79 包囲される
「サイズはボクのだけど、ざっと測った感じいけると思うんだよね〜。」
私は340度人形に囲まれていた。残りの20度は扉である。
人形まみれのこの部屋、人形で着せ替えごっこをすると思って入ったら私が人形だった。
何を言っているかわからないと思うが私もわからないし、混乱している隙に服を脱がすのはやめろ。
「何をしているの。」
襟元のリボンに手をかけているセシルの手首を掴むと、重力で垂れ下がった横髪が揺れ、私を見下ろす瞳がパチパチと二度瞬いた。
「………ダメ?」
「なぜ良いと思ったの?」
「あ〜、元が良いと蔑み顔ですらかわいい……むしろそれがいい………」
ゼノリアスと違って、人間と人間から生まれた純人間、由緒正しい人間のはずなのに人語が通じない。私の言語機能が悪いのか?
アイドル顔なのに変態の台詞を吐いているように聞こえる。
セシルは艶然とした笑みを浮かべつつリボンから手を離すと、私の頰に右手を添えた。ゆっくりと撫でるように上に移動し、そのまま髪をかきあげて進む。
なにかしら。この種類の悪寒、前にも感じたことがある気がするわ。
「耳たぶもかわいいね………♡」
二本の指で耳たぶを挟み弄び、うっとりとした様子で目を細める。
指先がそっと輪郭をなぞった。
まずい、変態だ。白目事案である。
白目を剥いたせいで一瞬暗くなった視界が戻ると、至近距離でセシルが私の顔をガン見していた。
「理想の顔……………」
なにやら危険な呟きが聞こえる。
人形と言えば、昨日セシルに人形みたいで可愛い的なことを言われなかったか?
あれは社交辞令じゃなかったのか。
「あーむり、すき。帰したくない。でもおとーさまに怒られる……でもでもこんな好みの逸材この先一生お目にかかれないだろうし………はぁああ…」
低めの声でブツブツと独り言を言いだした。
完全に危ない人である。
「ちょっと、大丈夫………?」
頭は………と聞こうとしたら、快楽殺人犯みたいな顔でうっとり微笑まれた。
「欲しくなっちゃったぁ……♡」
は、剥がれる!!
これは顔を剥がれる!!
「は、放して!」
ジタバタしながらセシルの下からすり抜けようとするも、反転してうつ伏せになっただけでなかなか抜けられない。
死にかけのドジョウのようにのたうつばかりである。
「待ってミスティア、待ってってば。」
待たない。
元々ゲームの世界だし、気に入った顔を見つけては剥ぎ取って付け替えるタイプのサイコ殺人鬼が出ても不思議じゃない。今の顔も可愛いし、クッションカバーを替えるような感覚で顔の皮を交換している可能性がある。
いや正直自分でも発想が飛躍している、映画やアニメの見すぎ、フィクション脳だとは思うが、この好きなことの為なら何でもやりそうなヤバヤバフェイスを見ていたら動悸がすごくて、落ち着いて現実的に考えている余裕がない。
どこの人形供養の寺かと思うくらいの人形まみれの部屋、ただし供養はしない、で生活する貴族のお嬢さん。
しかもその部屋の主が「人形みたいで可愛いね」とか言ってきたらこれは褒め言葉でもお世辞でもない。確実に危険信号だわ。
今の心境は、言うなれば、うっかり触ったカエルがよく見たら赤と青のまだらだったと判明したみたいな感じだ。汗がすごい。私は代謝は良い方だがこんなに汗が出るのは異常だわ。
しかしそれ以上に目の前のセシル・リースが異常なのよね………。
「落ち着いてよっ!」
そう言って掴まれた足首を動かそうとするがビクともしない。両手で引っ張っても動かない。どう考えても貴族のお嬢さんの握力、腕力ではない。
「怖くない、怖くないから。ねっ? ボクのコレクションにしたいなって思っちゃって、それが口から出ちゃっただけだからさぁ。」
人の足首を固定しながら、ぐるぐるお目目で「怖くないから」とか言う奴は問答無用で怖い。綺麗な顔から涎が出ているし舌舐めずりまでしだした。顔が美少女じゃなければモザイクが入ってもおかしくない顔をしている。
これ私が本当の10歳児じゃないからいいけど、並の小学生ならトラウマものだわ。まさに変質者の所業。
さすがに顔を剥ぐのはないにしても、蝋人形にぐらいはされそうだ。
蝋人形にされて、物理的にセシルの着せ替え人形にされるかもしれない。
「蝋人形は御免よ。」
「蝋人形って? ていうか汗すごいよ?」
指で汗を掬ってペロリとひと舐めする。
「…ん、しょっぱい。」
………………なぜ舐める?
もう生理的嫌悪が凄い。いろんな意味で汚いし、その舐めた指をどこにやるのかとか気になって仕方ない。
ホラー映画に出そうな屋敷だとは思っていたけど、人間が怖い方のホラーとは思わなかった。
これならおばけの方がマシだわ。
女の子、しかも尊敬する騎士団長の娘に危害を加えたりはしたくなかったが、多少は仕方ない。
足首に軽く闇オーラバリアを出すくらいなら、静電気とか適当に言い訳できるだろう。セシルの手を弾いて逃げよう。
「わっ、びっくりした。」
しかし思惑が外れ、弾いた筈のセシルの手はまたすぐに私の足首に戻ってきた。強力磁石か。
威力が弱すぎたか………。
杖もないし、手元が狂って洒落にならない怪我をさせたらまずいので、試せるのは電気ショック魔法の一番弱いやつぐらい……それで怯んでくれたらいいのだが。
というか、それ以上の出力は怖くて出せないので怯んでくれないと困る。
「そっか、魔女だもんね! 魔法もきれい……」
「そ、それ以上近づいたら痛い目見るわよ!」
にじり寄る変態に向かって威嚇するも、効果はない。
そこで電気ショックを放とうとして、やはり思い留まる。この電気ショック、この前ガイナスに試したが一番弱いものでも思ったより痛がっていた気がする。
軍人みたいな男ですら痛がるものを9歳女児に使うってかなり非道では………
「あっはぁ………怯えてちゃってかーわい♡」
躊躇っている間にセシルが再び馬乗りになる。
こうなったら、か…壁か天井をぶち破って誰かに来てもらうか………?
でも騎士団長の家具とか家とかを破壊なんてできないわ……しかも高級そうな人形に囲まれてるし被害が恐ろしいことになりそう。
というか、杖なしでそこまで威力が出せるとバレるのも宜しくないような……?
「やっぱりうちの子にならない? ボクの義姉でも兄嫁でも嫁でも好きなの選んでくれていいから……ね、なろ?」
私が考えを纏められないでいるうちにどんどん話が進んでいく。まるで押し売りの如く、どうしても家族に引き入れようとしてくる。こんな風に目を見開いて息を荒らげながら言われて頷く奴がいるわけないでしょ。
頷いたら最後って感じだわ。
「謹んでお断りさせていただくわ。」
どちらにせよ養子とか嫁とかそんな大事なこと、おじさまやセオドアが関係してくるしセシルの我儘だけで決められないでしょうけど─────ん? 何か引っかかった。待てよ、何だっけ。選択肢が一個多い。義姉でも兄嫁でも嫁でも………あん?
「わわっ。」
私の上に跨るセシルのワンピースを捲りあげ、中から現れたフリルの付いたドロワーズを即座に引っ張り下ろす。
一瞬の後、勢いよく捲られたワンピースの裾が視界で翻り、重力に従ってカーテンが降りるように目の前に戻ってきた。今はただ、私が手を掛けたまま離せないでいるドロワーズだけが裾からのぞいている。
…………男の娘やんけ。




