追いかけるセピア色の記憶
珍しく、今日は人名付きです
──そうよ僕、その角度──
色の味わいも思い出せない記憶、幼い頃の僕はカメラのボタンの機能すら分からなかった。
──そこはズーム、そこがシャッターを押すところ……そこで写真が出来るのよ──
黒とも赤とも言える髪色の女性は座りながら指差しで、カメラのあちこちを見回す僕に写真の撮り方を教えてくれた。
──僕、いい感じに撮ってね。今写真を頼めるのは、僕しかいないんだから──
椅子に背をつけて腰掛け、女性は艶やかな唇を結んで笑みを僕に向けた。
その時の写真が、僕の部屋に飾られている。
二枚撮り、片方を女性に、片方を僕に預けた。
机の引き出しに入れて、額縁に飾った時には既に色褪せていた。
この写真は僕の原点、僕の仕事の本流。
太陽の陽射しの明るさ加減が昼の時刻を知らせ、僕は時刻を確認すると一階の仕事場に降りていく。
部屋を出る前に、写真の女性に一瞥する。仕事に遅れるといけないのでほんの一瞬であったが……きっと、この思いは「未練」なんだろう。
「そうだよ、その位置」
僕はカメラのズームを調整し、レンズ越しに被写体を覗く。
今日が卒業祝いらしい被写体の少女は、僕の知り合いであり、僕のお得いさんだ。
「いつもありがとうね、町一番の写真家さん。アヤのアルバムは、綺麗な写真だらけよ」
少女、アヤの母親が僕を持ち上げる言葉を投げてくれる。
「いえいえ、今日も調子がいいですね」
僕はレンズを覗いたまま、あいさつを返す。
「そうなのよ。今日早速、進学先に行くんですから」
「え、随分早いですね、全く聞いてませんでした」
「ごめんなさいねぇ、ウチのアヤったら、アナタのこと話したら、もういっそ町にいたら寂しくて辛いと言い出してね──」
アヤは不意に顔をしかめ、母親に向けて視線を睨んだ。
危うくシャッターを押しそうになった僕は、口角を指で上げて「笑って♪」というジェスチャーを送る。
アヤはハッとして、頬を赤く染めると元の綺麗な姿勢に戻った。
──うん、いい感じだ。最後の仕事は、今までで一番いい写真になるだろう──
そんなことを思っていたからか、今日の撮影はリテイク関係なく、何枚もシャッターを切った。
仕事をしっかり終え、僕は部屋に戻ると身支度を整えた。
今日、僕はこの町を出て旅をする。
色んな風景の写真を撮影したいし……僕に写真家の道へのきっかけを与えてくれた女性に、もう一度会いたいからだ。
あのあと町の人に聞いたが、どうやら旅人だったらしい。名前も生まれも聞かなかった。
僕が知ってるのは、黒と赤色の情熱的な魅惑の、笑顔が艶やかな顔だけだ。
夕暮れ、電車の改札を抜け、駅のベンチに腰かけると、ちょうど隣にはアヤが座って本を読んでいた。風景の写真集らしい。
僕が隣に座ったのに気づくと、アヤはハッとして本を閉じ、慌てふためいた。
「あ、ごめん。邪魔しちゃった?」
「い、いえ……お兄ちゃん、今日で町からいなくなるの?」
僕は一瞬惑い、ウンと頷くと、アヤは目に涙を溜めてそっぽを向いた。
「え、あれ、どうしたの!?」
僕が戸惑うとちょうど電車が音を立てて停まり、アヤに続いて僕も乗り込んだ。
「うっ、ぐすっ……ごめんね、行き先大丈夫?」
「いいよ、行く先決めてない1人旅だし……」
1人旅、改めて僕は不安になる。これから、どこに着こうか。道は何も決めていない。
「……町には、戻ってくる?」
「うーん、しばらく……1ヶ月、何ヵ月……?」
我ながら計画性の全くない、そう自分に呆れてると、アヤは目頭を赤くしながら僕の顔を覗いていた。
「お兄ちゃん、どこに旅するの……どこで、写真撮るの?」
「まぁ、まずはここから一番近い名所。ガイドブックを読みながら、溜め込んだ貯金を崩して撮影場所を探してく……うん、探しに行く感じだな」
「お兄ちゃん、何か探してるの?」
「……うん、探してる。僕の始める旅の目的は、昔撮影した女性を探すこと」
アヤは胸を抑えた。苦しそうに、何かを吐きそうに。だけど僕が心配し始める前に、今にも泣きそうな顔を笑顔にした。
「そうなんだ♪ それって、見つかりそう?」
見つかりそうかどうか、正直分からない。年単位で探しても見つからないだろう。もしかしたら、既に故人かもしれない。いや、家庭を持ってて……
僕は、あのときの女性に会って、どうしたいだろうか?
「見つかるといいね、その女性に」
アヤの僕に向ける笑顔は、写真で作った表情じゃなく、優しさと想いを向けた快活な笑顔だった。
それでていて、真摯な眼差しで僕を見つめる。
「お兄ちゃん、その女性に会いたくて決心したんでしょ? それがお兄ちゃんの夢だったら、私はお兄ちゃんの夢を信じてる」
「アヤちゃん……ごめん」
「謝ること全くないよ! 私も1人で学校に行くし……まぁお兄ちゃんに比べれば大変じゃないかもしれないけど……」
アヤはニコッと笑った。不器用な僕を見守る、あの女性の笑顔と似ていた。
「だから、お兄ちゃんが1人で頑張ってるの、分かるつもり。お兄ちゃんが頑張るから、私も頑張ろうと思う」
電車が停まり、アヤは席を立った。ここで僕とアヤは、道を分かれて旅立つ。
「だけど時々、町に戻ってきてね。そしたら連絡すること。私も戻って、一緒に思い出語ろうね」
電車が発車し、僕は窓からアヤが改札を出るのを見送った。
窓は夕焼け空を投下し、列車内をオレンジに染めた。
あの頃の、写真を撮った記憶も明るいオレンジで染まっていく。
僕に、写真家としての道を作ってくれた女性が、この道の先にいるだろうか。
それは分からないけど、僕に勇気を分けてくれたアヤとの思い出を振り返り始め、僕は旅しに行く。
今回は今までで一番上手く書けたかも。
1人だけ名有のアヤ、彼女も主人公もつもりで書きました。




