71 着席する
薔薇の門をくぐり抜け、案内されるままに前庭を進む。お伽話に出てくるようなそこは、丸っこく剪定された木や薔薇なんかが咲いていて、それはもうお伽お伽している。
「確かにドールハウスみたいだね。」
「見て、あそこウサギの置物まであるわ。」
ジルと二人で歩きながら見ていると、所々にメルヘンな石膏像や小さなアーチがある。
ここ本当に騎士団長の家か?
これでもかというほどメルヘンな庭を過ぎ、ようやく騎士団長の屋敷らしさを感じられる、ライオンの頭を模したノッカーがあるごつい扉の前に到着する。
中に通され、次々と現れる使用人に荷物と上着を剥ぎ取られていると、正面の大階段から、栗色の長い髪を毛先だけふわっと巻いた可愛いお姉さんが姿を見せた。
「あらあらまあまあ!」
胸元で手のひらを合わせ、目を輝かせてまさに花が咲いたような笑みを見せたお姉さんがいそいそと階段を駆け下りる。
「奥様、危のうございます!」
おくさま…?
え、あのお姉さん奥様?
「え………きゃっ!」
ガン見している私とジルの視線の先で、メイドに呼び止められたお姉さん……夫人が、お約束のように足を踏み外す。
間一髪、メイドが支え転落は免れた。
「ありがとう、助かりました。」
よくある事なのか、メイドは「だからいつも言ってるんですよ」といった目を向けたが、客がいるからか黙っていた。
「急がれずとも、お客様は逃げませんよ。」
「だって、可愛い女の子が玄関に!」
黙っていたが、またそわそわ早足になる夫人に小声で注意している。
可愛い女の子って私……しかいないわね、女の子。照れる。
「遠い所をようこそおいでくださいました。わたくしセドリックの妻でミネットと申します。」
夫人はそわつきながらも階段を降りきり、真っ直ぐこちらに向かってきた。
見た目と同じくホワホワした癒しボイスで可憐に挨拶する。随分若い奥さんね。
「あ……本日はお招きいただきありがとうございます、ミスティアと申します。」
「付き添いのジルベールです。」
この日の為に練習した、長らくやっていなかった渾身の淑女の礼をかます。
見よ、私の洗練された所作を! 騎士団長の友人として恥じないレベルにはなっているはず!
と、思ったら直後に隣のジルがした礼の方が高貴な所作だった。ムカつく。
「裏庭にテーブルをご用意しています。セドリックは息子たちを呼びに行ってますから、そちらで少しお待ちくださいね。」
ミネットさんに案内されて裏庭に出る。
これまた執拗にメルヘンなテラスの屋根の下のテーブルに通され、着席する。
ミニチュアのドールハウスにありそうな薔薇模様で統一されたテーブルと椅子は、豪華すぎず程よい上品さを醸している。
「……花束渡し損ねたわ。」
「後で戻ってきた時に渡せばいいよ。」
騎士団長の様子を見にミネットさんが場を後にし、使用人だけが待機している中でジルと話す。
緊張して手に持っているのに忘れていた。
「それにしても、イメージ違うね。奥さんの趣味かな?」
「かわいいの暴力ね。」
さっきサッと通過した屋敷の中も、至る所がかわいさにこだわった装飾で塗れていた。かわいいが具現化して方々から襲ってくる感じ。少し狂気じみたかわいさである。
「お待たせしました、ミスティアちゃ………きゃ……!」
ミネットさんの声のする方に注目すれば、小走りで庭を突っ切り躓いたのか転びかけていた。
「あっ────」
現実的に手がそこまで伸びる訳でもないが、無意識に危ないと言いかけながら手を伸ばし立ち上がったところで、別の手がミネットさんの腰を抱えた。
「あらあら、わたくしったら……ごめんなさいね、またそそっかしいところを見せてしまったわ。」
頰に片手を当ててしゅんとするミネットさんに真顔で手を添えているのは、超絶かっこいい騎士団長だった。
「………もう、わかっています。走らないよう気をつけるわ。」
無言で見つめる騎士団長に、むっと拗ねたようにしながらも反省の言葉を紡ぐ夫人。
言葉を発していないのに通じ合っている。目で語るとは、さすが人類超越種。
その騎士団長の瞳がこちらを向いた。
「お招きありがとうございます、リース伯。」
目が合ったので挨拶しておく。
ジルより優雅な礼をするのは諦めた。
「ようこそ、魔女殿。」
「あら、ダメよセドリック。レディに魔女殿なんて。」
「あ、いえ、呼び方はそれで大丈夫です………」
正直、騎士団長にミスティアさんとか呼ばれても落ち着かない。
「そうなの? わたくしはミスティアちゃんって呼んでもいい?」
「はい。」
「わたくしのことは、おばさまと呼んでね。」
「は………おば…?」
おかしい。危うく言いかけたが罠だ。
自称おばさんの見た目お姉さんって何だ。この場合どう対処したらいい……?
「あの、ミネットさんと………」
「もうすぐ40歳になるのに、おばさまと呼んでくれる人が見つからないのよ………」
「────えっ?」
40………?
20ではなく……?
「おばあさまも良いけれど、おばさま期間も楽しみたいじゃない? わたくしがお婆さんになる前に、是非呼んでくれると嬉しいわ。」
な、なんだその謎のこだわり………。
そりゃこの若さなら誰も呼ばないわ。恐れ多い。
どう見てもせいぜい20代後半、お婆さんまでまだまだまだまだ長そうだけど?
「あ………お……」
「おばさま、ね。」
ジルに助けを求めようとするも、ミネットさんの屈託無い笑顔に阻まれた。
「お、おばさま………」
「そう! そうよミスティアちゃん!」
め、めちゃくちゃ喜んでいる………
「セドリックのことも、お城じゃないんだから、そんなに堅苦しく呼ばずにセドリックおじさんとでも呼んであげて。」
ミネットさんは周囲に花のエフェクトを振り撒きながら、精神の磨り減った私に更に難問を吹っかけてくる。
騎士団長を見れば、無言で頷いていた。
「おじさま………」
呟きに首肯が返ってくる。
ん、確かにいい。おじさま……いい響きだ。
呼んでいいなら呼んじゃうけど? いいの?
「いいわ! 人慣れしてない猫が懐いてくれてるみたいでおばさん嬉しいわ!」
私はペットか。
確かに、セオドアが私と同じ年頃なので、その母親ならアラフォーでもおかしくない。
しかしミネットおばさまもそこはかとなく変わり者の香りがする。ほわほわ天然ドジっ子奥様………ヤバイ人感がヤバイ。いや可愛いけど。
「あの、これ…良かったら。」
おばさまの興奮が落ち着いたのを見計らって、思い出したので花束を渡しておく。
「あら、ありがとう。ずっとミスティアちゃんの付属品かと思ってたわ。」
付属品………なかなか渡さねーからテメェの装飾品かと思ったぜ!早よ渡せや!ってこと?
いや、このホワホワに限ってそれはないか。
「花と女の子って素敵よね。ミスティアちゃんが持ってるのも可愛らしいのだけど……せっかくだからいただくわね。」
おばさまは近くにいたメイドに花を渡し、花瓶に挿しておくよう命じた。
発言から、やはり少女趣味なのだろうか。正直私より花が似合うと思う。
むしろ自分から花を放っているようなミネットおばさまを見ていると、新しく芝生を踏む音がして我に帰る。
目線を移せば青藍の瞳と目が合った。
先ほどの騎士団長のものとよく似ている。……セオドアだ。
「早くこちらへいらっしゃい、お客様がお待ちよ。」
手招かれて近くまでやって来た青い一つ結びの少年は、やはりセオドアだ。ゲームの奴をまんま幼くしたような見た目である。
その後ろには、フリルたっぷりのドレスを纏った青髪の少女がしがみついていた。
二人の背に手を回し、騎士団長が前に出す。
「紹介する。これが息子のセオドアだ。それから、」
「セシルです。宜しくお願いいたします。」
紹介され無言で一礼したセオドアに続いて、少女が自己紹介し淑女の礼をとる。
セオドアはゲームで度々妹について触れており、それがこの子なのだろう。シスコン疑惑もあったが、成る程、ものすごい美少女。シスコンになるのも無理ない。
大きな目に長い睫毛。騎士団長やセオドアよりもやや薄い、くすんだ青の髪をふんわりボブにして、揃った前髪は少し毛先が内に丸まっていて柔らかそうだ。
絵本のお姫様、精巧な着せ替え人形。アイドルのような皆から愛されそうなかわいさがある。礼をして微笑んだだけで圧倒的ヒロイン力を放っている。たぶん数値換算で53万くらい。
「…ミスティアと申します。」
というか、見た目がゲームのヒロインと割と被っている。
今は私の目つきが悪く髪も伸ばしている為、系統が違うけれど、元々のヒロインとは近い。ゲームの攻略対象の妹がヒロインとキャラ被りってどうなのかしら。
両親がこれならこの顔が生まれる可能性はあるが………そりゃこの顔をずっと見続けていたんじゃあセオドアがヒロインに一目惚れしないのも納得である。
「全員揃ったことだし、お喋りは座ってからにしましょ!」
おばさまが機嫌よくテーブルに向かった。
私も席に着き、円形のテーブルにジル、私、セシル、セオドア、おじさま、おばさまの順に並ぶ。
向かいが騎士団長って緊張するわ………。




