84 王子は代用される
「はぁ………。」
気温が下がり、天気の良い昼の陽射しが程よく心地よい、草原。
寝転がって昼寝でもしたら気持ち良さそうなそこで、俺様は木にもたれ掛かって一人ため息を吐いていた。
「セオ、そろそろ腹が減ったぞ。」
目の前の草原ではセオドアがひたすら何かの練習をしている。
運動に適した気候ではあるが、何時間も馬に跨って剣を振り回していて疲れないのだろうか。
現にヤツの馬は既にへばっていて、今アイツが乗っているのは俺様の愛馬だ。
俺よりも乗りこなしている感じがするのが腹立たしいな。
さて、聡い俺様はもう勘付いている。
今朝セオが遠乗りしようと誘ってきた時は二つ返事で了承したが、俺様はダシにされたのだ。
ヤツが馬でこの草原まで来て、夕方まで練習する為の口実に。
現に俺が「セオドアと遠乗りに出かける」と言えば、「セオドアを護衛にして遊びに行ってきます」という意味になる。
セオドアは年若くまだまだ護衛を任せられるような感じではないのだが、元々俺に付けられている護衛が途中まで随伴した後は、ここで待機しますとセオドアの他には護衛騎士も付けられず見送られた。
セオは俺が落馬したり怪我しない為のお目付役のような立ち位置である。
扱いが雑ではないか? 昔、俺様が若気の至りで「邪魔だ付いてくるな、付いてきたら縛り首にしてやる」とか言ってしまったからか?
というかセオドア、お前はむしろこれを狙っていたな? 俺がいってらっしゃいされるのを見越して誘ったな?
「セオ! 俺様は草原では寝転んだり微睡んだりしたいのだが!!」
お前のおかげで騎士団の訓練所に見学にでも来た気分だぞ。
「あぁ、殿下………そういえばいましたね。」
連れてきておいて忘れていたのか?!
「ずっと待っているんだが! もう先に食べるぞ!! お前の分も食う!」
「丁度いいところに………それ後で食べていいですから、ちょっとこっちに。」
セオが馬上から手招きをする。
なんかイヤな予感がするな………。
「な、なんだ。やらないぞ……」
セオドアは無言でこちらを見つめている。
最終的に空気に耐えられなくなり、手招くもとへ歩み寄った。
「……おい、なんだこれは。」
結果、俺様はセオドアの前、馬に乗せられている。
「……頭で前が見にくいな。殿下、もう少し小さくなれませんか?」
「俺様のサイズをそう易々と変えられると思うなよ。」
セオドアはそのまま俺の頭を上から抑えつけたり左右にずらしたりと好き勝手した挙句、不満そうに唸った。
「………一度、横乗りにしてみるか。」
そして別の乗り方を指示し、早くしろと言わんばかりに見てくる。
まるで出来の悪い弟子を見るようである。
仕方なく横乗りになると、視界については満足したようでいきなり馬を走らせ始めた。
「お、おい! ちょっと待て、何も掴むものがないのだが!!」
「手綱がある。」
「こんなもの掴んでもずり落ちるわ!」
なんとか抗議して馬を止めさせ、横乗りの状態で自力で踏ん張るのは無理な事、馬の首にしがみつくのも首が揺れるので難しい事を説明する。
「なら、俺の体に固定するのはどうだ。」
「いいかもしれんが、お前二人分支えられるのか?」
例えばセオドアの体に紐か何かで固定したとして、俺がバランスを崩せば道連れにセオドアも落ちるだろう。俺の体重がセオドアよりかなり軽いとか、セオドアの筋力が並外れていれば別だが。
「………それは今後要改善か。」
理解してくれて何よりだ。
「じゃあ今日は走らずに武器の感覚だけ掴みたいので、そのまま座っててください。」
「は?」
「まずは槍だな。」
意味の分かっていない俺を放置して、セオドアは槍を握りしめると試すように一振りした。
「いきなり顔の前で振るな!」
右を向いて座っている為、顔にすぐ近くから風圧を受け冷や汗が出た。
素人が二人乗りで槍を振り回すとは何を考えている……近いのでぶつかってもおかしくない。
「後ろは後ろで見えなくて怖いからな!」
逆の手に持ち替えたセオドアがまた振り出す前に先手を打って伝えると、「要望が多い」と溜息を吐かれた。俺は全く悪くないぞ。
「おい、セオドア。もう薄々分かってはいるが、一応聞くぞ。俺様は何の為にこんな危険に晒されているのだ?」
「分かっているなら黙って丸太代わりになっててください。」
ま、丸太……魔女の代わりですらないだと………
「丸太ならその辺のを用意すればよかろう!」
王子を使わずとも適当な木を切れば手に入るぞ。
「用意するのが手間なので……それに人型の方が都合も良いし感想を聞ける。」
「お前のその立っているものは俺様でも使うというスタンスを隠さない不敬さにはある種の尊敬を覚えるな。」
「光栄です殿下。」
「褒めてないからな。」
要するに魔女を前に乗せたいがちゃんとできるか不安なので予行練習をし、感想を聞いて悪い点など改善してから本番に臨もうという腹だな。
「しかしいくら魔女といえど、女の顔の周りで槍を振り回すのはどうなのだ?」
俺様が親切にも意見を述べてやると、首筋にヒヤリと冷たくて硬いものが当たった。
「───何故俺が魔女殿を乗せる練習をしているとわかった。」
「何で急に脅すんだ! さっきは分かっていると言っても冷静だっただろう!!」
馬上で護衛が首を狙ってくるのは反則だろう……誰か見ていたら王子への暴行の現行犯だぞ!
「……レオのことだ、分かったつもりになってるだけでどうせ当たらないと思って。」
「お前が狂ったように同じ訓練をしてる時は大抵魔女絡みだろうが! 俺様にはお見通しなのだからさっさとその凶器を退けろ!」
「これはただの袖の金具です。」
「紛らわしいわ!!」
あの口ぶりに首筋の何かは普通、動けば殺す的な何かかと思うだろう。
わざとだな? わざとからかっているな?
わざわざ金具なぞ当ててきおって………。
恨みがましい目で見つめるも、セオドアは少しも意に介することなく話を続ける。
「乗り心地悪いですか?」
「まぁそれはな、べらぼうに悪い。」
正直に告げると、セオはしばらく黙る。
沈黙の間、馬が同意するように嘶いた。
「そもそも何故馬に乗せるのだ。」
コイツが物語のようにただ女を前に乗せて草原を駆けたいだとか散歩したいなどと考えているとは思えん。武器を振り回す練習もしていたし……全体的に解せんな。
「………魔女殿が邪竜討伐の際、魔狼に乗っていたことは話しましたよね。」
「あぁ。」
「俺が魔狼に勝てるのは安定性しかないと思うんです。」
「あぁ………あぁ?」
いつから魔狼と張り合う話になった?
「お前魔女の乗り物になりたいのか……?」
特殊な嗜好だなと思いつつ疑問を投げかける。
するとセオドアが色々と語り始めた。
一度馬から下りて話を聞くことにする。
邪竜討伐で、魔狼は機動力を担い攻撃の回避も速さも申し分なかった。ただしっかり掴まっていないと振り落とされるので、乗り手は片手が塞がる状態になる。
実際魔女は手を離してしまい落ちたようで、セオドアはそこに改善の余地があると考えたらしい。
「馬なら本人が掴まらずとも二人乗りでお前が後ろから固定できるということか。」
「そうです。落下の危険が減る上、両手が空くから攻撃に集中できる。」
「それならどうしてさっきは初めから俺を固定しておかなかったのだ?」
危うく落下するところだったが。
落ちかけた後にさも今しがた思いついたかのように固定するのはどうだとか言っていたが。
「あれは殿下の反応を見たくて。」
「俺様で遊ぶな。」
「でも殿下の意見参考になりましたよ。」
「そ、そうか……?」
それはな、俺様は建設的な意見を出せる男だからな、当然だな。ふはは。
「魔女殿は馬から落ちても死にそうな人なので、実現するにはもっと殿下で練習してからでないと。」
「俺様も馬から落ちたら場合によっては死ぬからな?」
「ははは。」
「何も面白いことは言っておらんぞ。」
しかし魔女とは何なのか………。
邪竜討伐に参加するくらいなのに死にやすいのか?
「魔女がか弱いのか凶暴なのか分からんな。」
「例えるなら、毒ガスを噴出する上に触ったら手がズタズタになるガラス細工みたいな感じだ。」
「お前は無機物でしか例えられんのか………」
というか、好きな奴を例える表現じゃないな?
本当に好きなのか?
「先日家に来た時に、やはり魔女殿は受け身や回避が出来ないということが判明して………それを教えるより、いっそ防御面は全て周りでカバーして攻撃力だけ上げていくのも有りかなと。」
「なに………?」
「あの人は興味のないことは教えても上達しそうにないんだ。」
「なるほど得意を伸ばす方針………じゃなくて。俺様が引っかかっているのはそこではない。家に来たと言ったか?」
セオドアは毎度のこと、何食わぬ顔で頷く。
「はい。親父の招待で。」
「なぜ言わない!!! 俺様も見たかったのに!!!!」
「うちにはセシルがいますよ。」
「ぐっ………! そ、それは……!」
あいつと顔を合わせるのは………俺様の消したい過去が蘇る上に、向こうから積極的に揶揄って来そうなので出来れば避けたい。
しかし魔女の顔は見たかった………!
「まぁ終わったことですから。そのうちチャンスがありますよ。」
「お前、次のチャンスがあっても教える気ないだろう。」
「殿下最近冴えてますね。」
「お前は最近楽しそうだな。」
俺様に全く遠慮しない物言いでよく喋る。
俺様に全く全然さっぱり遠慮しない物言いで。
じっと見ているとセオドアは微かに笑った。
「………そうですね。」
だからそのイケメンスマイルはやめろ。爽やかな風を感じさせるんじゃない。
…まぁこいつがこんな風に話せる相手は俺だけだからな、仕方ないな。俺様の包容力に感謝するがいい。
「とりあえず食事にするぞ。」
話が丁度途切れたのでセオを荷物が置いてある方へ促す。
本当に腹が限界まで減ってきた。セオドアはしこたま運動してるくせに全く腹が空いた様子を見せないのだが……本当に同じ人間か?
「俺はまだ他の武器を試しておくので、一人で食べててください。」
「何が悲しくてわざわざこんなところまで来て一人で食べねばならんのだ。お前も一緒に食え。」
嫌そうなセオドアを無理矢理座らせるが、やはり嫌そうである。
「お前実は何も考えず練習してるだろう。少しは食べて脳に栄養を回すべきだぞ。」
「はぁ………」
座らせたセオドアに持ってきた茶を渡す。
当たり前のように俺様が世話をしているが、おかしいな? 別に構わんが。
「全知全能たる俺様から一つありがたい言葉を授けてやろう。本末転倒、………お前のためにある言葉だ。」
「……というと。」
「魔女が攻撃に集中できるようにと言いながらお前が攻撃力を付けようとするのは矛盾していないか? お前が槍なんぞ振ったらかえって邪魔だろう。」
むしろなぜ初めに槍を振り回そうと思ったのか。
「まぁ、それは………」
「このままでは魔女どころか俺様もお前の馬には乗りたくないし、そもそも安定させるだけなら魔女を魔狼に括り付ければ済むのではないか。」
地獄の落馬訓練に付き合わされては堪らんのでハッキリ言うと、セオドアは目を瞠りしばしの間固まった。
俺の的確な指摘にぐうの音も出ないか、そうかそうか。
「殿下………珍しくまともなことを…悪いものでも食べましたか?」
「俺様はお前と違っていつもまともだ。」
失礼な。
「……城の料理に変なものが出ることはまずないし……ハッ、もしや、俺が見てない間にその辺の野草を口に………?」
ハッ、じゃない。突っ込まんぞ。俺様はもうその程度の戯言では心乱さんぞ。
決意を固く、無視して話を続ける。
「魔狼よりお前に括り付けられた方がいいと思わせるメリットが必要だ。身体能力は向こうが上だろう?」
「瞬発力と敏速性は劣る。」
だろうな、馬と人間が敵うわけない。
邪竜討伐の話を聞いた感じでは、魔狼自体が近接戦ができる、速い、意思疎通できる………
「お前の入る余地はないのではないか?」
「それを考えるのがレオの仕事だろう。」
「違うわ。勝手に俺様を変な役職につけるんじゃない。」
セオドアはこう、楽しそうであればあるほど無礼な気がするな。
「まぁ、魔狼に勝てるところはこれからゆっくり探していけばいいんじゃないか。どうせお前が魔女を乗せて魔物退治やらする機会なんて全然来ないだろうし。」
「そうだな。ひとまず乗馬から練習して、他は思いつき次第取り入れていく。」
そうしろと頷いていると、ようやく満足した様子のセオドアが茶を一口飲んでから僅かに笑う。
「────今日はレオがいて良かった。」
なんだ、その、むず痒いな。居心地は良いが落ち着かない感じがする。
「ふふん、この俺様の至言が炸裂したからな。当然だ。」
「えらいえらい。そうと決まれば、これから暇な日は毎日一緒に練習ですね。」
「………ん?」
こうして俺は、城での行事や授業などがない数少ない休息日を何故か把握していて狙って迎えに来るセオドアに、折々連れ回される羽目になった。




