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魔女様は攻略しない  作者: mom
第5章 エリル村 冬の大感謝祭

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88 8本脚のアイツ



「ミスティア、熱くない?」


「ええ、丁度いいわ。」


格子窓の外から聞こえるノアの声に答えて、湯船に深く身を沈める。

湯面が緩やかに波打って、湯気が顔に温かい。


「まさかお風呂を作ってるなんて思わなかったわ。」


感謝祭の翌日、奉納式などと言われて家の外に呼び出された。行ってみると、少し前からノアの家とうちとの間に建っていた謎の小屋の前に立たされ、よく分からないままテープカットをすることに。小屋の中は木造のお風呂で、離れたところに簡易トイレまで出来ていた。

特に何もしていないが感謝のしるしらしい。

実体のない感謝は不気味と言えば不気味だが、エリル村が不気味なのは今に始まったことではないし、こんなのが貰えるなら無駄に祭り上げられるのも悪くないわね。


なお感謝祭当日に関しては、イベントが多過ぎると収拾がつかないからと言われて私とあとゼノリアスも村への立ち入りを制限された。


「喜んでもらえたなら良かった。」


ノアはお湯を温めてくれる係らしい。

ぬるくなったら外で沸かしたお湯を追加してくれる。

初めはお湯足し方式ではなく、横から火で直接風呂焚きをする五右衛門風呂のようなものを想定していたらしいが安全上やめたそうだ。

正しい選択だわ。私だったら風呂釜で火傷しそうだし。


「お湯が必要なら言って、持っていくから。」


「ありがとう。」


足し湯だけでなく、なんと掛け湯用のお湯のデリバリーまでしてくれる。至れり尽くせりである。

貴族をやめたはずなのに貴族並の生活をしている気がする。


そうして私が機嫌よく鼻歌なぞ歌いながらリラックスしていた時、こういう時に限って邪魔が入るものだが…………目の前に一本、うっすらと白く透き通る糸が垂れてきた。

湯気の中にすっと一筋静かに佇む様は釈迦の垂らした糸のようだが、もちろん私は生前蜘蛛なぞ助けていない。むしろ蜘蛛なら殺しまくっている。魔物だが。そもそも今世はまだ死んでないし。


「……………………。」


糸からそっと距離を取る。

糸の先には、もちろん8ミリほどの蜘蛛がぶら下がっている。

波や飛沫を立ててはいけない。万が一この蜘蛛が波にさらわれて湯船に入ったら大事故である。薔薇風呂ならぬ蜘蛛風呂とか言ってられない。小さいから別にいい、ではなく小さいからこそどこにいったか分からなくなるのが危険なのだ。蜘蛛にしては広大な湯船の中に呑まれれば、行方知れずになることは自明である。

湯の中でじりじりと後退り、背中が木の枠に触れた。


よし、ノアがそこにいるから呼んで取ってもらおう。私はこの蜘蛛から目を離さずただじっとしていればいい。

蜘蛛も自殺志願でもない限り、自分からお湯の中には入ってこないだろう。


そこまで頭で整理して、蜘蛛を見つめながらノアを呼ぼうと口を開く。

それに呼応するかのように蜘蛛がちろちろと口を動かし、すいっと上に上昇した。そのまま目で追うと、視界に天井が入る。

天井には、まるでオーナメントのようにたくさんの蜘蛛がぶら下がっていた。


「………っひぃやぁあああああああッ!!!」


なに、なに、なんで?!

えっ、どういうこと? なんであんなにいるの? ずっと待機してたの? まさか湯船に落ちてないわよね? あれだけいるんだから一匹くらい落ちてない? 体、体に付いてたりしない?!


混乱したまま、なり振り構わずお湯の中から転がるように飛び出すと、一目散に扉に向かう。


「ミスティア!」


何かあったと思ったのだろう、扉が向こうから開いてノアが顔を出す。

勢いのまま扉の先のノアにタックルした。


「蜘蛛、蜘蛛が!」


「蜘蛛?」


相当な勢いで突っ込んだが、頑丈なノアは私のタックル如きではビクともせずいつもの調子で窺うように覗き込んでくる。

私はぶつかった反動のままに振り返って湯船の方を指した。


「本当だ。どこから来たんだろう。」


木材に住んでたでも木材に付いて来たでも理由なんてもういい。何にせよ小さい虫がわさわさと湧いて出ているこの状況が耐え難いことに変わりはない。

離れて見てもおぞましい光景だわ………。


「あ、肩に付いてる。」


なんて?


「こっち、左肩の…」


亜人の放つすごく不穏な台詞に恐る恐る確認すると、至近距離で蜘蛛にピントが合った。


「───い、嫌ぁああああ!!」


湯船から!出た!時に!か、か、か、絡め取った感じ?! それともお湯に浮いて……? とにかく、は、払っ、いや、ダメ!潰れる!こんな精神状態で払ったら力加減を間違えて肩の上で潰す………!


「と、取って! 取って……!」


「大丈夫、もう取った。」


「ほんと………?」


迅速な対応に感謝の念が絶えない。

こんなに力強いのに蜘蛛を除去する時は静かに優しく、風が撫でるようにそっと指を操縦できるとは。やはりノアの身体操作は侮れない。


「安心して、あそこにいる蜘蛛も俺が集めて遠くにやるから。」


おばけを怖がる子供をなだめる保護者のように微笑ましく見てくるのは心外だが、今はそれどころじゃない。一匹付いていたんだから全然安心できない。


「まだ他に付いてない?! ちょっと見て! 全身よく見て!」


自分でも確認しながら、自分では見えない背面をノアに見せようと髪を上げつつ翻ると、翻った先にはぽかんと口を開けたジルとクレイグが立っていた。





「あはははははは!」


数分後。テーブルの向かいでは、クレイグが顔を真っ赤にして大笑いしていた。


「いい加減笑うの疲れない?」


「いやだって、ひぃ、あはははは!!」


「……顎が外れて死なないかしら。」


クレイグが死ぬほど笑っているのは先ほどの私の痴態である。


迎えに行ったジルと一緒に町から来たクレイグは、私が屋外で全裸で叫んでいるところに遭遇した。

今思えば完全に痴女である。素っ裸で全身をよく見ろとかいう、露出狂の現行犯みたいな現場を知人に押さえられるという失態。取り乱していた為、髪を掴んでいた右手以外はサッカーのゴールキーパーみたいなポーズになっていた。かなりの失態具合だ。


私が予期せぬ大失態に固まっていると、同じく固まっていたジルが先に再起動してどこからか大きめのバスタオルを取り出し、物凄いスピードで広げながら走って来た。

瞬く間に簀巻きにされる私。なぜか顔から危険物の如くタオルで巻かれ、「何考えてんの?!」とめちゃくちゃ怒られた。お風呂上がりに裸でうろつくお父さんを嫌悪するJKの如く怒られた。

直後に響くクレイグの失笑。

ジルの顔を変な顔だとひぃひぃ言いながら笑っている。ものすごく気になるが顔から簀巻きにされているので見えない。

顔を出そうとしたら阻止された。


その後、冷えたら大変だとか言ってノアがお湯を取りに行っている間に簀巻きのまま横抱きで運ばれ、問答無用で家に押し込まれ、部屋で服を着てから事の次第を説明。一度は治まったかに思えたクレイグの笑いが再開、そして今に至る。


「はぁ、………だってお前はすげー格好で平然としてるし、ジルベールは真っ赤だし、ノアはなんも気にしてねーし。」


笑い過ぎて半分むせつつお茶を飲むクレイグ。

変な状況がツボに入ったらしい。

私の痴態だけで爆笑していた訳ではなかったのね。良かった良かった。


「人を野生児みたいに言うけど、私だって人並みに羞恥心あるわよ。」


「いやお前のそれは女のそれじゃないよ。」


なによ女のそれって。

ちゃんとヒロイン風に「いやっ、見ないでスケベっ」とか言えば良かったの?

めちゃくちゃ恥ずかしかったけど、自分から外に躍り出ておいて見たやつに文句言うのも違わない?


「ほら見ろジルベールなんかこんなになっちゃってんだぞ。」


クレイグが隣に座るジルを親指で示す。

見ると、まだ僅かに顔を赤らめ恥ずかしそうに目を伏せている。

なんだか悪い事をした気がするわ。


「……えっと、ごめんね?」


ジルはぷんすか感を出しながら横を向き、目を合わせてくれない。

どうしたらいいんだ………

なぜ私がツンデレ美少女にハプニングで裸を見せてしまい怒られてフォローする男みたいになっているのだろう………。


「お待たせ、寒くない?」


どうすべきか困っているとノアが戻ってきた。

桶の中にお湯を入れて持ってきたノアが、椅子に座る私の足を桶に突っ込んで温めつつ洗ってくれる。なかなか冷えている。冬場に濡れたまま外に飛び出したので当然である。

しばらくの沈黙……水音だけが響く中、ジルから口を開いた。


「ノアとは言え、異性の前に全裸で飛び出すのはどうかと思うなぁ。」


ごもっともな意見だわ。しかし私は何もふざけたりズボラをして飛び出した訳ではない。そんなモンスターみたい出没の仕方は断じてしない。


「だって蜘蛛が………」


───いけない。

こういう時に言い訳は厳禁だと雑誌に書いてあった気がする。言い訳や誤魔化しはせず、ひたすら彼女の言い分を聞いて誠心誠意謝りましょう的なことが書いてあった気がする。


「子供だからいいと思ってるよね? そんな事ないからね?」


「えっ…」


いや、確かに……ロリコンドクターが存在する以上、その辺りも気をつける必要があるか。

ゼノリアスみたいに守備範囲無限のヤツもいるし。


「……ごめんなさい。気をつけるわ。」


私の無頓着のせいで誰かを幼女趣味に目覚めさせてしまう可能性も否定できないものね。気をつけよう。


「つーか何? お前蜘蛛苦手って、蜘蛛のがお前のこと苦手だろ。」


ジルのプンプンが鎮まったと思ったら、今度はクレイグが頬杖をつきつつ物申してきた。


「魔物はどうにかなるけど小さいのがたくさんいるのは無理ね。」


あんな小さいもの、追い払ってもちゃんと追い払えたか確認できないし、魔法で消せば消滅したのか逃げて見えなくなったのかハッキリしないし。

その点大きい魔物の方は、いるいないが一目瞭然な上に魔法で攻撃しても体が残存する為、目で見える安心感がある。


「と、いうことでノア。悪いけどさっきのお願いね。」


「うん、集めてどこか遠くに逃がしてくるよ。」


これで一安心。

気付いたのがお湯に浮く前で良かった。お風呂がトラウマになるところだったわ。


「にしても何であんなに大量に………」


「お前に殺された蜘蛛魔物の逆襲じゃねーか?」


「シャレにならないからやめてちょうだい。」


これで霊やら怨念まで出てきたら手に負えないわ。

………しばらく魔物狩りは控えよう。



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