85 わくわく! ゼノリアス、はじめてのエリル村
この章と次の章はサブタイトルがいつもと違うところがありますが、ただの気分です。
「お前もオレに劣らず辺鄙なとこに住んでんな~。人より魔物の方が多いじゃん。」
リース家への訪問から数日、私はエリル村への道のりをゼノリアスを連れて歩いていた。
辺鄙な森なぞ珍しくもないくせに、口数が多い。田舎から田舎に遊びに来た田舎者が、田舎から都会に来た田舎者みたいな反応を………あぁ頭の中で田舎がゲシュタルト崩壊を起こすわ。
「なーなー、エリル村ってどんなとこだ?」
「見れば分かるわ。」
脳が田舎の二文字で埋め尽くされていた私の袖を引っ張るゼノリアスの手を払い、歩き続ける。
そう、百聞は一見にしかず。エリル村は見たほうが早い。というかあそこのヤバさの深淵は深すぎて言葉では伝わらない。
エリル村を覗く時、エリル村もまたこちらを見ているのだ………怖い。
「大丈夫、みんないい人だよ。」
ゼノリアスの反対側、私の半歩後ろをまるで貞淑な妻のように歩くノアが屈託のない笑顔でそう告げる。
「お前もシゴト?で通ってるんだっけ。静かでのどか~って感じか?」
「活気があって、楽しい村かな。」
ゼノリアス、先に言っておくわ。
それはノアの純粋フィルターを通してのみ見られる偽りのエリル村像よ。間違った認識で立ち入ると落差で死ぬわよ。
ま、口に出して言ってないんだけど。
さて、何故こんなことになっているかというと、リース家から帰宅した日に遡る。
家に帰ると、私の家の隣に建っているノアの小屋の前、野外にあるテーブルと椅子でノアがゼノリアスとお茶していた。
なんでも、私がリース家に向かったのと入れ違いに来て、応対した留守番役のノアと一緒に帰りを待っていたらしい。
何故私の家がバレたかというと、ゼノリアスは自分の身体の在処がうっすら分かるようで、前に食べたゼノ肉と頂戴した爪やらの感覚を頼りに来たとのこと。
なんて恐ろしいGPS。
身体に吸収してしまったので永久に外せないという呪いの装備並みの代物である。
幸いというのか、消化したゼノ肉よりも家やエリル村に置いてある爪や骨の方が感知されやすく、直接私のもとではなく家に辿り着いたらしい。
危うく騎士団長宅に邪竜を呼び込むところだった。
そのゼノリアスだが、ノアとの話からエリル村に興味を持ったようだ。日を改めての今日、エリル村観光という名の邪竜接待を敢行している。
「それにしても、ジルベール、あいつ付いて来てないよな?」
歩きながら、ゼノリアスがしきりに後方を気にする。
ジルは、ゼノリアスがお土産で持ってきたトマトを調理する為家に残っているのでいない。
「いないよ。」
この邪竜はジルから一度ゲンコツをくらっている。
リース家から帰った日。外国人の如く再会のハグを仕掛けて来たゼノリアスがそのまま私を持ち上げ巣穴に持ち帰ろうとしたのである。
ゼノリアスを危険視しているジルが3分クッキング並の用意の良さで手にしていた縄を、目にも留まらぬ速さで投げ縄の如く投げてゼノリアスの首に巻き付け、引っ張り下ろすことで事なきを得た。
カウボーイが憑依したかのような見事な投げ縄だった。
確保された後めちゃくちゃ目が血走っているジルにゲンコツされ、ゼノリアスの頭には未だにその時のたんこぶが残っている。邪竜のくせに回復速度が遅い。
「ジルベールは驚いただけで、普段は優しい人だよ。」
「え~? そうか~? 優しくもないし人でもないと思うけど。」
「ゼノリアスも仲良くなれると思うよ。」
ニコニコするノアに、ゼノリアスがぐむむと口を噤む。恐らくノアの聖なるオーラにあてられているのだろう。聖と邪………これは邪竜の分が悪いか。
しばし堪えるように唸った後、邪竜は自身の首にぶら下がる縄を指差した。
「……優しい奴がこんな縄つけるか? 邪竜虐待だぞ。」
この縄は、ジルによってゼノリアスの首に巻かれたもので、その先はノアの手に繋がっている。
可愛く言うとお散歩わんちゃんみたいな感じ。
可愛くない部分は、おしゃれなリードではなく麻縄で出来ており、引っ張ると首が絞まる仕様になっているところである。
ゼノリアスが飛び立とうとすればノアが馬鹿力で踏ん張り、結果首が絞まって地上に戻って来ざるを得ないという代物。先日の巣穴持ち帰りのようなことを防ぐ対策だ。
「安心のために、念のためだと思うよ。前に誘拐があったから過敏になってるんだよ。」
「そうかぁ………?」
私も、ジルはマジで害があるなら首を締めてしまえホトトギス的な考えだと思う。
「君も、本当に連れ去る気は無かったんだろ? 彼も分かってるよ。」
「い、いやぁ………ははは。」
本当に連れ去る気だったゼノリアスが渇いた笑いを零しながら頭を掻く。
それから私の視線に気づいたのか、こちらを見た。
「あっ、でも一回一緒に暮らしてみようと思っただけで、嫌がったらちゃんと帰すつもりだったからな?」
「やってみる前に、あなた人間の生活能力持ち合わせてないでしょう。」
この野生の生き物と瘴気山脈なんぞに住んだら一日で死にそうだわ。
平気でその辺のミミズとか食べてそうだし、山で拾ってきた草を突っ込んだだけの山菜鍋とか出してきそうだし。
家は洞穴、服は腰蓑とかあり得る。
衣食住すべてに不安要素が満載である。
安心できるところが一つもない。
「魔女様~!」
そうこうしているうちにエリル村が見えてくる………と同時に、走ってくるエリックの姿が見えた。
「お出迎えに参上致しました!」
「こんにちは、元気そうね。」
「はい! おかげさまで!」
このエリック、村に近付くと毎度毎度自動的に出迎えに来るのだが、センサーでも付いているのだろうか。
今日みたいに予告なしの訪問でも例外なくやってくる。しかも早い。
「これが邪竜ですか………ふーん、見てくれはまぁまぁですね。」
元気に挨拶した後、私の隣のゼノリアスに目を向けると頭から爪先までまじまじと眺める。
エリル村では邪竜討伐ものの物語や絵が出回っているので、ゼノリアスの外見は人型も竜型も割れている。実物を事前情報と比べて査定するかのように見回してから、エリックは顔を上げた。
「な、なんだよ………」
「野蛮人かと思いましたが、思ってたよりはマシですね。」
フンッと鼻を鳴らすエリックに、困惑顔のゼノリアスが「こいつ何だ」と言わんばかりにノアの顔を見る。
「かっこいいって意味だよ。」
「そうは聞こえなかったぞ。」
「エリックは照れ屋だから。」
ノアの超善意解釈に納得がいかなそうにしながらも、ゼノリアスは流すことを覚えたらしい。
そうそう、真っ向から勝てないピュアは流すのが一番。じゃないと私たちのような邪の者は火傷するからね。
「魔女様、この邪竜も連れて村にお寄りになるのですか?」
「観光したいそうよ。」
「珍妙ですし、村の者も喜ぶでしょう。では、ご案内します。」
綺麗な顔で微笑んで、エリックが先を歩く。
「こいつ悪意ないか?」
「エリックはいつもこんなものよ。」
正確には、こうなるハズじゃなかったけどこんなものになってしまったとも言う。
「こいつがエリックな。名前ちゃんと教えろよ。」
「はいはい。」
ゼノリアスは、邪竜討伐の時に私たちが名前を教えなかったのを根に持っている。
私やジルの名前は留守の間にノアに聞いたらしい。ちなみにノアは自分から名乗ってくれたとかなんとか。
「……アレ村のやつらか?」
ゼノリアスの若干引き気味の声に前を向くと、すぐそこに迫ったエリル村の入り口に、村人が整列していた。遠くからいつもの呪文に加えて「邪竜だ!」「本物だ!」とざわめきが聞こえる。
「ええ。気にしなくていいわ。」
「いいのか………?」
村人の爛々とした目を見れば、困惑するのも無理はない。
ここの村人はこれが通常営業なので、気にするだけ無駄である。
「どうも。お邪魔します。」
挨拶だけして、念仏のような呟きを零しながら手を擦り合わせてこちらを拝む村人の間を通り、村へ入る。
整列していた村人は、そのまま私たちを囲むようについて来た。
「さすが魔女様! 邪竜を調伏されるとは……!」
「悪しき邪竜を退治するのではなく、斃して下僕にするとは、魔女様の博愛の精神、美しき御心に感涙致しました。」
しまった、ゼノリアスの首に縄を付けているから、完全に邪竜をペット扱いしているの図になっている。
もともと村では邪竜は改心していい邪竜になった的な設定が広まっているが、改心させてペットにしてる説が真説として定着してしまう。
その縄を握っているノアはといえば、そんなことは気にもせず、歩きながら村人とフレンドリーな空気で軽く会話を交わしている。
呑気で良いわね。
少しすると、その横でそわそわと辺りを見回しながら歩くゼノリアスに、敵意丸出しオーラを放ちながら村人の一人が話しかけた。
「……無害なようですが、畏れ多くも魔女様に求婚した畜生ではありませんか?」
「きゅ………何で知ってんだ?!」
「それはこちらの書に。」
村人が顔の前にすっと出した本は、最近流行っている「魔女様伝説~邪竜の章~」とかいうタイトルの作品で、邪竜討伐のあらましを脚色した内容である。シリーズ既刊6巻。
「貴方が魔女様に踏まれたり、バーベキューを敢行した話も載っていますよ。」
「詳し過ぎないか?」
「畜生の分際で魔女様への非礼がまぁ出るわ出るわ………」
パラパラと本を捲る村人に、ゼノリアスが後退る。
「オレ、この村で嫌われてんのか……?」
まぁ、畜生とか呼ばれているものね。
「大丈夫よ、あなたこの村では割と人気があるから安心するといいわ。」
「魔女様、バラさないでくださいよ!」
「……………は?」
ゼノリアスが間の抜けた顔で見れば、悪ふざけしていた村人が相好を崩し、持っていた本を差し出した。
「ははは、すみません! 冗談です、サインください。」
困惑顔で見てくるゼノリアス、気持ちはわかるわ。
「エリル村では邪竜討伐の話が流行ってるのよ。あなたはアレ、最初は敵として出てきて仲間になるっていう……一周回って人気キャラね。」
よく考えたらノアもそういう立ち位置だったような。ゼノリアスは仲間というか単なる婚活してくる知り合いだけど。
なんかこの流れ別のゲームであるわね。戦って弱らせた敵をボールに入れて捕まえる的な………。
「はい、ファンです!」
結構嬉しそうなゼノリアスは、結局村人の本にサインを書くことにしたらしい。
この本、いつの間に複製が出回っていたのだろう………前は原本しかなかったはずだが。
「すげー、これオレか?」
「あ、そうですそうです。こっちの挿絵は人型バージョンですね。」
私の疑問は他所に、ファンの村人と一緒に本を捲ってご満悦である。食い入るように見ている。
「ところで魔女様、あの、なぜ邪竜がここに!?」
興奮した様子の村人が息を荒く、ゼノリアスと私を見比べる。
「村を観光したいそうよ。」
「ほへー!!」
目を丸くして手を握り合わせる。
ここの村人はいちいちリアクションがでかいわね。
「じゃあ他の作品も見ますか?! 感謝祭前なので新作はあまりないですけど、いいものたくさんありますよ。」
「おー、まだあんのか。」
「あなたの絵もありますよ。教会の祭壇に飾ってて……見に行きますか?」
「行く行く!」
村人とすっかり意気投合したゼノリアスは、ノアを引き連れて嬉しそうに教会へ向かっていった。
その姿はさながら散歩中に興味のあるものを見つけて飼い主を引っ張っていく犬である。
邪竜と邪教徒の村……邪なもの同士、惹かれ合ってしまったようね………。




