75 反芻する
ホラー風味回です。
OBAKEが苦手な方は77話をお待ち下さい。
ハーブティーをいただき、リラックスした身体を天蓋付きベッドに横たえる。
白のレースのカーテンは裾もひらひらで、細かいレースがくしゃっとしているのが可愛らしい。ベッド自体も白で統一されており、淡いピンクやオフホワイトの上品なクッションが並んでいる。所謂お姫様ベッドである。
「……ジルはもう寝たかしら。」
そういえば、一人で寝るのは久しぶりだ。
燃えていた部屋のベッドで起きて以来だろうか。同じ部屋ではないけれど、私の部屋の壁の裏側、呼べばすぐ来られる距離にいつもザッハが寝ていたし、ジルを召喚してからは寝る時は大体その辺にジルがいた。
「………ん?」
よく考えたら、ジルは寝ないんだっけ。
一人で暇してるかもしれないわね。
遊びに……いやいや、結局この部屋に戻らなければならない。朝リース家の使用人が来た時に部屋にいないのはまずい。
そもそも他人の家で夜にあちこち部屋を行き来したりするのは良くない気がする。
リース家の人は、魔女や悪魔が夜な夜な自分の屋敷をうろついていようが、恐らく窃盗や物色してるとかいう発想はしない。
私は心が汚れているので、寝てる間に機密書類を盗み見たり、寝込みを襲って暗殺したりされないかとか考えるが。
まぁどちらにせよ、あまり気分の良いものではないはず。控えよう。
未だバラバラと音を立てて雨が降る外の風景と似合わない、フリフリヒラヒラの天井を見つめる。
こういう時は早く寝てしまうに限る。一度寝てしまえば、天井にシミがあるような気もしないし、枕元から聞こえるミシミシと誰かが歩くような音も気にならない。
明日寝坊しても恥ずかしいし、寝よう。
「………………………。」
雷が鳴り、床にベッドとレースの影が浮かび上がる。
私は散々黒雷を落としてきた身だが、やはり落ちると分かっていて落ちるものと予告なしで落ちるものとは違う。この雷は音と光だけで私の魔法のように実害はないが、いや建物とかに落ちたらあるが、少し驚くのでやめてほしい。
今は10時くらいだろうか。
廊下は少しの灯りを残して、消灯している時間だ。空のティーカップを回収したメイドが言っていた。
トイレに行きたい。
いや、廊下が暗いなら危ないし、やっぱり夜に部屋を出てうろつくのは良くない。私は一度寝てしまえば多分朝まで起きない。
寝てしまおう。
………やっぱりトイレに行きた…い気がするが気のせい。大丈夫大丈夫。
為せば成る、寝れば寝れるはずだ。
おやすみ。
「………………~~っくそ!」
ダメだ! 寝れん!!
さっきちゃんとトイレ行ったのに!
あれか? ハーブティーのせいか?
メイドめ!!!
飛び起きた勢いのままにランプを手に取り、廊下に出る。
お手洗いは一階だったな。
「ひゃっ………!」
廊下に出てすぐ左、マリーちゃんが暗闇に浮かび上がる。
「マリーちゃん、ステイ……ステイよ。じっとしててね。」
両手を前に出し、牽制しながら後ずさる。
マリーちゃんも野生動物と同じ。目を逸らさなければ迂闊に動かないはずだ。
目力で威嚇するのだ。
「動いたらタダでは済まさないわよ。」
実際、人様のお家の高価そうなアンティークドールに破壊行為はしないが、お互い無血で済ませるには脅しが必要な時もある。ここはハッタリをかましておこう。
マリーちゃんに念を押して、そのまま翻り、絵画と目を合わせないように廊下を突っ切る。
歩き出す直前、子供の笑い声みたいなものが聞こえた気がするがそれも気のせいだろう。走るような足音も錯覚のはず。
雨の音か風の音か、とにかく何か自然現象的なそんなのと間違えたに違いない。
この廊下、本当に暗い。
等間隔に灯りがついてはいるけど、その間隔が広い。
と思ったら、階段はさらに暗かった。
え、なにここ……奈落の底にでも続いてるの?
手にしたランプで照らすと、手すりの細工が浮かび上がる。昼間は綺麗だが、今見るともう模様の中に顔があるように見える。
照らすのはやめよう。
…それより、階段を下りる足音がダブって聞こえる。
「…………誰?」
振り返るが、やはり誰もいない。いや、いたら困るんだけど。
……もうほんとに気にしない方がいいわね。何かいる感じがするけど、いると思えばいる気がしてくるものだし。
さっさと階段を下り、一目散に目的地に向かう。
「入るわよ、今から入るから。5秒数えるから、何かいるなら今のうちに消えておいて。」
トイレに向かって一応警告してから中に入る。
おばけに魔法って効くのだろうか。もし霊が出たら、一発落としてみるのもアリかもしれない。
と、散々懸念したものの何事もなく無事入って出られた。警告が効いたのか、もともと留守だったのか。
私はもう行くから、このままあと1分くらいステルスしておいてくれ。
台にランプを置いて手を洗う。
洗い終わって顔を上げると、前にある鏡、私の向こうに人影が映っていた。
「ひッ………」
思わず出そうになった叫びを抑えて振り返る。ただの壁、誰もいない。
もう一度鏡を見る。眠たくなる色のランプに照らされるそこには、私しか映っていない。
いたわよね? さっき、あの暗がりに後ろに髪の長い……水死した女の霊みたいなシルエットのやつが………。
急いでランプを取ってその場を離れる。
いる、絶対いる! なんかいた!
あと1分待ってって言ったのに!
あ、口には出してないわ。でも心の声で言ったわよ!
一階の廊下を過ぎ、階段に差し掛かった。
階段前、時計の下の石像の目が光っている。
暗い中で、光を反射して光っている。
目が合った瞬間、ランプが消えた。
「っ………!」
息を呑む。
大丈夫、所々に灯りが点いているから見えない訳じゃない。目も慣れてきたし部屋には戻れる。
ランプが消えたことが不気味なだけだ。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
誰かが走る音。
足早に階段を上る。
長い。なかなか三階に着かない。
私の足音、心音。大きく聞こえるそれに混ざる、微かな靴音。
全てを無視して階段を上りきると、三階の廊下で雷が光った。
ゴロゴロという音の後に、また光る。
窓の反対側、部屋の扉が並ぶ壁面に、窓の格子と私の影ができる。
私の後ろに何かいた。
私より背の高い影。
三たび雷が鳴り、もう一度できた影からは消えていた。
大丈夫、消えたならもう居ないわけだ。
大丈夫大丈夫。
───全然大丈夫じゃない。これ絶対トイレの奴だわ! 憑いてきてる!!
なんで?! 私何かした?! まだ攻撃してないわよ!!!
とにかく、振り向かずに真っ直ぐ歩く。
歩いていくと廊下の突き当たりにいるマリーちゃんの顔が近付いてくる。
椅子に座っている筈のマリーちゃんの顔。なぜ、そんな床にいるの………?
背後には霊、前には移動したマリーちゃん。
詰んだわ。
しかもマリーちゃんの横の物陰から光が現れた。
人魂のような………
「っや……………」
暗い廊下の先、人魂の後ろにぼんやりと子供の姿が照らし出される。
やだやだやだやだ、来ないで…
後ろ歩きに退がり、そのまま転びそうになる。
傾いた上半身が何かにぶつかって止まったその時、廊下の先で懐中電灯に照らしたみたいな顔が口を開いた。
「ミスティア、大丈夫?」
怪談でも始めそうな感じにライトアップされたのは、セシル・リースの小動物のような顔だった。




