78 施錠される
翌朝、快晴。
窓の外は、昨日の荒れた天気が嘘のように清々しく晴れ渡っている。ぐっすり寝たので私もスッキリ、爽やかさ増量中。
朝食をいただいてから歓談していると、セシルがまた袖を引っ張ってきた。
「今日帰っちゃうんでしょ? せっかくだから、一緒にお部屋で遊ぼ?」
あざとい。あざとさが爆発している。
このこなれた上目遣い、確実に上目遣い常習者のそれである。
「あら、ジルベールさんのお菓子が焼けるまで待ったら?」
あざとさを撒き散らすセシルをミネットさんが制止した。
なんとジルは、リース家のキッチンでお菓子を作っている。一晩で懐に入り込みすぎだろ。
「出来上がったらボクの分もとっておいて! ね、ミスティア、部屋で着せ替えごっこしようよ。」
ボクっ娘だったのか。
ロリータ服のボクっ娘……、まあ、合っているわね。
「そうね………」
「やった♡ 決まり、言質とった!」
ん? あ、まずいわ。
空返事しちゃった。
他人の話はよく聞けと先人も言っているというのに………。
「えっと、何? 何するの?」
やたらはしゃいでいるセシルに引っ張られて階段へ向かう。遊ぼうとか言っていたのでそれ関連だとは思うけど……私の見解では、言質とったとか言う奴にロクな奴はいないので不安だ。
「着せ替えごっこだよ。」
マリーちゃんといい、少女趣味なセシルにはぴったりの遊びね。でも私、人形の服を着せ替えて喜ぶ年齢は過ぎたのよね。今は10歳ではあるけど………そもそも10歳って着せ替え遊びする? 忘れたけど、あんまりしなくない?
などと考えているうちにセシルの部屋の前に着いた。名前の書かれた木製のプレートを揺らしてドアが開く。
「はい、どうぞ。入って。」
ドアを開けたセシルが、掴んでいた私の手を離し、その手で中へ促す。
ゲストルームですらお姫様ベッドの可愛い部屋だった。セシルの部屋ならどんなファンシールームだろうかと少し興味はある。
童心に帰って人形遊びするのもやぶさかではない。セシルの持っている人形なら高級品だろうし、今世では多分もう遊ぶ機会はないだろう。
可愛いお人形に可愛い服を着せるのはいくつになっても心躍るもの。
「お邪魔しま………………」
なーんて子供心を呼び起こしている場合ではなかった。
「どうしたの、ミスティア。」
目の前の光景に絶句している私に、背後から甘ったるい声が掛かる。
ビクッと反応した肩を抑えるように手が置かれた。
「あ、え………と、私、やっぱりジルのお菓子を……………」
下で待っとこうかな〜、なんて………。
「一緒に遊ぶって言ったよね?」
肩口からセシルの可愛らしい顔が覗く。
透き通った大きな目が私の目の奥を覗いている。
「あの、この部屋………。」
念を押す言葉に明確な返答が出来ず、ひとまず目の前の戦慄の対象を指差す。
セシル・リースの、ファンシーな部屋。
絵本や映画に出てきそうな、可愛いソファーに可愛いベッド。全て水色、白、くすんだ金で統一された、清楚な印象がありながらも豪奢な部屋。これに関しては想像より落ち着いていた。
しかし家具や装飾の色合いが落ち着いていようがそんなことは微細なことである。
フォロー度合いで言えば、ミートスパゲッティをぶちまけた白いTシャツにペンで皿と麺の絵を描いてデザインっぽくして誤魔化す、これに及ばない程度だ。
「かわいいでしょ?」
「か、かわ………」
可愛くない。全然可愛くない。
これはもう負け惜しみとかではなく全く一切可愛くない。
一つ一つは可愛いと思うが、全体で見ると怖い。
そう、怖いのだ。度を越したファンシーは怖い。過ぎたるは及ばざるが如しと言うが、及ばないどころか真逆の印象を与えている。
人魚も妖精もハーピィもエルフも単体で見たら可愛いけど、一つの胴体に魚の下半身と妖精の翅と鳥の羽が生えて耳長で目がつぶらだったら邪神に見えるアレである。
いや、アレとか言ったけど別にどれでもない、今思い付いた例えなんだけど、何はともあれ不気味ということね。
「おとーさまの手伝いとかしてコツコツ集めたコレクションなんだけど……」
問題はそのコレクション───壁一面、ソファーの上、出窓、サイドテーブルやベッドの上、部屋中ありとあらゆる場所に置かれ、棚のほとんどを占拠する人形である。
マリーちゃんのような赤ちゃんサイズの人形が大多数だが、手持ちサイズのもの、逆に人間の子供くらいの大きさのものまで多種多様。
どこを向いてもどれかと目が合う。
こんな部屋に平気で住んでいるような奴が正気だなんて到底思えない。普通なら発狂しそうな部屋だもの。
立ち竦んでいると、背後でガチャリと音がした。
振り返れば、セシルが後ろ手にドアに手を回している。
「ふふ♡」
何故いま鍵を閉めた?!
統計(ミスティア調べ)では後ろ手に鍵をかけるヤツは部屋の中でまずいことをやらかす確率が高い。
…………これから後ろめたい事をするぞっていう合図では?
「えっと、今からお人形遊びをするのよね……?」
お人形が多過ぎるけど。
違ったらどうしよう、退路は完全にセシルに塞がれている。この恐怖ルームを見た瞬間飛び出すべきだったか……戦場では迷いが命取りになるというのを身をもって実感している。
「うん、そうだよ。」
あ、でもお人形遊び肯定してる。
良かった、不気味なのに目を瞑れば平和そう。後ろめたい何らかの行為を働くつもりではなさそうだ。
いざとなったら突き飛ばして逃げよう。年下の女子だし、雑魚の私でも死に物狂いで抵抗したら幾ら何でも勝てるだろう。
「こっち。」
ドアに付けられた鍵に目をやり、普通に回して開けられるタイプなのを確認していると、セシルが私の両肩に手を乗せ部屋の奥へとグイグイ押す。
そしてゴール地点、多すぎて魔物に見えてきた人形どもが鎮座するベッドに座らされた。よくこんなベッドで寝られるな。悪夢見そう。
「…………あの、ここ?」
「そ。床に置く訳にはいかないからねっ。」
ねっ、じゃない。
床に置くって何をだ。私か………私か?!
ベッドに座った私の上半身をポンと押し、そのまま後ろに倒す。ちょうど頭の辺りにもふっとした枕かクッションの感覚があった。
「はぁ、やっばい………」
頰を紅潮させ、恍惚の笑みで私の上に跨るセシル。瞳は異様に熱っぽくギラついている。
ヤバいのはお前の顔だとツッコみたいが、どうもそういう雰囲気ではない。
完全にマウントを取られていて、押さえられている右手首なんかはさっきから動かそうとしているがギチギチという効果音が出そうな気配がするだけで全く動かない。
…………力、強すぎない?
どう考えてもこの細腕から出る腕力ではない。
セシルはこの小柄な身体のどこから出てくるのか謎な剛力で私をベッドに縫い付けながら、傍から拾い上げた布の塊を差し出した。
「じゃあ、これに着替えよっか。」
どう見ても着せ替えごっこを始める子供の表情には見えない危ない笑顔である。
……というか、人形を着せ替えるんじゃなくて私が着替えるわけ?
「え、着るの、これ………私が?」
「そうだよ♡」
……なるほど、着せ替えごっこ、ただし人形はお前だッ! のパターンね!!
そうきたか!!!




