74 指南される
夕食は、最後に来たおじさまが縦に長いテーブルのお誕生日席に着席して始まった。
おばさまが配慮してくれたのだろう、私の皿には野菜がない。メインのステーキと、お茶の時に質問されて食べられると答えたポテトのみ。
突然夕食をいただくことになったにも関わらず、立派な肉が出てきたのはさすがと言える。
セシルによれば、おじさまは任務で家を空けることが多く、家族揃って食事をすることはあまりないらしい。
そんな貴重な日をわざわざ私に割いてくれるとは。
高級肉と言い、好意で圧死しそうだわ。
「お話楽しかったわ。では、また明日ね、ミスティアちゃん。」
食後のお茶の時間には私も緊張が解けてきて、いろいろな世間話をした。
ジルの方は、おばさまとは昼のうちから刺繍の話題で仲良くなっていたみたいで、今度会う時は刺繍を見せ合う約束までしていたが。
「おやすみなさい。」
「二人とも、ちゃんとミスティアちゃんをお部屋までエスコートしてちょうだいね。」
おじさまとおばさまはまだ飲むようで、ジルも誘われて一杯だけ付き合うらしい。
子供組はお風呂に入って寝るコースだ。
私はセシルとセオドアに続いて廊下に出た。
灯りはついているが薄暗い。
実際は落ち着いた色合いなのだが、外が嵐なのも相まってそう感じるのか、古い洋館といった雰囲気だ。
「夜中はほとんど消灯するので、これを。」
長い髪を翻しこちらに振り向いたセオドアが、ランプを手渡す。
受け取ろうと一歩踏み出すと、絨毯と摩擦してつんのめった。
「わ、わ………」
ぽすっという音と共に、前に大きく傾いた体をセオドアの左腕が受け止めた。右手にあったランプは私から離すように遠い位置で持ってくれている。
「ありがとうございます、あの………」
お礼を言って離れようとしたが、セオドアは何故か私の肩を掴みじっと見下ろしたまま停止している。
まさか何か乙女ゲームなイベントでも始まってしまうのだろうか。次は転ばないように僕の手を握ってて的なセリフを吐かれたら拒否反応で突き飛ばしてしまうかもしれないが、キャラ的にそれはないよな?
お招き頂いたお家の坊ちゃんに障害沙汰を起こすのは避けたい。
「……セシル、ランプを持ってくれ。」
私も停止して様子を見ていたら、セオドアが先に再生したようだ。指名されたセシルが戸惑いながらランプを受け取る。
「魔女殿、転倒する際は手を前に出すな。手首が折れる。」
受け止めた左手で私を押し戻し、手首を掴む。
なんか注意された。
「あ、はい。」
「横から、こう、回転するようにした方がいい。」
ランプがなくなり両手の空いたセオドアは、やたら真剣な表情で私に転倒の講習を始めた。老人会か。全く乙女イベントじゃなかった。
「こうだ。」
私の体を掴んで動かし出した。転倒のシミュレーションをするらしい。転倒中の再現か、私を不自然な体勢で維持している。だいぶ筋力あるのね。
全体重かけてぶら下がってみたい衝動に駆られたが、今日会ったばかりの友人の息子にやることじゃないのでやめとこう。
「出来そうですか?」
とりあえず身を委ねていたら講習会は終わった。
要するに、転ぶ時は手をつかず太ももとかお尻とかから行けってことね。あと頭を守ると。
「理屈は分かったけれど、咄嗟に思い出して実行するのは難しいわね。」
正直に答えると、セオドアは数秒真顔で何か考えるように固まり、それから私の身体から手を離した。
「できれば丸まって転がって下さい。頭を優先で。」
「覚えておくわ。」
頭を抱えて転がるジェスチャーをしてくる。だんご虫みたいな感じか。
前に盗賊とやり合った時も、頭から倒れそうになったものね。気をつけよう。
「では、俺はこれで。」
講習を終えたセオドアは、先に部屋に戻って行った。
転ばないように手を握る系男子ではなく、転んだ時の対処法を指南する系男子だった………いやそんな男子だったか?
守ってくれる系騎士タイプじゃなかったのか……天然属性もあったから、そのせいか?
「ねぇ、お兄さんっていつもあんな感じなの?」
「うん。何考えてるかよく分からないよね。」
セシルからさっきのランプを受け取り、階段を上る。
実の妹でも分からないなら私が分からなくても当然だわ。
「最近は前にも増して分かんないけど。」
階段の先で、壁の影に消えたセオドアのランプを見上げながらセシルが呟いた。
「……何かあったの?」
「うーん、なんか笑うようになっちゃって。」
「え?」
それおかしいことなの?
………いや、セオドアが…笑う………おかしいか。
「普段…人前では、いつも通り無表情なんだけど、人気のないところではたまに微妙に……口角が2ミリくらい上がってるの見ちゃったんだ。」
「へぇ………」
2ミリって視認できるのかしら。
気付くのも凄いし、それくらいで笑ってるから妙だと思われる奴も凄いわ。
「いつも全然笑わない人が、何もない壁に向かって笑ってるんだよ、怖くない?」
「ええ。」
それは怖いわ。
壁に何か………視える系の人なのだろうかと思ってしまう。
「変人だと思ったでしょ? でもこれマシだからね。」
「えっ………そ、そうなの。」
図星だわ。
セオドアが寡黙キャラだとは知ってたけど、家族の前でもずっとあの状態だったとは。
シスコン疑惑もあるし、セシルにくらいは攻略後の優しい笑みでも向けてるのかと思っていた。違ったのか。
「そうそう。前なんか狂ったように剣の練習をしてたんだけど、一番上のおにーさまが出て行ってからは大人しくなったかな。」
ん? どういう意味だ。
マシってことは、前はもっと変だったのが長兄がいなくなって治まったってこと?
でも長兄が出て行くのって確かマイナスな方の過去だったわよね。
「やっぱりそれが原因なのかなぁ………うちの家系、一つのことに打ち込みすぎる性質があって、セオドアおにーさま的には剣技が生き甲斐なのかなと思ってたんだけど。」
私が考えている間にも、セシルは勝手に情報を追加してくる。
生き甲斐の筈の剣を控え始めたことが異常だという話だった。
……狂ってる方が正常だったの?
「最初は何か病気かと思ってお医者さまを呼んだよね。」
どうやらこの妹は、兄が狂ってないことを心配しているらしい。
部屋に戻るまでに、長男が勘当されてからセオドアの様子がおかしくなった(家族以外から見れば正常になった)話を聞かされた。
なんでも、以前は隙あらば剣を振り、食事中などの剣を触れない時はずっと新しい技を考えているような人物だったのが、基礎訓練メニュー(騎士団員がやるやつ)を淡々とこなすだけになってしまったとか。
ゲームでは明かされなかったけど、実は狂人だったのね。
「はい、到着! お風呂はメイドが呼びに来るから。」
部屋まで辿り着き、にこっと笑って首を傾げたセシルが部屋の扉を開く。
「ありがとう、……おやすみなさい。」
「おやすみなさい、また明日!」
ワット数の多そうな笑顔を見せ、そのまま自室に戻る背中を見送る。
同じ階なので、ちょっと安心だ。
部屋に入ってふかふかのソファでしばらく転がっていると、ノックの音がした。メイドだ。
「どうぞ。」
慌てて姿勢を正して返事をする。
完全に気を抜いた体勢から急いで取り繕ったので、ソファから滑り落ちかけた。
……安心しすぎた。
「お風呂の準備が整いました。」
案内してくれるメイドに従い、マリーちゃんと七不思議の絵画がある廊下を進む。
視線を感じるけど、マリーちゃんにも絵画の貴婦人にも目があるんだから当然だ。仕方ない。
視線は人間や霊的なものから発せられるのではなく、生きていようが死んでいようが目が付いていればある。多分。恐らく。きっと。
なので特別それらが私を見ているのではなく、ただ目がそこにあるだけだ。
ガラスか何かの目と、油絵の目。
それ以上でもそれ以下でもない。
見られているというのは自意識過剰である。
「こちらです。」
過剰な自意識を抑えていると、目的地に到着した。
バスタブに突っ込まれ、メイドに洗われる。
身体をあちこちべたべた触られるだろうし自分で洗えますと言おうと思ったが、これもリース家の好意のおもてなし。エステだと思えばいけるなと思ったので、されるがまま、数人がかりで工場の出荷物の如く洗われている。
「お加減はいかがですか?」
「良い感じです。」
そのまま出荷物の如く湯上げされ水分を拭き取られ服を着せられた。
ベテラン風の、メイド長的な人がテキパキやってくれるので立っているだけで全てが終わっていく。
「では、お部屋に戻りましょう。あとでハーブティーをお持ちしますね。」
「ありがとうございました……」
メイド長(仮)に圧倒されながらバスルームを出ると、壁の方からドンッと叩くような音がした。
「っ………な、何…」
びっくりした………と、隣の部屋? で、誰かよろめきでもしたのよね……?
「失礼しました、何か崩れたのでしょう。」
「あ、そうですか………。」
メイド長が落ち着き払っているのが逆に怖い。
何か棲んでたりしないだろうな……




