73 宿泊する
ぽつぽつと降ってきた雨は、徐々にポツポツポツポツ……になり、続いてポポポポポポ……となり、マシンガン乱れ撃ちの如きダダダダダダ、ババババババを経て、最終的にバケツをひっくり返したみたいな土砂降りになった。
「止みそうにないわねぇ。」
頰に手を当てたおばさまが、窓の外を眺めながら憂げに呟く。
あの後テラスに戻った私は、屋敷の中の応接室に案内され、そこでおばさまたちと一緒に雨の様子を見ていた。
ちなみに、おじさまは仕事で席を外したまま、セオドアは既に消えていたのでいない。
「よし!」
声とともに、窓からこちらへ向き直ったおばさまの手が鳴らされた。部屋にいた全員の視線がそちらを向く。
「今日はお泊まり会に変更しましょう。」
両手のひらを合わせたままの女主人が予定の変更を告げた。
ミネットおばさまの提案で、私とジルはリース家に泊めてもらうことになった。
雨は止まず、この量なら止んだとしても道はぬかるんでいるだろうし帰るのは難しいだろうということだった。
実際はジル移動なら地面を通らないのでぬかるみは関係ないが、土砂降りの中飛ぶのは大変なのでお言葉に甘えることにした。どうやって帰るのとか聞かれたら答えられないしね。
「ジルベールさんは、この部屋を使ってください。」
早速、セシルが私たちをゲストルームへ案内してくれる。ジルは二階、私は三階の別の部屋らしい。ジルはベッドが必要ないし同じ部屋で良かったのだけど。
「じゃあまた後で。魔女様、自分で荷物整理できる? やってあげよっか?」
「そ、それくらいできるわ!」
……荷物ほとんどないし。
全く、人前で私がダメ人間と思われる発言をするのは例え事実でも控えて欲しいわ。
二階でジルと別れ、セシルに連れられて三階に上がる。階段も豪華で、装飾も細かい。
荘厳な雰囲気のアンティーク調の屋敷に、かわいい置物や額、花瓶などが程よく調和している。随所にこだわりが感じられる家なので見ていて飽きない。
「ミスティア、」
観光客のように周囲を舐めるように見回しながら歩いていると、ふいに斜め前を歩いていたセシルが立ち止まった。私も合わせて足を止める。
「ミスティアってお人形みたい。」
「………そう?」
それはお前だ。
「うん、お人形みたいでかわいい。」
言いながら、私の髪を一束掬い上げる。
手から全てこぼれ落ちると、次は頭を撫でられた。セシルの手が梳くように髪をなぞる。
勝手に髪を触らないでほしい。
9歳の子供に対しては余りにも心が狭いので言わないけど。
「うちの子に欲しいくらい!」
漫画だと、ウフッと隣に書き込まれそうな笑顔でセシルが微笑んだ。
「…人形とか好きなの?」
「うーん、かわいいもの全般が好きかな?」
口元に人差し指を立てて、視線を斜め上にやる。あざとい。
やはり、かわいい人間はかわいいもの……同類を求める習性があるのだろうか。関係ないか。
「そこにも飾ってあるよ、マリーちゃん。」
セシルが指差す先、廊下の突き当たりには、クラシックな椅子の上に座らされたアンティークドールがある。
金髪縦ロール、碧眼の、いかにもな人形だ。
目を合わせた瞬間に雷が鳴り、人形の輪郭を浮かび上がらせる。怖い。
ハッキリ言って、怖い。
「あぁ………ほんとね…」
お世辞にもかわいいと言えない程には怖い。
人の大事にしている人形にケチをつけるのは大変心苦しいが、実際かなり不気味だ。空虚な目が廊下を真っ直ぐ見つめている。
なんでこんなものを私の泊まる部屋の近くに置いておくのか。
泊めてもらう分際で文句を言うのは筋違いなのは分かっている。しかしこんな場所に置く必要はないはず。
夜中に動き出しそう………庭師が変な噂を吹き込むから余計に考えてしまう。
不気味だと思うだけで呪われそうでもある。
ごめん、マリーちゃん。思ってない。かわいい、マリーちゃんはかわいい。
心の中で必死に人形に対して弁解していると、セシルが目の前のドアを開けた。
「ここがミスティアの部屋。夕食までゆっくりしてね。」
よりにもよって真ん前の部屋なの?
部屋に入って荷物を片付け、調度品や天蓋付きのベッドを見ていたら夕食の時間になった。
よくよく考えたら、おばさまやセシルはずっと普通にこの家に住んでいるのだから、不気味なことは何もない。セオドアとおじさまは性格的に霊が出ても気づかない、スルーすることもありそうだが………使用人も普通なので大丈夫だろう。
夕食は一階で、ということなので階段の方へ向かう。
窓の外は風がざあざあと音を立て、雨粒が時折窓を強く叩く。不気味なのは天候のせいもある。嵐がホラーハウスを作り出すのだ。
背後にマリーちゃんの気配を感じながら廊下を進む。心なしか誰かに見られているような気もする。
振り返ったらマリーちゃんが背後に迫っていたり………と想像して思わず振り返る。マリーちゃんは定位置、大丈夫だ。
変な想像をするのは良くないわね。
自分の足音だけが微かに聞こえる中、耳に別の足音が届いた。軽い、走るような音。
「────セシル?」
あたりを見回すが誰もいない。もう音は聞こえなくなった。
え……誰の足音?
背中にぞわりとしたものが走る。
足音のした気がする方をもう一度見ると、絵画が目に入った。綺麗な貴婦人の肖像画だ。
────三階の三番目の絵画…
大丈夫、目は合わせてない。
大丈夫だ。
人間、大丈夫を連発する時は大丈夫じゃないことが多いけれど大丈夫。一刻も早く下に降りよう。
「あ、魔女様〜。」
階段に差し掛かると、ちょうどジルが二階からこちらに来るところだった。
助かった………。
「迎えに行こうかと思ったんだけど……ちゃんと一人で来れたんだね。」
「子供じゃないんだから、時間管理くらい自分でできるわ。」
しまった、時間忘れるから送り迎えしてとか言えば良かった。
おばけが怖いから来てなんて言えない。
「見た目は子供だけどね〜。」
ちろりと八重歯を出して笑いながら茶化してくる。悪魔といて安心するっておかしいなと考えて、少し笑ってしまった。
「どうしたの?」
「いや、ジルを連れてきて良かったなと。」
「え、そう………?」
照れ照れとするジルの背後に蠢く尻尾が見える。
「ちょっと! 尻尾!」
服の隙間からはみ出ている尻尾を押し込みながら一階まで降りる。
一階にある時計を見たら夕食に指定された時間の三分前だった。くっついている石像のような装飾は庭師が言っていたものだろうか。
ガラス玉のような目が揺らめいた気がしたけど、大丈夫、大丈夫。




