72 爆散しない
「ふふふ、こうして見ると兄妹みたいねぇ。」
運ばれてきた軽食がテーブルに並べられるのを待ちながら、おばさまが切り出した。
さっき聞いたところによれば、セオドアは私の一つ上、セシルは一つ下らしいので、年が近い。
「この子は本当にセドリックそっくりでしょう。あまり笑わないけど、機嫌が悪い訳じゃないから気を悪くしないでね。」
知ってる。ゲームでも攻略しないとセオドアは笑わない。知ってる。
話題にされたセオドアを見ると、彼もこっちを見ていた。
「すみません。」
初会話で謝られちゃったわ。
「いえ、私も無愛想なので………お気を悪くされたら遠慮なく言ってください。」
「あらぁ、ミスティアちゃんは可愛いからいいのよ!」
「あ………いえ…」
この人すごく褒めてくる。
ノアと同じくピュアピュアオーラが漂っているので苦手だ。
何て返せばいい…どうする……
「魔女様はあんまり褒めると照れて言葉に詰まるんですよ。」
なんかジルがフォローしてくれそうな雰囲気だ。
「そうなの。そう言われれば少し赤くなっているわ。」
「はい、だからもっと褒めていいですよ!」
な、何を言うんだこの悪魔!?
「あ、魔女様が睨んでるのでやっぱりナシで。」
「あら、残念だわ〜。」
渾身の目力で睨みつけていたら、なんとかジルが折れた。
危なかった………褒め殺されるところだった。
と、思ったのも束の間、更なる関門が襲いかかった。野菜だ。
「さ、どうぞ召し上がって。」
おばさまがにこにこ勧めてくれるのはテーブルに並べられたきれいなサンドイッチや焼き菓子、色とりどりのケーキ。
ミスティアアイでざっと確認したところ、エネミーはサンドイッチとケーキに潜んでいる。焼き菓子はクリア、安全だ。
「いただきます………」
騎士団長の招待に浮かれて忘れていたが、アフタヌーンティーということは食べ物が出る。
他人の家のテーブルは好き嫌いの多い私にとってはもはや戦場である。地雷がそこかしこに埋まった戦場だ。
しかも失礼なので、そこにあると分かっていても地雷を撤去できない。
私に残された道は、地雷があるのを承知で踏み抜き爆散するか、地雷を避けてすごく変な歩き方をするか、だ。
しかし焼き菓子の道ばかり歩くのもおかしい。サンドイッチやケーキは嫌い? とか聞かれる。遠慮していると思われて勧められる可能性が高い。
………落ち着いて考えよう。
ケーキに潜む敵はピスタチオと人参の匂いがするオレンジ色のクリームだけだ。フルーツしか入っていない安全なものもある。
サンドイッチはどれにも草が侵入している。あとトマト。本来なら抜き取れば良い話だが、おじさまおばさまの前でそんなことは出来ない。
地雷解体の素早さと美しさには自信があるが、躾のなっていない奴だと思われてしまう。
ここはもう我慢してエネミーごと食べるべきか。しかし嫌々食べるというのも失礼ではないか。万が一リバースでもしたら大変なことになる。
口に入る直前にエネミー部分のみ魔法で破壊・消滅させるという手も考えたが、そこまで細かい制御は出来ない。失敗してサンドイッチを雷撃で粉々にする危険な招待客の図が出来上がることは想像に難くない。
「あらそうなの。だから戦に赴く兵士みたいな顔つきだったのね。びっくりしたわ〜。」
「あはは、すみません。」
おばさまとジルの会話が聞こえ、テーブルを凝視していた顔を上げると、ジルがサンドイッチから草を抜き取ってもしゃもしゃ食べていた。
地雷が撤去されたサンドイッチが私の目の前の皿に戻され、並べられていく。
知らない間にジルが話してくれていたようだ。
「いいのよ。遠慮せずに言ってちょうだいね、今度は別で作らせるわ。」
優しい。偏食による無礼に目を瞑ってくれるだけでなく、気配りまでする寛容さ。
使用人も、行儀が悪いとか思ってるだろうけど顔に出さない。
「あの、すみません。ありがとうございます……」
「ふふ、わたくしも辛いものが苦手だからいつも抜いてもらっているの。」
私に気を遣わせない気遣いまでできる。
優しさの権化か。浄化されるわ。
その後も聖なるミネット光線に射抜かれながらサンドイッチその他諸々を食し、会話を続ける。
会話といっても、主にミネットさんが話を回しジルが返事をしていて、ほぼ2人が喋っている。私は質問に答えるくらいで、コミュ力の低さに少し落ち込んだ。
クレイグの指でも煎じて飲むべきか………爪の垢だっけ、どっちにしろ不味そうだしなんか汚いわね。
いやまぁ私もなかなかだが、騎士団長は基本返事は頷きでたまに思いついたように10文字くらい口にする程度だし、セオドアに至ってはただ無言でそこにいるだけだ。
ミネットさんが居なかったらホームパーティではなくお通夜みたいになっているところだわ。
それにしてもセオドアはこの頃からゲーム時点と同じ、無感動でちょっと不思議ちゃんな感じなのね。こんなのゲームみたいにすごいイベントでもないと親密になるの無理じゃない?
心動かそうと思ったらヒロイン並みの1000回転んでも起き上がるタイプのドラマを繰り広げるか、トラックを素手で止めるくらいのインパクトを残さないとダメそう……普通の人間には攻略できないんじゃないの?
まぁヒロインがいなきゃ普通に政略結婚でもするだろうから大丈夫か。
私が考え事をしているうちに、騎士団長は仕事があるからと席を外し、ジルとミネットさんの話題は刺繍の話になっていた。
「あの、お庭見に行きませんか?」
刺繍の話はさっぱりなので引き続き聞きに徹していると、横から袖を引かれた。
「薔薇園が綺麗だから……」
はにかみながら袖を引っ張るセオドアの妹、セシルは、私の返事を待ってもじもじしている。
「あ、えぇ……そうね。」
「やったぁ! お母様、いいですか?」
返事をしたらセシルは母親譲りの花が咲いたような笑顔で喜んだ。
「そうね、セシルちゃん一人でご案内できる?」
「はい!」
「あまりはしゃいでミスティアちゃんを困らせちゃダメよ。」
セシルはこくこく頷いてから私の手を取った。
ジルとミネットさんは刺繍の話を続けるらしい。
「こっちです。」
ニコニコしながら椅子から降り、私の手を引いていく。引かれた私は、子供が引いて遊ぶおもちゃみたいにセシルの後を付いていった。
「ここがお気に入りの薔薇園で、こういう小物とかにもこだわってるんです。」
「あなたが配置してるの?」
「はい!」
薔薇のアーチの下で動物の石像に囲まれたセシルはかなり絵になる。白雪姫と森の動物みたいだ。
「えへへ、このブランコもかわいいでしょ? 座ってみてください!」
ぐいぐいと押され、薔薇に囲まれた木製の白いブランコに座らされた。二人掛けぐらいで支柱に蔦の絡まった、おしゃれな感じのブランコだ。揺れ具合も良し。
「あ! ………ごめんなさい、ちょっと待っててください!」
しばらく揺れる私を見つめていたセシルは、何を思ったのか、忘れ物に気付いたかのように慌てて走っていってしまった。
嵐のような子ね……
セオドア程ではないけど、ある意味セシルも何を考えてるか分からないわ。そういう、ほわっとした家系なのかしら。
する事もないので適当にギィギィとブランコを揺らしていると、ガサガサと人の近づく音がした。茂みから出てきた影と目が合う。
「ぎ、ぎゃあぁぁ………っ!!」
直後に響く悲鳴。
悲鳴の主は、ハンチング帽を被った若い男だった。私を見て腰を抜かしている。
「あの。」
「ひ、ひぃぃぃっ………!」
尻餅をついたまま後ずさる。
人を妖怪みたいに……失礼な奴ね。
「しゃ、喋った………」
どんな反応よ。
「私、何か悲鳴を上げる要素ありますか?」
「あ、ぁえ………? 幽霊じゃない…?」
ちょっと意味がわからないわ。
いくら貧弱だからって幽霊と見紛うほど顔色悪くはない筈だけど。
「私は今日招待されて来た者で、生きてますが。」
「あぁ、お客様………そ、それは大変失礼しました、僕は庭師をしている者です、それじゃ………。」
庭師が逃げようとするので捕まえる。
手首を掴むとビクッと震えた。だから生きてるって。
「幽霊って何ですか?」
「えっと………」
渋っている庭師と睨み合って数秒、気まずそうに目を逸らしながら庭師が口を開いた。
「退職した前任の庭師に、噂を聞きまして……」
噂というのは、この屋敷には生きた人形がいて一人でに動くとか、三階廊下の手前から三番目の絵画と目を合わせてはいけないとか、時計の下の石像の目が光るといった七不思議チックなものだった。
唐突なホラー。
しかしゲームでセオドアに悪霊とかが絡んでくる話はなかったので、本当にただの噂だろう。
庭師はやたら怖がりだったし、前任者にからかわれた線も濃厚だ。
「お待たせしました!」
庭師を解放してしばらくすると、セシルが花冠を携えて戻ってきた。
それを座っている私の頭に乗せ、小さな声で呟く。
「これで完璧………」
「えっと……?」
「あ、これは、友情のしるしです!」
位置調整を終えたセシルは、ぴょんと私の横に座った。
友情のしるしとはまた青臭いことを……小学生の頃を思い出すわ。歳もそれくらいだし、こういうのをやりたいお年頃なのかもしれない。
「あの、ミスティアさん…お友達になってくれますか?」
私の両手を取り、頰を薔薇色に染めながら上目遣いで訊いてくる。あざとい。
これで断ったら心が無いか捻くれ者かの二択だ。
魔女にも友達とか言ってくる優しき平和脳、もうヒロインこの子でいいわ、決定。
「………はい。」
「わあ嬉しい! セシルって呼んでくださ…呼んで?」
これまた母親譲りの花飛ばしエフェクトを乱用し、敬語をやめて距離を縮めてくる。
コミュ力の高さまでヒロイン級。
「………………セシル、よろしく。」
しかも私が名前を呼ぶまで手を離さずじっと見つめてくる鉄の意志、というか強引さまで持っている。この辺もおばさまに似てるし、ヒロイン要素な気がする。
どう考えても勝てないので、とりあえず名前で呼んでおくとセシルは満足そうに笑った。
「うん、ミスティア!」
馴れ馴れしい。
………………おっと、こういう性格の悪い考え方は良くないわ。フレンドリーと言い換えよう。
「じゃあミスティア、次は温室に────冷たっ。」
セシルが首の後ろを押さえる。
それを見ていると、私にも雨粒が直撃した。
空を見るといつの間にか雲がかかっている。
「降ってきそうね。」
「濡れちゃうし、戻ろう。」
ぽつぽつと降り出した雨を避けて、私たちはテラスの方へ引き返した。
トラックを素手で止めるくらいのインパクトの方です。




