公爵家だったはずなのにな。
「兄上、大丈夫かなぁ」
あとで胃薬でも送っておこうか。
あとはピンク色の女の子のお話を書ければいいかな〜と思います。