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魔女様は攻略しない  作者: mom
第4章 人形の棲む館〜リース家へようこそ〜
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小話 1〜4

小話を謳っていますが、全部で9000字くらいあります。




1⁑彼が妹と呼ばれるようになった日の会話

〜セオドア7歳、王城庭園にて



「あらセオドアちゃん、丁度いいところに。ちょっとセシルちゃんを探して呼んできてくれないかしら。」



「俺の弟を見なかったか。」


「見てませんね……それよりセオドア殿の妹君は、その…花などはお好きでしょうか………」


「………?」



「弟を見なかったか。」


「弟君がいらしているのですか? 先ほど挨拶の時には見えませんでしたよね。すみませんが、お顔を存じていないのです。」


「………?」



「弟を見なかったか。」


「いえ………私もあなたの妹君を探しているのですが、どちらにいらっしゃるかご存知ですか?」


「………!」


「どうかしましたか?」


「その俺の妹というのは、どんな服装だったか覚えているか?」


「えっ? 水色と白のドレスだったかと………」


「なるほど。」



「妹を見なかったか。」


「あぁ、それなら向こうの薔薇園にいらっしゃいましたよ。」





2⁑高性能翻訳機

〜騎士団第一訓練所にて



「団長、手合わせ願います!」


金属のぶつかる音と怒号が飛び交う訓練所で、新人の枠に入る俺たちは一列に並んでいた。

向かい合うのは先輩騎士で、それぞれ前に立った先輩と模擬戦をして指導を受け、一定時間ごとに一つずつズレてまた次の相手と練習する………ということを繰り返す。全員と当たるようになっており、現在俺の前には剣呑な眼差しの騎士団長が立っていた。


「あの、……………」


騎士団では、絶対に当たりたくない、前に立つのも嫌、全人類が震撼する、今すぐ逃げ出したいと評判の騎士団長の面前。

魔物に狙われる小動物の如く小刻みに震えている俺を見て、騎士団長はただただじっと佇んでいる。なぜ、どうして。開始の合図は既にあったにも関わらず、俺を見据えて微動だにしない。動いたら負けのルールなら俺の完敗である。いや、ほとんどの人間が負けるに違いない。


「団長、仕掛けても宜しいでしょうか………」


剣も構えず、ただじっとこちらを見ている。

普通に怖い。

いっても良いのだろうか。隙を作って待ってるから打ち込んでこいということだろうか。にしても構え無さすぎじゃないか? だって床に剣を置き、完全に素手で脱力している。いくら団長が俺程度の剣なら素手で止められると言っても、そんな新人のやる気を削ぐような真似するだろうか………? ポーズだけでも剣を構えたりしないか?


と、考えていると、団長が足元の剣を指差しながら口を開いた。


「……足で剣を拾う。」


そんな、今から芸を披露しますみたいな………。


「え、えっと………?」


「団長は、剣を落としてしまった時の戦い方を見せたいから斬り掛かって来いと言いたいんだよ。」


戸惑っていると、模擬戦の様子を見回っていた副団長が補足した。

それを聞いて、団長が頷く。


「そうなんですか……」


いや全く伝わらない。

初め数十秒はずっと無言だったし、むしろ伝える気がないんじゃないかと思う。

アニス副団長はどうやって解読したんだ。


意味がわからないが突っ立っていても仕方がないので、取り敢えず団長に突っ込んでいく。

こちらに向けた視線をこれまた微動だにさせず足元の剣を器用に足を使って宙に浮かせた団長は、翻る銀の根元を掴むと俺の攻撃を弾き、勢いのまま喉に剣を突きつけた。


「………こうだ。」


全然分からない!!


「こういうこともある、ということだ。」


「はい………?」


突き付けられた剣が引いていくのを下目遣いに見ながら考えるが、やはり何が言いたいのか分からない。


「団長が言いたいのは、得物を持っていない相手でもこうして落ちているものを拾ったり周辺のものを武器にして応戦してくる場合があるので油断しないようにということだよ。」


再び団長が頷く。


「目線も重要だ。」


「大抵は目線でやろうとしていることを推察できるのでよく見るように。逆に自分は読まれないように気をつけて。今回のように目線を読ませない相手は格上と考えられる。……だって。」


団長がウンウンと二回頷く。

それだけの意味を読み取れる副団長も凄いが、それだけの意味を一言で済ませようとする団長も別の意味で凄いな。


「やめ! 交代!」


驚嘆していると交代の合図があった。そのまま一巡して模擬戦を終える。

副団長の集合の呼び掛けに、団長以外からは滞りなく普通に指導を受け疲れて荒くなった息を整えながら集合する。

簡単な総評を聞いていると、訓練所の入り口から可憐な女性───どこかの令嬢だろうか、が覗いた。そして滑った。


「あっ……………!」


同じく令嬢を見ていたらしい同期の何人かが同時に声を漏らす。

しかし転びそうになる直前で、横から伸びた腕が令嬢の身体を支えた。


「まぁ………ありがとうセドリック、危うく皆さんが見ているところで転ぶところだったわ。」


支えていたのは我らが騎士団長である。

………いつの間にそこまで移動を?


「こんにちは皆さん、お恥ずかしいところを見せてしまいましたね。わたくしはすぐ退散しますから、お気になさらないでね。」


俺たちに向き直った令嬢がそう言ってにっこり微笑むと、騎士団長が肩に手を置いた。


「あら、そうね。初めての方がいるのよね。申し遅れました、わたくしミネット・リースと申します。セドリックがいつもお世話になっております。」


深々とお辞儀をする令嬢………リース? 団長の家族、の誰だ……。団長を名前で呼び捨てにしているが。


「団長の奥様ですよ。」


「えっ……………!」


新人の疑問を感じ取った副団長がそう説明し、場が一気にざわめく。

王都近辺の出身の者は知っているようだったが、実物を見る機会は少ないようでやはりどよめいていた。


奥様………あの団長の奥様が、この人………。年の差いくつあるんだ。

団長もやはり若い女性が良いのだろうか。不躾にも眺めていると、団長が僅かに動いた。


「そうだったわ、これを届けに来たの。せっかくお城に用があったものだから……」


夫人が差し出したのはバスケットに入った焼き菓子で、訓練所にふわり良い匂いがする。

団長は受け取って夫人の目を見る。


「当たりよ! ジルベールさんの真似っ子なの。」


団長は無言のまま俺たち騎士団の面々を指差す。


「ええ、たくさん焼いたからぜひ皆さんで食べてちょうだい。」


指をしまう団長。


「心配しなくても、あなたの好きなレモン風味はちゃんと多めに入れてあるわ。」


頷く団長。


「大丈夫よ、そのバスケットはしばらく使わないから、帰ってくる時でいいわ。」


訓練所の外を見る団長。


「それは……おいて来てしまったけれど、ちゃんと付き添ってもらっているから安心して。」


夫人を見つめる団長。


「だって騎士団の訓練所に来るのは久しぶりで………早く見たかったんですもの。」


まだ見つめ続ける団長。


「…わかったわ。ふふ、あなたもそんな気障なこと考えるのね。」


軽く首を掻く団長。

………待て待て、気障なことって何だ。何を考えてたんだ団長。

訓練所にいる全員の頭の中が一つになった時、バタバタと走る音が聞こえた。ほどなくやって来たのは奥様の侍女である。


「奥様! 先に行かないでくださいとあれほど………!」


「ごめんなさいね、つい……。」


「全く、お怪我されたらどうするのですか。」


まだ小言の続きそうな侍女の勢いに押されるようにこちらに向き直った団長の奥様は、俺たちに向けて優雅な礼をした。


「では、わたくしはこれで。セドリックは分かりにくいところがありますけど、長く時間を共にすると分かってきますから、新人の皆さんも是非セドリックマスターを目指してくださいね。レベルに応じてバッジを用意していますから。」


後半謎の発言をした夫人の言葉に、副団長が説明を付け足す。


「三段階で、今のところ一番下のブロンズバッジが私だけだけどね。」


そのバッジ永遠に貰えないだろうな、と騎士団の全員が思った。


「お怪我なさらないよう、訓練頑張ってくださいね。」


夫人が訓練所を後にして、団長が外まで見送りに出る。

その間騎士団が少しざわつくが、副団長も察してくれているのか、いつもなら注意するところ今日は何も言わない。


「さっき、団長喋ってたか………?」


「いや一言も………」


誰かが思わず呟いた声に、周りの数人が一斉に首を横に振る。

夫人は、団長が一切口を開かないのにまるで会話をしているかのように喋っていた。夫人風に言うと、団長マスター・ゴールドバッジは確実である。


やっぱり、あの団長の奥様なだけあるな………。





3⁑司書の戸惑い

〜王立図書館にて



司書になって三年、毎年恒例のように目にするものがある。騎士になりたての貴族の馬鹿息子による王都での蛮行だ。

毎年はしゃぐ田舎者の阿呆は一定数いるもので、今年も例に漏れず、市場を我が物顔で歩いている姿が散見された。


この連中に共通しているのは、騎士団に入ったからには自分は成功するというどこから来るのか分からない根拠のない自信、俺のようなインドア派を見下す態度、そしてしばらくしたら訓練に耐えられなくなるか任務で重傷を負うか態度の悪さを咎められ左遷される、もしくは辞めるという実態である。


「よ〜うモーリスくん、久しぶりだな。」


そして今俺の肩に腕を回しているこの男、デーニッツもまたそんな騎士の一人で、小さい頃からこいつの兄が俺のことを本の虫だとからかっていた関係で、年下のくせに俺を見下してくる。

兄弟揃って粗雑な奴らだ。兄の方は既に騎士団の訓練について行けず王都にいない。

この弟もどうせすぐリタイアするだろう、それまで辛抱すれば………と思っていた。そう、思っていたのに。


「………騎士団の、遠征に同行したんじゃ、」


おかしい。実戦に赴けば自分の雑魚さ加減を認識して自信をなくすか、調子に乗って前に出て死ぬかするはず。あわよくば死んでこいと期待していたのに………。


「そうそう! すげー大変だったぜ〜、でかい魔物がうじゃうじゃと。」


死ぬどころかピンピンして王都に帰って来やがった。

怪我すらしていない。どうなってる………運までこんな糞に味方するのか?


「はは、そう………。」


肩を組んだまま嬉しそうに揺すられ、気分が悪くなってきた。

更に気分を害することに、デーニッツの仲間であろう、ガラの悪そうな騎士が二人後ろに控えている。なんでこんなのがわざわざ図書館なんかに来るんだ………生息地が違うだろ、生息地が。生物の分布図を無視して場違いな場所に湧くな。


「こんなサイズの虫が出てよぉ、死ぬかと思ったぜ!」


「しかもしぶといしな!」


虫はお前だクズ虫ども。

この手の輩は嵐と同じなので、過ぎ去るのをじっと待つのが一番だ。

しかし誇りある王立図書館の司書として、これだけは言わねばならない。

殴られる可能性が高いが、流石に人目もあるしボコボコにはされないはず。アホなので周りを気にせず暴れて、騎士団に知られて除名処分とかになってもいいかもしれない。


「………デーニッツ、少し声を抑えてもらえないか…」


豪快な笑い声に半目になりつつ言う。

一瞬訪れた静寂に、殴られる心の準備をしながら、図書館の中なので静かに………と続けようと口を開く。

が、言葉が音になる前にデーニッツが動いた。


「おおっとそうだな! ……図書館では大声で喋るな、気品のないクズは万死に値するぜ。」


「………………え?」


肩に回されていた腕が外れ、俺の顔面に飛んでくると思われたそれは予想に反してデーニッツ本人の口を押さえていた。

オーバーに手で口を塞ぎ、オーバーに小声になったデーニッツは仲間に静かにするよう指示した。

………意外な反応だが、それより発言が…なんというか、こう、おおよそ脳筋バカとは思えない言葉選びというか………自分達のことをクズって言ったか?


「うっかり大声で喋ってしまった………不愉快だと罵られてしまう……」


「自分は躾のなっていない豚です………。」


残りの二人も反省したようなことを言いながら、荒い吐息を漏らしている。

………………何とも言えぬ気持ち悪さがあるな。


「それはそれで本望だが、あまりに醜態を晒しては見捨てられ叱咤もしていただけなくなる。気をつけよう。」


デーニッツの発言に固く頷く二人。

ガラの悪さはなりを潜めたが、別の意味で話が通じなさそうになっているのは気のせいだろうか。


「………図書館までわざわざ、騎士団の用事か?」


一応殴られる心配だけはなさそうなので、さっさと用を聞いて帰ってもらおう。

どうせ資料集めのおつかいに来て、ついでに俺に絡んだとかそんなのだろ。


「あぁ、いや。個人的に本を探しに来てよぉ、モーリスくん詳しいだろ? 俺らじゃどんな本がどこにあるか分っかんねぇからよぉ。」


嘘だろ………こいつが自主的に本?

まともに字読めたのかよ。貴族の端くれだから教えられてはいるだろうが……


「どんな本だ?」


「魔物の生態とか、倒し方なんかが載ってる本あるか?」


「それなら、………こっちだ。」


このバカが、まさか自主的に勉強を………? 魔物討伐は基本警備隊の管轄だから騎士団には必要なさそうだが……


「珍しい魔物について書かれたものは少ないが、よく出る魔物なんかは倒した体験談を集めたものがあるな。」


「おう、助かるぜ。」


よく考えたら、田舎には魔物が割と出るし、警備隊の手が届きにくい場所では村人が自分で倒すこともあるらしいが、字を書ける者がほとんどいない為情報が少ない。

村人自ら退治するのなら地域によって出没しやすい魔物の倒し方なんかが伝えられてたりしないのだろうか。


「騎士団で魔物退治でもやるのか?」


「いや、この前たまたま魔物と対峙する羽目になってよぉ、そん時散々で。」


だろうな。


「騎士団じゃ魔物の倒し方なんざほとんどやらねぇからよ、自分で調べようと思ったんだ。」


「それで図書館に………」


こいつにしてはまともな思考だな。

いつの間に人間になったんだ。


「あぁ。魔物の餌になるしか能のない騎士の名を騙る肉塊から脱却しようと思ってな。」


「成る程………?」


今何て言った?


「お前ら、目当ての本を手に入れた。これで次こそ醜態は晒さねぇぜ……!」


「成長した姿を見て、褒めて貰うんだ………豚にしてはよくやるって……へへへ………。」


「次の機会がいつ来ても良いように鍛錬あるのみだな! それが倒せるようになったなら一人で三体相手出来るでしょ、とか言って無茶振りされたい………」


本を片手に嬉しそうな三人を、本棚に挟まれた通路から眺める。頰を赤らめて楽しそうに会話しているが、それぞれが独り言を言っているだけのような、独り善がりでどこか噛み合わない気味の悪い会話である。

他二人は知らないが、デーニッツはこんな奴だっただろうか。

初めて実戦に赴いたり、厳しい訓練を受けて更生した者は別人のように変わることがあるが、これは……何か違うな?


「ところでモーリスくん、モーリスくんはいろんな本を読んでいるだろ?」


不気味な思いで三人を見ていると、デーニッツが俺の元へ戻ってきた。身を屈め俺の耳に顔を寄せ、小声で囁く。


「あぁ、まあ………。」


威圧感で俺が死んでしまう。馬鹿でかい体を寄せるな。


「厳しい女上官が出てきたり、冷たい女に馬車馬のように扱われる内容の本ってないか? あれば教えてくれ。」


「は?」


何を話し出すのかと思えば、おおよそデーニッツの口から出たとは思えない趣味の本の話だった。

特殊な嗜好だな………?


「………あるには、あるが…」


お前そんな本を読むような性格だったか………? 傍若無人なガキ大将タイプだったと思うが、変な店にでも行って目覚めたのか? 王都にそんなタイプの店あったか………?

それか、騎士団に女の鬼教官でもいたのだろうか。


「おぉ! どこにある?」


「王立図書館にはない。確か数年前に買ったものにあったから………」


王立図書館にそんな本があってたまるか。


「も、もう売ってねぇのか………?」


でかい体を縮めて、ものすごくシュンとしている。あまりに萎れているので思わずするつもりのなかった提案を口走っていた。


「良かったら貸してやろうか……?」


「ブラザー……! 恩にきるぜ……!」


俺に抱きついておいおいと泣くデーニッツ。

騎士団で洗脳でもされてきたのか、訓練が厳しすぎて脳がイカれたのか………俺のことを心友と呼ぶ始末である。


「聞いたぞ。狡いぜデーニッツ。」


「モーリスくん、オレにも貸してくれよ!」


デーニッツにされるがまま揺られていると、デーニッツの連れまでモーリスくんモーリスくんと纏わり付いてきた。こいつらもデーニッツと同じ趣向らしい。流行りか?


「他にはないのか? 不甲斐ないとお仕置きされる話とか。」


「任務に失敗して冷ややかな目で見られたり、粗雑な人間が躾けられる描写のあるやつとか。」


騎士団の流行がとんでもない。


「持ってるけど……………」


どうなってるんだ、騎士団は………国民はコレに守られてるとか悪夢だろ。こいつらが特別にまともじゃないだけで、他は普通だよな? そうだと言ってくれ。


「こらこら〜、司書の人に迷惑かけないの。」


死にそうになりながらデーニッツとその仲間に揉まれている俺の後ろから声がして、へばりついていた3バカが引き剥がされる。

解放されて一息つき後ろを向くと、軽薄そうな雰囲気の若い騎士が立っていた。

若く見えるが、口ぶりからデーニッツ達の先輩らしい。


「あっ、すみません!」


「騎士団の恥部ですみません!」


「あはは、ちょっと司書さん借りていい?」


3バカの変な発言は日常茶飯事なのだろう。軽く笑って流しているが、この人はまともそうで安心した。軽そうだがまともだ。


「何かお探しですか?」


「猫の本ってある? 懐かれるコツとか書いてあるような………ちょっと前失敗しちゃって。」


案内する間、近づいたら避けられたとか、勝手に横からご飯を取って食べたら嫌われたと聞かされる。

この人猫のご飯横取りしたのか………やっぱりまともじゃないな。


「猫お好きなんですか?」


「ん? いや、猫っぽいから猫対応したらいけるかなって。」


「は?」


訳の分かっていない俺を尻目に、目当ての本を見つけた騎士は礼を言って鼻歌を歌いながら去って行った。

毎年アホな新人騎士は見るが、変人はそういなかったように思う。

今年の騎士団って変なやつばっかりだな………。





4⁑笑顔促進デー

〜リース家宿泊翌日、王都にて



リース家の馬車で王都まで送って貰った後、日が暮れるまでは王都で時間を潰し、暗くなったらジル移動で帰ることになった。


「これください。あとこれも。」


暇を持て余すかと思ったが、市場でジルと買い物をして回ると結構な時間になっていた。

あとはクレイグの口止め料のチョコレートを購入するのみである。


「はい、おつりね。」


次に向かうチョコレートの店の場所を思い返しながら釣銭を受け取る。店主の顔が心なしか、孫を見るような微笑みに見える。


「どうも………?」


それだけなら単なる祖父母スマイルの人だと思って特に気にしないのだが、さっきから行く店行く店でことごとくそんな顔をされる。

もっと言えば今市場を歩いている間にも、通行人が優しい笑みでこちらを見てくる。


「ジル、私なにか変かしら……?」


通行人の目線を辿れば、私の顔の辺りに行き着く。


「いや? カワイイよ。」


「そんな女子高生が友達の服に言う感想みたいなのは求めてないのよ。」


多少趣味じゃなくてもとりあえずカワイイって言うやつね。


「ほんとほんと。あ、着いたよ。」


そうこうしているうちにチョコレート店に着いたので不安はさて置き中に入る。

しかし楽しそうにニヤニヤしているのが引っかかるわね。


「いらっしゃいませ。」


こちらの店員のお姉さんも私を見るなりクスッと笑って平和な笑みを浮かべている。

なんなの、私が知らないだけで今日は笑顔促進デーとかそういうやつなわけ? 違うわよね?


「この箱に、ビターチョコレートを多めで………」


警戒しつつもクレイグのリクエストの品を注文し、詰めてもらうのを待つ間通行の邪魔にならないよう端に避ける。

お会計まで店内の商品を眺めていると、店主らしきおじさんが寄ってきた。喫茶店のマスターのような、痩せ型で落ち着いた雰囲気の人だ。


「かわいらしいお嬢さん、クマさんがお好きならこういったものもありますよ。」


身を屈めて私に目線を合わせた髭面の店主は手に持っていた物を手品のように私の目の前に差し出した。

セールスだろうかと考えていると、手にしたその物体────棒にクマの形のチョコレートが刺さったものを渡される。


「これはサービスです、今後ともご贔屓に。」


にっこり笑ったダンディな店主は颯爽と店の奥に戻って行く。

素敵な大人感出てるんだけど、なに? え、コレくれるの?


「ありがとうございます。」


「あ、ありがとうございます……」


ジルがお礼を言ったので慌てて自分もお礼を言う。嬉しいんだけど、何かおかしい。何て言った? クマが好きなら………?


嫌な予感がして慌てて頭に手をやると、もふぁりと嫌味なくらい手触りの良い異物が指先に触れる。

ジルを睨みつければ、クマ耳好きの悪魔は悪びれなくこちらを見ている。私が忘れているのを知ってわざと黙っていたな?


「これ、ずっとついてたの………?」


リース家を出る時も、馬車を降りる時も……なぜ誰も言わない?

自分の不始末を他人のせいにする気はないが、普通言わないか? 私がクマ耳をつけたまま帰宅する浮かれた野郎だと思うか?


「カワイイからいいかなって。」


「良くないわよ。」


テーマパークでもないのにこんなの頭に生やしてたら、そりゃ通行人に二度見されるわ。

思い出したらめちゃくちゃ恥ずかしい。これで何時間も買い物してたの? 黒歴史じゃない。


「あら、取ってしまわれるんですか?」


「カワイイのにね〜。」


いつの間にか商品を包み終え近くに来ていた店員のお姉さんとジルが、二人で「ねーっ」と同調している。恨めしい。


私は外したクマ耳を鞄に封印し、商品を受け取った。

恥ずかしいので次の来店は控えたい。しかしここのチョコレートは美味しい上に、ダンディな店主に「ご贔屓に」と言われたので来ざるを得ないのが辛いところだわ。



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