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魔女様は攻略しない  作者: mom
第5章 エリル村 冬の大感謝祭
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87 エリル村大感謝際



集会所の前に着くと、12時の回からの村人が既に列を作っていた。

一応エリックさんが別の回の人間が混ざっていないか確認しているが、そういうズルをする村人はまずいない。魔女様の村人たる者、それに相応しい品性を持ち合わせるのは当然である。


感謝祭は集会所と教会、そして広場の3カ所で行われる。

教会には像や絵画などの大きなもの。広場には屋台が並び、今日のために考案された飲み物や軽食が販売される。

集会所の新作発表は一番混み合うのと、村人が一つ所に集中して無人になる場所があるのは防犯上良くないので、時間入れ替えの交代制だ。

時間帯は、各々の仕事の担当時間などを考慮して事前に割り振られている。


並ぶこと数分、前の回の奴らがぞろぞろと集会所から出てきた。中を窺うと、なかなかの密集具合である。

集会所は村で一番広い建物だが今日は狭く感じる。村の約4分の一の人間が集まっているのだから当然か。


「お、オットー! 今からか?」


「あぁ、お前は10時の回だったか。」


出てきた集団の一人が声を掛けてきた。

友人のベルクは既に新作を見たらしい。興奮冷めやらぬといった様子で息を弾ませている。


「どうだった、全部見られたか?」


「残念ながら半分くらい取りこぼした。見たやつも後日もう一度じっくり読みたいな~。」


「新作はそんなに多いのか?」


順番待ちがあるとは言え、2時間あって半分見終わらないなんて……夢のようだな。

どれから見るか、入ったらすぐ見極めなければ………。


「初めての感謝祭だからな、みんな張り切ったんだろう。収穫の間待った甲斐があったな。」


俺も作家じゃないが張り切っちゃって、今年の収穫は無駄に早く済んだから時間が余ったんだよな。

暇だから農作業の効率を上げる道具とか考えてたけど、あれ楽しいから今年の冬は続きを考えて過ごそう。


「そうそう。すごいぜ、アンソンのおっさん、村人全員に絵を用意してるらしいぜ!」


「な、なんだと! 全員に……?!」


そんな、贅沢な………!


「驚いただろう。全て絵柄が違うらしい。俺は冬のマント姿のをいただいた。」


それは凄い……感謝祭が終わったらいろんな人と見せ合いっこしないといけないな。

なんて素晴らしい企画なんだ。


「あのおっさん、前は飲んで寝てばかりだったが……やる時はやるんだな!」


「あぁ、今まで迷惑をかけたお詫びらしいぜ。奥さんも一緒に手伝いをしてたんだが、涙ぐんでたな。」


あそこの奥さん、旦那が畑仕事もおざなりで全部私任せだって嘆いていたもんな。

俺は別に迷惑はかけられていないが、冬場には近隣に食べ物を無心して回ってたし……あのアンソンのおっさんにも得意なことが見つかって良かった。


「12時の回入場開始します、列を崩さず進んでください。」


「おっと、じゃあ行ってくる。」


「あぁ、またな。」


ベルクとは後で屋台を回る約束をして、列に従い集会所の入口へと進む。

普段は中に入れているが、感謝祭にあたって特別に入口に掲げられた綺麗な紫色の村の旗。左右で揺れるそれが期待と興奮を煽る。


村の集会所は冬だというのに暖かく、中に入った瞬間帽子が邪魔になることを確信した。

薪でも焼べているのかと思ったが、これだけ混雑している、しかも大量に新作のある場所でそんなことしないだろう。集まった村人の熱気かもしれない。

さっきの回の熱気が残っているのか、天井近くは霞がかったようになっていて雲でも出来そうなほどだ。


「さて、どうするか……」


事前に作品を発表すると告知していた中で一番気になっているのはカークの爺さんの新作だが、さすが人気作家、もう既に人集りが出来ている。

どうせ全部チェックするんだし、空いているところから回るべきか。


そう考えて、人の少ない方へ流れていくと一冊の本が目に付いた。作者は不在、作品だけ提出した形の無人のブースだ。

厚みはそれほどなく、表紙には輪状にあしらわれた花と丸みのある絵柄で描かれた小さな魔女様らしき人物が配置されている。

少女向けの人形のようなテイストの魔女様。こういった雰囲気のものは初めてだが、安心する……どこか心が和むような印象を受ける。

どんな中身なんだ?





「ほぁぁ…………」


2時間後、俺は集会所の外で放心していた。

あれからあの本を読み、他の作品を見て回ってから最後にもう一度あの本を見たが、もう何というか和みの極致である。

俺は心躍る冒険ものや、魔女様の活躍を描いた、見ていて夢中になれる、食い入るように見てしまう作品が好きだ。

しかし何だ、熱中する訳でも続きがどうなるか気になるような展開でもないのに、俺の心を掴んで離さない。内容は魔女様とお付きの方達の日常的な短い話を集めたもの。それだけなのに、何度も見たくなる。

心が浄化されるような心地だ。


「おい、どうしたオットー。大丈夫か?」


「………ふぇえ…」


呆然としたままベルクと約束した広場まで行くも、まだ頭がふわふわしている。

ベルクに心配され、ふわふわしたまま、焦げ目がザッハさんの模様になっている焼き菓子を頬張った。甘い。


「さっきから変だぞ~?」


「───お前、「まじょさまといっしょ!」って本見たか?」


「ん? 見てないな。」


あ~! 見てないのか~!!

話したかった~ッ!


「見ろ、絶対見てくれ。」


「そんな面白かったのか?」


「こう、ほんわかほのぼの~って感じなんだ。盛り上がりはないんだが、読むだけで癒されて全身の疲労が抜ける。」


寝る前に読むとぐっすり眠れそうな……

こういった感覚は初めてだ。

安らぎをありがとう………


「ほう……創作系の村人はすげーなぁ。」


「うんうん。」


教会の絵画や彫刻も見たけど凄かった。

凄いものを見ればそれだけで活力になるし、感動というのは心を豊かにしてくれるな。

この村にこんなに凄い才能がいくつも眠っていたとは………。

今までは芸術に注力する余裕がなかったんだろう。俺たちがしっかり作物を育て、食料が安定すれば余裕ができる。そうすると素晴らしい作品が生まれる……自分の得意なこと、出来ることを一生懸命やれば、巡り巡って自分が出来ないことでも実現するのだ。


「この焼き菓子うまいな。」


「あ、それ俺の担当の卵使ってるんだぜ〜。実はこの前魔女様に奉納する卵に選ばれたり。」


「す、すげー!!」


俺も負けてられない……!


魔女様が降臨したこと、感謝祭が企画されたこと、そこでの新しい出会い、全ての作物、全ての創作物……そしてそのサイクルに生きられることに、感謝の念が留まるところを知らない。


「俺も魔女様のお役に立つぞ………!」


「立ってるだろ。お前のイモでみんな生きてるじゃねーか。」


「もっと何か出来る気がする!」


村人は、基本やりたいことをやることが許されている。

まず前提として、仕事をサボる者は存在しないし、他人が口出ししなくても体調を最高のコンディションに保つため休憩は各自必要分を考えて行う。これは暗黙の了解だ。

側から見て、例えどんなに役に立たなさそうでも、ただの趣味に見えることでも、没頭していても、とやかく言う者はいない。

なぜなら村人は総じて「結果として魔女様の役に立つこと」しかしないからである。


なので、翌日俺がイモの世話を可能な限り最速で終わらせ、貴重な大判の紙を広げて使えるかも分からない仕掛けの設計図を書いていても、誰にも文句は言われないのだ。



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