83 妹は問答する
今回クエスチョンマークいっぱい使いました。
「あれ、おにーさま。どこいくの。」
朝、庭に花の様子を見に行くと、馬を出しているおにーさまが見えた。
珍しい。
「遠乗りだ。」
「一人で?」
そういや上のおにーさまが出て行く少し前、騎乗して剣を振る練習をやりかけて苦戦して、そもそも馬を完璧に乗りこなせてないとか言ってよく一人で馬に乗って出かけてたっけ。
結局上のおにーさまが家を出てやめちゃったけど。
「………殿下の付き添いだ。」
「あっそ。」
なーんだ、練習再開かと思ったのに。
おにーさまは進行方向に向き直ると、静かに馬を引いていった。ほんとに気配うっすいな。
知らない間にそこにいるからびっくりするんだよね。
「そーいやおにーさまさぁ、一昨日何でミスティアの部屋にいたの?」
訊ねると、振り返ったおにーさまは虚空を見つめたまま固まっている。
「親父に頼まれたので見張っていた。」
「そんなのいつ頼まれてたっけ?」
おとーさまが、ねぇ。
まぁボクにはおとーさま語はまだ理解出来ないけど、この兄はおとーさまが何を言いたいかある程度分かるみたいだし、無言で頼まれたーとかあり得ないことを言われても嘘とは言えない。
「夕食後だ。」
「それって、おかーさまが部屋までエスコートしてね~って言ってたときじゃないの?」
おにーさまが頷く。
いや、おにーさまその時エスコートすら放棄して自分だけさっさと部屋に戻ったよね?
ボク的にはどーでも良かったから何も言わなかったけど………。
「なんで夜中だけ見張ってんの?」
「親父の大事な客人だ。万が一慣れない部屋で一人で怪我でもしたら困る。」
いや部屋で怪我するってどんだけどんくさいの。おにーさまはミスティアのこと幼児か何かと勘違いしてない?
「あとは睡眠中の警備だな。」
「王族か。」
王子様でも部屋の中にまで騎士置いてないでしょ。
「現にお前のような不審者も侵入したし……」
「ボク身内だし自分の家なんだけど?!」
どこが不審者なんだか。
どっちかって言うと不審者はおにーさま!!
「………自覚がないのか……」
「なにその目は。」
哀れむような目で見てくるの無礼千万って感じなんだけど。意味わかんない。
「────ん? 警備ってことは、あの後も一晩中いたわけ?」
「そうなるな。」
げーっ、気色悪っ。
こんなんに見張られててミスティアもよく寝てられるな。
「ずっと突っ立ってたの? 一睡もせず?」
「……親父に頼まれた。」
「おとーさまに頼まれたら何でもすんの?」
任務に忠実すぎない?
もうちょっと頼まれごとに疑問持った方がいーよ。
「別に寝てる間くらい目ぇ離しても大丈夫でしょ。ずっと住んでて刺客に襲われたこととかもないし。」
騎士団長の屋敷に襲撃に来る命知らずもそういないし、部屋に見張りを立てないと安心して寝れないようなそんな家ボクも住みたくない。
「夜中に目が覚めることもあるだろう。暗いので危険だ。」
「まぁね。」
確かにお手洗いに行ったときとか、階段も長いし、一人で慣れてないと危ないよね。
………おにーさまそんな気遣いできたんだ?
「魔女殿が暗い廊下で転んだりしたら大変だろう。実際、突然出てきたお前を見て後ろに転びかけた。」
「え、あのとき居たの?」
「魔女殿の後ろにずっと居たが。」
こっわ………それボクよりヤバいじゃん。
「灯りなかったけど………。」
あのときミスティアの後ろは暗がりになっていたはず。後ろにいたなら、持ってるランプの光が見えるし何ならおにーさまも照らし出されてるはずだけど、何もなかったよね?
「ランプを持っていたら魔女殿が気付いて気にするだろう。俺は家の中なら灯りが無くても問題ないし、魔女殿が光っているから大丈夫だ。」
「は? 光ってる……?」
そんな発光生物みたいな。
「全体的に白っぽいだろう。」
あー、光を反射しやすい的な。
そういう意味ではミスティアこそ幽霊みたいだよね。服も白だったし。
夜中に現れる白い影………
幽霊怖がってた本人の方が幽霊っぽいとは。
そーいや帰る前に言ってたボクのせいにされかけたヤツ、あの痴漢紛いの霊的なやつ。あれ目の前に立ってるこの人じゃない?
「……まさか、洗面台の後ろに立ってたのっておにーさま?」
やっぱり頷いている。
「ミスティアに霊だと思われてるよ。」
「そうなのか。」
「護衛にしても、そういうとこまで付いて行くのはどうかと思うよ。」
しかも本人知らないし許可ないし。
「見ていただけだ。」
本人に気付かれないように暗闇の中からずっと見てましたって?
「それストーカーじゃない?」
「お前に言われたくない。」
「はぁ? ボクのどこにストーカーの要素があるって?」
される側ってなら分かるけど。と、ボクの容姿をまざまざと見せつけるが、おにーさまは怪訝そうに目を若干細めただけでコメントしない。
「隠し通路を使って魔女殿を追い回していただろう。」
あっ、バレてる。
「俺も前に部屋で視線を感じたが、あれもお前だな。」
「え~、どうかな~?」
視線感じたとか、おとーさまみたいなこと言い出したんですけどこの人。
いつの間にそんな技を………実は知らない間に訓練してたりする…?
「使用人からも苦情が出ているぞ。」
あ、やばい。このままだとお説教が始まる。
話変えとこ。
「てゆーか、ミスティアだけど、おにーさまが護衛しなくても魔女なんだしなんとかなるって。ボクもちょっとはしゃいだらビビっとやられて脅されたし………」
魔女っていうか、凶暴な野生動物みたいなとこあるよね。
あれめちゃくちゃ痛かった。
「しかし本体の防御力がほぼない。」
「は?」
なんか言い出した………
本体ってそんな物みたいな言い方して。
「…魔女の力的なこと詳しいの?」
あの実は口の軽いおとーさまでも魔法の内容とかまでは話してなかったような………特別に聞いたとか? ボク教えてもらってないのに。
「………………いや?」
なんなの今の間は。
「おにーさま、今日なんか変じゃない?」
まぁいつも変なんだけど、なんか気持ち悪いと思ったら今日のおにーさまよく喋るんだよね。
普段はこう、こっちが5喋っても1しか返ってこないというか、何話してもほぼ一言しか返事がないから話がそこで終わる。
なのにミスティアの話だけ会話が続いている。
「いつも通りだ。」
このキリッとしてそうに見えてただボヤ~っとしてるだけの顔は読めない。
この唐変木な兄でも女の子に興味あったり………想像つかないけど。
「もしかして、おにーさまミスティアのこと気になってたりするぅ? ミスティアかわいいし。」
一応反応を見ようとからかってみると、首を傾げて不可解を顔全体で表現したような表情をされた。
「魔女殿がかわいい……?」
「いきなり言語が通じない人になるのやめてくれない?」
言葉の意味がわからないといった様子で頭をひねっている。
全く一切かわいいと思ったことなさそうだね。
つまんないな。
「もういーや、行っていーよ。」
天然変人おにーさまと話すの疲れる。
感性合わなさそうだし。兄弟でも趣味って合わないもんだね。
手で追い払う仕草をすると、それを見たおにーさまが無言のままくるりと翻る。その拍子にビリっと音がしておにーさまの背負っていた袋が破れた。
「うわっ。」
破けた箇所からガラガラと中に入っていた金属が零れ落ち、最後にゴトンと重そうな音がして盾が着地する。
当の本人はさして驚いた様子も見せず、中身が全て抜け落ちた袋を肩から外して事態を理解したようだった。
「なにこれ。」
「………………。」
落ちたもの────いくつかの武器類や盾を拾い集めているおにーさまの近くに行き、足元に転がる金属棒を拾う。
「ねぇ、なにこれって。」
「……組み立て式の槍だ。」
よく見ると同じような太さの棒がいくつかある。他にも長物は袋に入るように分解できるものを選んだようで、その部品も転がっていた。
こんなに入れてたらそりゃ破れるでしょ。
「何すんの? 遠乗りじゃないよね。」
もしかして、武器の練習? 剣は控えてるけど他に何か始めんの? その割に剣も持ってるけど………。
「別に、馬に乗って振り回すだけだ。」
どういうこと? 想像したら怖いんですけど。
騎乗して、武器を振り回す……遊び?
「弓とかあるけど………これ絶対乗りながら引けないでしょ。」
「やればできるかもしれない。」
いや、確かにそういう民族いるけど、めちゃくちゃ訓練しないと無理じゃない?
この人何目指してんの?
「───セシル、お前は両手に武器を持って馬に乗ったことはあるか?」
「ないよ。」
あるわけないでしょ。馬鹿じゃないの。
アホみたいな話だけど、この兄は大真面目らしい。やっぱり大道芸人あたり目指しているのだろうか。
「馬に大砲を積載し、それを支えながら持つにはどの武器が適していると思う。」
「ちょいちょいちょい、なにそれどーいう事態を想定してんの?」
馬に大砲が積めてたまるか。
やっぱり上のおにーさまが逃げたショックで頭でもやられたかな……。
「………別に、まぁいい。」
ボクは全然良くないけど、明らかに説明がめんどくさくなった様子のおにーさまは拾い終えた武器類をいくつか紐で束ね、残りを抱えると立ち上がった。
「………あのさ、曲芸でもすんの?」
「そんなようなものだ。」
嘘でしょ………騎士やめて旅芸人になるとか言わないだろうな。
うちから奇人変人が輩出されてしまう。
「芸人になりたいから家出るとか言わないよね?」
「安心しろ、これは………趣味?…だ。」
趣味………? 馬に無茶させて騎馬民族ごっこか何かするのが……?
おかしいけど考えても仕方ないか。おにーさまは不可解な行動が多いし。
一応、趣味と言うだけあって若干生き生きとしてる気はする。元気は増してるかも。
「………ま、家出ないならいっか。いってらっしゃーい……」
思考するのは諦めて、それ以外は全く安心できない様子の兄を見送った。




