80 妹は奮闘する
「もう、ミスティアのえっち♡」
ドロワーズをずり下ろしたまま固まっているミスティアの手を除け、ひとまず脱がされたそれを履き直す。
「セシル、あなた、男……なの。」
「まあね。バッチリ見たくせにィ〜。」
人差し指で頰を突くとすっごい嫌そうな顔をされた。
まさか男かどうか質問するより前に目で見て確認されるとは。躊躇なさ過ぎて予測回避できなかったよね。
いやぁ〜、ボクも昔、好きな子にはイタズラしちゃうような年頃が集まった時なんかは茶会でスカート捲られたことはあるけど、こんなに手際の良いスカート捲りは初体験かな。
「別に女装が趣味って訳じゃないよ。かわいいものがすきなだけ。だからミスティアもすきだよ。」
「ひっ────」
顔の輪郭をなぞると、びくりと身体が強張る。
ふっふふ、さっきからみょーに怖がられてるのは心外だけど────怯える顔もなかなかアリだな。普段の冷酷顔とギャップがあってかわいい。ボクの手の中で震えているのも収まりがいいし。
はーもう、あれもこれも着せてみたい。興奮してきた……鼻血出そう。
鼻血とかかわいくないから気合いで止めるけど。
「かわいいから女の服を着てるの……?」
「そ、別に自分が着なくてもいいんだけど、結局ボクが着るのが一番似合っててかわいいからさぁ………でもこれからはミスティアもいるから♡」
かわいいものが見たいだけなんだよね。世界一かわいいのがボクだったから仕方ないね。
その世界一かわいいボクに匹敵する、しかも系統違いのミスティアをみすみす逃す訳にはいかない。なんか逃げようとしてるけど、絶対着せる。今日着せる。
てゆーかミスティア見てたらもう一着では満足出来ない気がしてきた。おとーさまが呼びにくる前に可能な限り着せよう、そうしよう。善は急げ。
「か弱い女の子、じゃない……?」
服を脱ぎ脱ぎさせていると、ミスティアが呟いた。あ、男に着脱されるのダメ? かわいいから問題なくない?
「うーん、繊細でかわいいけど、女の子ではないかな。」
正直に答えつつミスティアを見れば、すごく獰猛な笑みでボクを見ていた。
まさしく獲物を見つけた猛獣みたいな………
「あ、あれ? ミスティア?」
なんかまずい気配がする。
両手首を掴まれた。ミスティアの腕力で動かせる筈がないのに。
「男なら正当防衛が通りやすい………はずよね!」
そしてそのまま嬉しそうに手のひらに黒い光を纏わせ、ボクの手首を弾いた。
「いったぁあ!!」
弾けるような衝撃の後、手首が熱を持ったようにジンジンする。
「な、なにすんの!?」
「大丈夫、外傷はないわ。」
「それはありがたいけど、すごい悪意の塊みたいな攻撃だよね!」
証拠が残らないしね!
「変態に情けは無用よ。」
「変態じゃないから!」
「変態はみんなそう言うものよ。」
こんなにかわいい人間に向かって酷くない?!
おとーさまやおにーさまたちと違って普通なのに!
「近づいたらまた攻撃するから、来ないでちょうだい。」
あの痛いのは嫌だな………。
でもこれで引き下がる訳にはいかない。痛いだけなら我慢できる。かわいいは我慢、忍耐が必須だ。理想の為なら、ボクならできる……!
「お願いお願い、着るだけでいーから!」
「ひっ、抱きつかないで!」
部屋を出ようとするミスティアに飛びついて、お願い攻撃に移行する。
電撃を流されたがなんとか喰らい付き、泣き落としを実行する。家族以外で、ボクのこの上目遣いうるうるアイで落ちなかった人間はいない………!
「髪の毛弄らせてくれたり、かわいードレス姿で隣に並んでくれるだけでいーからぁ!」
「それで済む顔してないわよ?!」
毛虫でも見るような表情でこっちを見るミスティアと、バタバタともつれ合いながら二人して再びベッドになだれる。
「ふぇへへ、ツインテールにしてやる………」
髪に手を伸ばしたところで、ふと視線を感じて窓に目をやると、ギンギンと血走った眼がこちらを見ていた。
「ひぇっ────!」
限界まで見開いたその白目には脈打つように網目状に赤く血管が通い、さらに赤い中央の瞳へと収束している。
窓に貼り付く擦れ擦れまで顔を近づけ、艶やかな黒髪の間からその赤を覗かせたソレは、視線の先はこちらに固定したまま手元だけゴソゴソと動かしていた。
「………っ、待っ、」
よく見るとその手は窓から突き出してこちら側にある。割った窓から手を入れて窓の鍵を開けていた。空き巣、強盗の手口だ。
「待って待って、そこ人形あるから!!」
魔物のようなそいつの次に視界に入ったコレクションに、硬直していた頭が瞬時に回転する。このまま窓から入られたら薙ぎ倒されたり壊される。目が血走ってるし乱雑にされる確率が高い。
異常な侵入者が窓を開ける前に、慌てて出窓に飾ってあるドール達を回収に向かう。
「何してるの?」
間一髪、ドールを避難させ出窓に上体を預けたままのボクを見下ろしながら、窓を開けた赤い目の男───ジルベールが地を這うような声音で言った。
「いやいやいや、こっちが聞きたい! 人の部屋の窓壊して何してんの?!」
え、てかここ三階だよね?!
どういうこと?!
「窓とかどうでもいいでしょ。」
ジルベールはボクの疑問を無視して完全に部屋に入ると、目の前のボクの頭を思い切り鷲掴みにした。
視界が手で塞がり、こめかみの辺りがぎしぎし鳴る。
「魔女様に何てもの見せてくれてんの?」
「あーーッ!! 痛い痛い痛い!!!」
そのまま顔を掴む手に力を込め、締めながら上に持ち上げる。
つま先が地面から離れた。
「やめ、離してって! ボクの顔繊細なんだから!!」
昨日の茶会で柔らかな物腰で刺繍の話に花を咲かせていた奴と同一人物とはとても思えない、筋肉バカみたいな技を繰り出してくるジルベールに抗議の声を上げる。
「ちょっとミスティアで着せ替えしようとしただけでしょ?! なんでそんな怒ってんの?!」
「は? 魔女様にあんなもの見せつけておいて………変態。」
もしかしてさっきのアレ?!
人を露出魔みたいに言うけど、逆だからね? 被害者だから! 理不尽!!
「見せてない! 捲ったのミスティアでしょ?! ボク被害者!!」
ジルベールの手を掴んでじたばた足掻いていると、しばし無言の時間があってのち、ミスティアの気まずそうな声が言った。
「……………まぁ…出したのは私、だけど?」
「ほらぁ!! 出したのミスティア!」
なんか見られた上にシメられてる圧倒的被害者のボク可哀想すぎない?
「露出され魔とかって可能性は?」
「なくはないわね。」
「ない! ないよ!!」
そんな普通に生きてたら滅多になさそうなチャンスを待ってる系の変態そうそういないよ!
「むぅ………」
ジルベールの唸るような声が聞こえた後、頭部をホールドしていた手が離れベッドの上に投げ出された。
「ふぎゃっ!」
「───で、それじゃどういう了見でうちの魔女様に覆いかぶさってたわけ?」
顔の無事を点検しているボクを、腕を組んで見下ろすジルベールの不機嫌そうな赤眼が射抜く。
もうほんと勘弁してよね……柔肌が傷ついたらどうしてくれる。
「だーかーらぁ、そこのミルクティー色のブラウスとか着せたかっただけだって。」
「それだけ?」
二人ともやたら目つき鋭くない?
怖いんですけど。
「………あわよくば他にもあと6着くらい…」
少し過小報告しつつ様子を見る。
するとミスティアがボクをまじまじ見ながら一歩前に出た。
「顔を剥いで付け替えたり、体のパーツを奪って女になりたいとかではなく?」
すっごい物騒なこと呟いてるけど、ボクのイメージどうなってんの?
「こんなかわいい人間がそんなかわいくないことするわけないでしょ。」
「そうかしら。ほら、洋館で少女人形が次々と人間を襲う………! みたいな。」
「あるある。映画でありそう。」
「で、結構グロいのよね。さっきなんてコレクションにするとか言うから、猟奇ホラーなのかと思ったわ。」
「内臓とか出たりね、あるある。」
いやそれどこの世界のあるある話?
「ほんとに服着せるだけだってば。」
「嘘でしょ………あの表情で?」
どういう意味かな。
「すごく気持ち悪い顔してたわよ。変態に剥製にされるかと思ってすごく怖かったわ。」
ミスティアの発想の方が怖いよ?
てか今ボクの顔気持ち悪いとか言った? 最悪の侮辱なんですけど。ただ該当してなさ過ぎて別に腹は立たない。
「確かに、さっきも気持ち悪い顔してたね。具体的に言うと、気に入った人間を監禁して飼うタイプの変態の顔だった。」
「そうそれ!」
それ! じゃないよ。
ボクに悪いところがないからって、適当に当て嵌まらない悪口言って〜………
「そりゃボクの部屋にずっと居てくれたら嬉しいけどさぁ、さすがに無理って分かってるから。良識あるからね。」
すごい疑いの目で見られてる。
良識〜の辺りで同時に眉にしわ寄せるのやめてほしいな。二人とも表情似てるね?
「そもそも何着も着せたら迷惑だろうなって考えたからこそ、昨日からずっと隠し通路からミスティアのこと観察して、厳選に厳選を重ねて………」
そこまで言ったところで、ミスティアが乱雑に腕を掴んできた。
「ちょっとその辺詳しく聞かせてもらおうかしら。」
あっれ〜?
言葉の選択ミスったかな?




