86 背徳の祭壇 (手動)
「おぉー!! すげーカッコイイ!」
ゼノリアスが大絶賛する絵画を前に、私は絶句していた。
「でしょー! シグヤムさん光の技巧が凄いんですよ! ほら、ここの光の具合とか!」
「ほんとに光ってるように見えるぞ。」
村の教会の祭壇の後ろに飾られた、四人掛けテーブルほどの大きさの、絵画。
描かれているのは、天から降り注ぐ雷光からくる陰影によって表皮の色が黒とシルバーにはっきりと分かれた、いかにも強くて傍若無人といった様子のラスボス感溢れる大きな竜、つまりこいつ。
そしてそれに対峙する、まぁ私であろう女。
黒、銀、青、紫と色味は少ないが異様に目を引く荘厳な絵画で、光の表現が美しい。
息を呑むような素晴らしい絵だが、私が絶句しているのは絵が美しいためではない。
これが教会に、まるで宗教画の如く一番目立つ場所を陣取って飾られているからである。
「な、これスゲーな、な!」
同意を求めて私の背中をバシバシ叩くのはやめい。
「……えぇ、綺麗ね。」
「魔女様もそう思われますか! ここ、この雷の光の筋がうっすら青みのあるところ、本来魔女様の光は黒色ですが、この絵では白い光に青みを持たせ周囲を黒くすることでより一層神々しさ、美しさを際立たせていてまるで神の如き魔女様の本質を表しているようではないですか、いや本来の黒も力強く大変素晴らしい、天の啓示のような目の覚める、いや目を奪われる、もうそれしか見えないくらいの迫力が凄い、ですが今回は敢えてこちらの色味にすることで邪竜との対比がよく出来ているとわたくしは思いまして、」
「えぇ、あの、この絵にはこっちの色が合っていて良いと思うわ。」
エリックかと思うくらいの早口マシンガントークが始まったので、慌てて遮る。経験上村人のこの手のセリフは遮らないと話し手が息切れするか興奮で倒れるまで止まらない。
にしてもこの村人、こんなふうに会話するのは初めてだが既視感が凄い。
今喋っていたのはエリックだったか……?
「懐が深い………!」
ぜぇぜぇと荒い息を整えつつ、案内していた村人は手を組み宙を仰いだ。
それは確か唯一神への祈りのポーズだったと思うが………十字架の前にどでかい邪竜の絵を飾ったりして神を冒涜しながら神に祈るという図々しさはさすがエリル村民である。
さて、この祭壇の奥に鎮座するエセ宗教画だが、どうやって引き摺り下ろしたものか………。
見た目的には良い感じに収まっているけれど、教会に飾っていいものではない。
教会は本来、この世界で最も広く信仰されている唯一神ゼーゼリアに祈りを捧げる場所だ。
前も十字架を邪教モニュメントに魔改造していたが、どうしてエリル村の人たちは教会に喧嘩を売ろうとするのか。教会なら高値で買ってくれるかもとかそういう感じ?
「ご安心ください、普段はカモフラージュにゼーゼリアの絵を飾っております。」
背後から響く、よく通る声に振り向けば、教会の扉のところに腰に手を当てたドヤ顔のエリックが立っていた。
「これこのように。」
祭壇のところへ歩いてきたエリックが脇にあった紐を引くと、台座から絵が出てきて、先ほどの絵の前に重なるように設置された。
唯一神ゼーゼリアが描かれた、一般的な教会にあるような絵だ。
「部外者がここまで侵入することはないと思いますが、念のため夜間はこうしています。朝は日除けにもなりますし。」
神をカモフラージュ兼サンシェードに使うとは………。
怖いものなしね、ここの奴ら。
「これ見られたらまずいのか? かっこいいのに。」
「私は誰にも文句を言わせない自信がありますけど、魔女様は謙虚な方なので教会の領分を侵すことは好まれないんですよ。」
「原住民に心配りをするとは、やるな。」
「そうでしょう、心まで美しいんです。ゼーゼリアが本当に存在するのなら魔女様に心打たれ喜んで神の座を譲ること間違いなしですよね。まぁこんなにも清らかで美しい、全てを凌駕するこの世の至宝ですから神に劣る訳がないんですけども、それでも神を信仰する人を尊重するその精神、慈愛の心、それは夜空に燦然と輝く星々の…」
「よく分からんが、このおっさんよりオレの絵の方が飾って見栄えするのは確かだな。」
ゼノリアスとエリックが、教会でするのは憚られる、というか場所に関係なくヒヤヒヤするトークを繰り広げる間、黙って待つ。
この信者の前では口を開けば良いように曲解される為、沈黙は金である。
神に恩を返すとか言っていたゲームのエリックはもう完全に消失した。粉微塵だ。
恩じゃなくて仇を返している。まぁこの次元ではそもそも返す恩を受けていないが。
しかしおかしくなったのは私のせいもあるとしても、ベースの人格は同じだからゲームでも根本的な性格は同じはずだ。……それならよくこの人間性で教会に仕えられたわね。
人間の恐ろしさを垣間見、癒しを求めて同じく黙ってゼノリアスの縄を持って立っているノアの顔を見る。
ノアは私の視線に気付き、首をこちらに動かして優しく微笑んできた。
「どうしたの?」
「あ、いえ………神罰が下りそうな話をしているなと。」
浄化されそうな光の微笑に動揺して余計な返事をしてしまった。
善良を擬人化したようなノアの、蜂蜜のような飴のような、甘そうな色の瞳が私を映す。
「村のみんなは君が好きだからね。」
「好き………?」
そんな綺麗なもんじゃないと思うけど?
一般の愛情……家族愛や隣人愛を清らかな川の水と例えるなら、エリル村のそれは魔力の宿ったヘドロって感じね。
「俺は、神さまっていうのは心の拠り所なんだと思うよ。だからみんなが元気になる……精神的な支えになるのなら、それが人それぞれ、みんなにとっての神さまなんじゃないかな。」
八百万の神的なノアの考え方はエリル村の人たちの話をしているとは思えないほど健全である。
その理論でいくと、私が神になるけどね?
私の中の厨二が騒いじゃうわ。
「ノアの言う通りですよ! ですから教会には我々の元気になるものを置いて、落ち込んだ時や辛い時、スランプの時などに英気を養う場所としています。像や展示室も鋭意制作中です!」
疼く右腕を抑えていると、エリックが意気揚々と魔物の死骸を祭壇の裏に仕舞いながら発言した。
その祭壇、収納ボックスになってるのか?
「あなたたち、信仰心とかはないの……?」
しまった、沈黙するつもりが声に出してしまった。
そしてその問いかけに、エリックと村人は完全なるキョトン顔を披露している。
「え、十字架とか元々あったわよね? 収穫祭とかもやるんじゃないの?」
この世界の宗教は薄いというか、日本で言う無宗教の人が神社に初詣、くらいのもので熱心ではない。と言っても、農民なんかは収穫祭だか豊穣祈願だかでちょいちょい神に祈るのでは?
教会はなかったが、魔改造の材料にされたデカい十字架は元々村にあったもののはず。
「収穫祭はやめました。」
「は?」
あっけらかんと言われても。
そんな、飲食店の、今年からこのメニュー出すのやめましたみたいな。
「以前は天候や作物の出来なんかをゼーゼリアに祈ってたんですが、今年からちょっとイベントの趣向を変えまして。」
大事な行事のことをイベントとか言い出した。確かに、英語のeventは行事と和訳できるが、ニュアンスが違う気がする。
こいつ絶対にサークル気分だわ。
「……どのように?」
「大感謝祭と名称を改め、村人のやる気と元気を爆発させる方向にしました!」
「大感謝祭………?」
なにそのスーパーのチラシに書いてそうな文句……そういえばさっきそこの村人も言ってたわね?
「魔女様に感謝し、魔女様に関する展示や新作の発表をする場です。集会所にズラッと新作が並ぶんです、考えるだけで元気が出てくるでしょう。」
「自分は感謝祭を楽しみにしてたら、収穫にかかる時間が去年の三分の一で済みました!」
収穫時期は忙しくて新作が出ても読めない人が多いので、どうせならその後の暇な時期に纏めて発表することにして収穫のモチベーションを上げるとかなんとか。
要するに同人誌即売会ね。
評判が飲むだけで痩せる薬並に胡散臭いけど。
「収穫祭もやっておいた方がいいんじゃ……」
「2つのことをやろうとして片方が疎かになってはいけませんから。」
なら収穫祭をやりなさいよ。
「いや、でも、私に祈っても豊作は保証できないわよ。」
「まさか! 魔女様にそんなお願いしようなんて思ってませんよ、おこがましい!」
神に祈るだけで豊作が保証されるとも思わないが、私に謎の感謝祭をするよりはマシである。その辺りを説明しようと思ったが、エリックにすごい勢いで遮られた。
「収穫があるのも出来が良いのも全部自分たちの工夫の結果で、その行動原理が魔女様ですから、魔女様に感謝するのは当然では?」
当然では? と言われても。
「神頼みはまじないですが、魔女様の存在は結果が出てますから。」
エリックと村人、二人揃ってドヤ顔をしているが、狂信者っぽい割に成果主義と言うか、なにこの思考………冷めた現代っ子?
「ゼーゼリアには祈らないの?」
「自分だけで無理があることは神にも祈りますよ。魔女様が拐かされた際も祈りましたし。祈る対象がいた方がこう、闇雲に祈るよりも念を込めやすいでしょう。」
だめだわ、神を的みたいに使ってるわ。
「エリックさーん! ちょっと来てもらえますか?!」
村人の神の扱いに驚愕している合間に、荷物をたくさん抱えた村人が小走りでエリックを呼びに来た。
慌ただしく大荷物を携えている、プレゼン前の若手社員のような様相である。イメージであって実物見たことないけど。
「今行きます! ……それでは魔女様、失礼します。」
「忙しそうね。」
「感謝祭が近いので、実行委員長の仕事が山積みなんですよ。」
なにその役職。
「すみません、折角来ていただいたのに……ノア、魔女様をお願いしますね。」
「うん、行ってらっしゃい。」
ちら、とゼノリアスを横目で見てから去っていくエリックに、ノアが縄を握っていない方の手を振る。縄の先のゼノリアスはエリックを指さしていた。
「あいつ今オレをどうしようもない厄介生物を見る目で見てたぞ。」
「実際どうしようもない厄介生物だものね。仕方ないわ。」
バトルごっこの為に騎士団を襲ったり、怪しい訪問販売並の婚活をしてきたりするし。
「いやぁ~、でも残念ですねぇ! もっと早ければ人型のゼノリアスさんの作品も感謝祭に並んだのに。あぁ!でもあまり気になる作品が多過ぎると感謝祭中に回りきれない……どうすれば……いや、そこは感謝祭の後にもお楽しみで………そうなるとゼノリアスさんが今このタイミングで来たのはグッドタイミング……? 資料のために普段見えないところとか見ておいた方がいいのかな………。」
ゼノリアスファンの村人はブツブツ言いながらメモを取り出し、ゼノリアスのピアスやうなじの辺りを見て情報をメモし始めた。装飾品も確認している。
「……なんかコイツら怖いぞ。」
「ここではそれが平均的な村人よ。」
収穫祭が同人誌即売会に取って代わられたり村には絶対に必要のない役職が当たり前のように存在していたが、まぁいいか。
豪奢な祭壇にもたれて、生き生きとしてキラキラ……というよりもギラギラ輝いているエリックの背中を見送った。




