08 説教される
結論から言うと、ジルベールの作った料理はめちゃくちゃ美味しかった。
部屋の片付けが終わった後すぐにその辺で野鳥を捕まえて来ると、町で買ってあった調味料を使ってチキンとあとスープまで作ってくれた。
最初、私が食べる様をニヤニヤと見つめているので鬱陶しいと文句を言ったら、きちんと視線を外してくれた。物分かりのいい悪魔である。
「へ~、じゃあ戻る気はないんだ。」
で、私はと言うと食べながらついついこの悪魔に今までのことをいろいろ話してしまっていた。
だってこの悪魔話しやすいのよ…
あまりにも会話が弾むものだからサイコ兄貴のことまで全部喋ってしまった。前世とかゲームとかは流石に言ってないけど。
我に帰った私は何か口が軽くなる魔術でもかけてないか聞いたが、かけてないとのこと。で、嘘だぁ~と言ったら、そんな意味ない嘘はつかないよと言われた。意味のある嘘ならつくんだろうな。
「そう。だから、しばらくここで暮らそうと思って。」
この家冬は暖房設備ないと死ぬんじゃないかなとかお金稼がないといずれ尽きるなとか考えるのは面倒なので一旦保留にしている。
前世知識をフル活用する系主人公なら何か売れる商品を作ったりするんだろうけど、生憎私はゲームの主人公ポジションにねじ込まれた一般人なのでそんな気力も専門知識も才能もない。
「で、僕は合格?」
「合格。」
そわそわ聞いてくるジルベールに合格通知をすると嬉しそうな顔をして尻尾をフリフリしている。犬みたいだわ…
そうしてスープの残りを飲みながらふよふよ揺れる尻尾を観察している時だった。
バン!とすごい音がして、開いたドアが外の壁にぶつかった。驚いてそちらを見ると血相を変えたザッハが飛び込んで来たところだった。
毛皮で実際の顔色はわからないんだけどね。
《…ソレから離れなさい。》
そう言ってこちらに近付くと、ジルベールを睨みつけて唸るように皺を深める。
もしかしなくてもすごく怒ってる……というか警戒してる? やっぱり悪魔はまずかったかしら…
「この狼が“ザッハ”?」
ジルベールは、触ればその手を食い千切りそうな雰囲気のザッハを見て、それに怯んだ様子もなく聞いてくる。
《名前を教えたのか?》
ザッハが今度は私を睨む。
や、やばいこっちにきた!
「あ、あの、教えたらまずかった…?」
そういえば前世のファンタジーでは真名を知られたらまずいとかあったような……
この世界も乙女ゲームだし…
《コレはどこから来た?》
そう問われて思い出した。この世界では悪魔の存在は一般的という訳ではなかったんだった。
魔物の召喚ですら聞かないくらいだものね。
この様子だとザッハは単に不審人物に警戒してるだけみたいね…私の魔力も感知してたし、ジルベールがヤバい魔力でも放っているのかもしれない。悪魔だし。
うまくすれば私が召喚したことは言わずに済むかも………
「魔法陣で呼ばれたんだ。」
「え?!」
こ、この悪魔言いおった……!
《魔法陣…?》
「そう。それで今さっきここで家事をすることに決まった。」
え、料理だけじゃなくて他もやってくれるの────じゃなくて!!
まずい、まずいわ……今さら言い訳したり誤魔化しても余計に駄目な気がする…
冷や汗をかきながらジルベールに目を向けると、焦る私を楽しそうに眺めている。悪魔め!!
《お前、コレを召喚したのか?》
「……………したわ。」
その後、召喚の経緯を聞いてから寝室の魔法陣を確認したザッハは溜息を吐いて戻ってきた。
その間私達はザッハの絨毯の上で正座させられていた。
そこに座りなさい、と昭和の親父のように指されたので、正座しろと言われた訳ではないのに自然と正座していた。何故かジルベールまで真似して正座している。
床ではなく絨毯の上だったところにザッハの優しさが垣間見える。
《全く…問題を起こさないようにと言っただろう。》
呆れたように言われる。
ごもっともだわ……
《凶暴な魔獣でも出てきたら一人で対処出来たのか?》
「…いえ。ごめんなさい。」
ジルが出てきた時もよそ見していたし、モノによっては一発お陀仏だった可能性もある。
《そもそも私はコレが無害とも思っていないが。》
そう言ってチラリとジルを見たので、私も釣られて視線を向けた。
当の本人は正座しながら何故か私の方を見ていて、目が合うと慌てて前を向いた。お説教タイムというのによそ見とは良い度胸だわ。まぁ怒られているのはジルじゃなくて私なんだけどね。
前世風に言えば、勝手に犬を拾ってきて親に怒られるみたいな状況かしら…
「…ジルは危険だけどちょっと変わっているから大丈夫よ。話も通じるし。」
ザッハが、悪魔相手に何言ってんだコイツは…みたいな顔をしている。
《得体の知れないモノに気を許すのは感心しないね。》
確かにこの世界には悪魔がどういうものか正確な伝承は無いし、習性や撃退法がわからない。
いきなり喰われたり殺されたり身体を乗っ取られたりとかする可能性もある。
話した感じは上手くやっていけそうかな、と思ったんだけど……私は危機意識が足りないのかしら。
なんて考えていたらジルが口を開いた。
「今までの経緯を聞いたけど、君も十分得体が知れないよね?」
「ちょっとジル?!」
いきなり喧嘩腰なので驚いた。
でも確かにザッハも魔物だし…
そもそもザッハもジルもゲームには一切登場してない。それなのに狼とか悪魔とかこんなにキャラ立ててくるモブとか本当得体が知れない…
出てないからモブですらないか。
「魔物に拐われたとは考えなかったの?」
「ザッハは助けてくれたのよ、自分の意思で付いてきたし…」
ザッハとジルに2方向からジッと見られて居心地が悪い。
「嘘を吐いて上手いこと乗せられてるかもしれないよ。」
《それこそコレにも言えることだ。》
二人の間にピリピリした空気が流れる。
どちらも人ではないけど…
「──私に警戒心が足りないのはわかったわ。でも、二人のことは信用したいと思ってる。」
二人とも会ってから時間は経ってないけど、一緒にいて割と楽しいし清潔そうなのも高評価。
この状況も私を心配してのことだろうし……多分。
何より私一人では生きていけない。寂しいとか以前に生活能力が底辺なので死んでしまう。
「それに害になると思ったら思い切り雷を撃ち込むことにするわ。二人の耐久性は分からないけどダメージにはなるでしょう。」
どっちも強そうだけど。全然効かなかったらもう仕方ないわ。
「なんか信用されてる気がしないな~。」
「信用してる、じゃなくて信用したいって言ったでしょ。普通にしてたら撃たないわよ。」
私は人の良さそうな奴よりもこういう油断ならない変な奴の方が好きだ。気を遣わなくていいし。
私も性格が悪いから良い人すぎる良い人は苦手なのよね。
《────わかった。今回はもういい。今後は変なモノを召喚してはいけないよ。》
「…………はい。」
「そうそう。他に悪魔がいるか分からないけど、僕みたいに家庭的なヤツが召喚できるなんてそうそう無いからね。やめた方がいいよ。」
ジル…いつから私を諌める側に回ったのか。
半目で見ると機嫌良さそうにしている。この悪魔はよく睨むとニコニコするけどマゾヒストの気でもあるのかしら。
《疲れた。私は水浴びをしてくる。》
ジルを観察していると、そう言ってザッハが出て行った。それと同時に緊張が解ける。
足が痺れた……
「僕も食器の片付けしてくる。」
立ち上がったジルの方は足が痺れた様子もない。そのままになっていた食器を纏めると、痺れて座り込んでいる私を置いて水場に向かった。
皿洗いもやってくれるのね…
◇
魔狼が身体を震わせて飛沫を飛ばすと、ちょうど悪魔が近づいてきたところだった。
「今はいいけど冬は冷たくない?」
水を汲みながら話し掛けると魔狼は水から出たところで振り返った。
《あの娘に手を出したら承知しないよ。》
ジルベールは、手を出す…と繰り返して一瞬固まった後、桶を置いて魔狼に近付いた。
「君にとって、あの子って何?」
《………娘のようなものだ。》
ザッハは躊躇ったものの渋々といった感じで返した。
「危害を加えたりしないよ。」
そう言って深紅の瞳を細めると悪魔は手を差し出した。
「宜しく、ザッハさん。」
《お手はしない主義なのでね。》
悪魔の手を文字通り鼻であしらうと、魔狼は水場を後にした。




