69 若者は買収される
「なんだこれ。」
目の前の男が満面の笑みで大量のクッキーを差し出す。
薄い赤、焦茶色、薄茶色、色どりも綺麗なそれは動物の形で、それぞれ顔がついていた。
「クッキーだよ。」
「見れば分かるわ。なんでこんな大量にクッキーがあって、全部違う顔がついてんのかって聞いてんだよ俺は。」
「なんだこれ、に意味含めすぎじゃない?」
ウインクした焦げ茶のクマを手に取る。チョコレートで顔が書いてあるらしいそれは、クッキー自体もチョコレート味だった。
「ふふふ、これを見よ。」
ジルベールは意味深に笑うと眼前の大量のクッキーと同じ形をした道具を見せつけてきた。
ミスティアに貰ったらしい。
褒めるまで自慢する空気を感じたので、適当に「良かったな」と言っておいた。
「ついつい焼きすぎちゃって、良かったら持って帰ってよ。クレイグ弟とかいたでしょ。」
そう言いながら動物どもをペーパーナプキンに小分けに包んでいく。
手際がいいなと眺めていると、この家の主が帰ってきた。
「それかわいいでしょう、自信作よ。」
「お前が作ったんじゃねーだろ。」
ドアを開けて得意げな顔をしながらフードを外すミスティアの手には、鳥っぽい魔物の死骸がぶら下がっていた。
死にたてホヤホヤという感じだが、血が出ていない。雷撃で落としたのだろうか。
「あぁ、これ? 夕食よ。」
俺の視線に気づいたのか、仕留めた獲物を掲げる。
「そういうの、素手で持てるんだな。」
意外だ。
「慣れたわ。普通の動物はまだ無理だけど。」
ミスティアの中では魔物は別枠らしい。
普通逆だ。
いつの間にか梱包作業を終え、ミスティアの隣に移動していたジルベールが、食材をうけとって調理台に乗せる。
それから流し場に差し出されたミスティアの手に水を掛けて洗って、拭くものを渡す。
両者無言で流れるように一連の動作を終えると、ジルベールは調理に取り掛かり、ミスティアは俺の前の椅子に腰掛けた。
職人同士の決まったやり取りのような謎の連携。
俺は何を見せられていたんだろう。
「いつもミスティアが食材を獲ってくるのか?」
「いえ、バラバラよ。今日はジルがあなたを町まで迎えに行って暇だったから、うろついてたら見つけただけ。」
そういえば、今日はジルベールと会う約束で町のいつもの場所で待ち合わせていたが、会うなり拉致された。
「今日はうち来て」と気軽な感じで言い放ち、有無を言わさず胴を掴まれ、突然の事態に混乱しているうちに宙に浮いていた。
そしてそのまま強制連行。まぁ、浮いている時点で俺に選択肢は存在しない。何せ暴れたり抵抗したら落ちる。
「あれは迎えじゃなくて拉致って言うんだぞ。」
身一つで、木よりも高い空中を移動させられる恐怖。しかもジルベールの野郎、しっかり持てばいいものを、汚いものでも運ぶみたいに体から離して持つので、ぶらんぶらんしてすげー怖かった。
せめて事前予告しろ。
俺の身にもなってほしい。
「人に見られたら面倒だからさ~、迅速にしようと思って。」
「迅速すぎるわ。心のケアをしろ。」
調理しながら会話に参加するジルベールに文句を言い、ミスティアに向き直る。
「で、何で連れて来たんだ?」
「リース家について聞きたくて。」
「リース家ぇ?」
リース家、リース家………
リース家と言えば、王国騎士団の団長の…代々騎士団の重役を輩出している家系だ。
質問の意図が読めないでいると、スッと便箋が差し出された。
「リース家にお呼ばれしたのよね。」
手紙の内容は、ホームパーティへのお誘いだった。家族だけでお茶するような気軽なものだと書いてある。
「ホームパーティって言うけど、これカジュアルな服装でとか言いながら、行ったらみんなスーツ着てました…みたいな、そういう面接の罠的なのない?」
「ちょっと意味がわからん。」
「要するに、規模が知りたいってことよ。よくお茶会みたいなのをするのかとか、どんな人を呼んでるのかとか。」
「庶民の俺が知る訳ないだろ。」
何でそれを俺に聞くんだよ。
「えー、クレイグって謎の情報網あるから………何か知らない?」
ジルベールが炊事場から振り返る。
手元見てないけど大丈夫か………こっちがハラハラするわ。
「気軽な催しって書いてあるし、他の貴族が来るわけでもないし、別に怒られたりしないだろ。」
「咎められなきゃ良いってものじゃないわ。あの騎士団長の家に行くのよ、失礼があったら困るじゃない。」
「ミスティアにもそういう気持ちあったんだな………。」
他人を敬う、そういう……
思わず遠い目になる。
「人間離れした動きで、すごく強くてかっこいいのよ……。」
お前の尊敬基準はそこか。
ジルベールを見ると、鼻歌を歌いながら機嫌よく鳥を焼いている。ヤキモチとかは焼かないんだな。
「つーか、よくあの騎士団長サマと友達なんて関係結べたな。」
手紙には友人を招待、という風に書いてある。
招待されるだけでもびっくりだが、騎士団長が友人……直接見たことはないが、噂からして戦闘マシーンみたいなイメージなので、全然想像がつかない。
「邪竜討伐で魔女様と何か通じ合ったみたいだよ。詳しくはそこのパンフレットをどうぞ。」
「ん~?」
皿を並べに来たジルベールがテーブルの角を指す。紙の束がある。
目を通すと、中身は邪竜討伐の詳細な記事のようなものだった。
「これすごい量だな。」
王国から記録係でも出てたんだろうか、かなり詳しく書かれている。
………にしては騎士の記述が極端に少ないな。
描写はミスティアが6割、ミスティア対邪竜が3割、ミスティアと騎士団長が1割ってところか────ほぼミスティアじゃねーか。
「エリル村製よ。」
「うわっ………」
思わず手から離してテーブルに置く。
なんかすげー怨念こもってそうだ。
──引いていても仕方がないので、渋々置いた紙束を拾い上げ続きを読む。
内容は、大事なところだけ要約すると、二人は共闘して助け合い最後に握手………という少年向けの冒険ものの物語にありそうな感じだった。
友人というか、戦友だな。
そういや前に警備隊の先輩が、ミスティアが騎士団長に似てるとか言ってたな。同類だから惹かれ合うんだろうか?
「戦闘民族同士の交流だろ。お互いを鼓舞する為に戦の前にやるようなダンスでも練習しとけばいいんじゃないか。」
「怒るわよ。」
半分は本気なんだけどな。
「騎士団長はそれでいいとしても、ホームパーティだから夫人もいるでしょう。」
いいのかよ。
「……まぁ、リース家はあまり催しはしないみたいだな。当主は騎士団にかかりきりだし、家のことは夫人が取り仕切ってるらしい。」
「知ってるなら、しらばっくれずにさっさと言いなさいよ。」
「たった今夫人の話で思い出したんだよ。」
騎士団の知り合いが、すごく可愛い人だと言っていた。騎士団長が貴族同士の交流に一切興味がないので婦人だけのお茶会や国のパーティくらいでしか見られないとか。
「あとは、屋敷が別名人形の館と言われてるとか何とか。あくまで噂だが。」
「なにそれ、ホラー…?」
「いや、人形の家みたいな感じらしい。夫人の趣味じゃねーか?」
ミスティアが、ふ~んと頬杖をついた。
「ほら、いろいろ知ってるじゃない。」
「ね~。」
いつの間にか料理を並べ終えて着席していたジルベールが、テーブルに肘をついてミスティアと目配せする。
「たまたまドクターに聞いたんだよ。あのロリコンも貴族の遠縁だかの生まれだし。」
「そうなの。高貴なロリコンなのね。」
腕だけは良いから、診療に呼ばれて行ったことがあるのかもしれんが。
「私も一応貴族の端くれだったけれど……こういう集まりに出たことないし、そこまで教育もされてないのよね。主要な貴族の顔と名前とかも全然覚えてないし。」
「ちょっと待て、貴族って何だ。」
「あら、言ってなかったかしら。」
「初耳だ。」
確かに、家出貴族みたいだと思ったことはあったが、本当にそうだとか聞いてない。
え、何でこんな山小屋に住んで悪魔従えてんだ?
「………あ~…」
ミスティアはしばし視線を彷徨わせてからジルベールの方を見る。
俺に言って良かったか考えているらしい。もう言ってるから意味ないだろ。
「ちょっと事情があって、家を燃やしたサイコパスに見つかると面倒だから内緒にしといてくれる?」
ミスティアに目で助けを求められたジルベールが口を開いた。待て待て………
「家を燃やしたサイコパスって何だ?! 怖すぎだろ。」
燃やされたのか?!
にしては精神力強くねぇ?! そんなトラウマ事件があってよく普通にしてられるな!
「あ、ヤバ………特定されるかな。」
「家が燃えた貴族って、クレイグじゃなくても特定余裕よ。」
二人は俺の前でコソコソと話し合っている。
「とりあえず、食べながら話そう。冷めないうちにどうぞ。」
話し合いが終わり、ジルベールが焼いた怪鳥を勧めてきた。そういえば俺の前にも皿が並んでいたな。
「俺の分もあるのか?」
「もう遅いから食べていってよ。」
気付けばもう夕方だ。うちの奴らは、俺は町の中にいると思っているので心配はしないだろうが、ここから町までは森が続く。暗くなると帰れなくなりそうだ。
ジルベールに連れ去られたから灯りも持ってねーし。
「せっかくだけど、そろそろ帰らねーとまずいわ。灯りないから暗いと道見えないし。」
「それなら僕が送っていくから大丈夫だよ。」
「そうか? 悪いな。」
「いえいえ。せっかく作ったから食べて。」
それなら食べていくか。
話の続きも気になるし、こいつの料理美味いからな。
「じゃあお言葉に甘えて。いただきます。」
俺がフォークに手を伸ばすと、二人も食事を始める。
ミスティアの皿だけ野菜が乗ってない。彩りが全くないな。
皿を眺めていると、ジルベールがよそ行きの笑顔でニコニコと話を切り出した。不気味だ。
「で、さっきの話だけど。つい口が滑っちゃったけど、面倒だから忘れてくれない?」
「雑だな!」
面倒って酷くないか?
さっきの話────放火サイコとか気になることを言っていた。
本当なら犯罪者だが……見つかると面倒ってことは狙われてたりすんのか?
「あのさ、犯罪者が特定できてるなら、別にコソコソ隠れず警備隊に話した方が良くねーか?」
「動くと死人が出るタイプの犯罪者だから、こっちから動くなら殺しに行くしかないのよ。」
物騒な上に極端だな!
「そんな凶悪犯なら尚更捕まえるべきだろ……」
「それが、実行犯じゃないし証拠は全くないのよね。そもそも牢にぶち込んだくらいじゃ効果のない、不死鳥のような奴だから。」
「しかも殺すにも厄介な立場なんだよ。」
それって貴族とかそういう………
「……こ、これ俺が聞いて大丈夫な話か?」
「秘密が増えるわね。」
「クレイグの為に、具体的な名前は出してないよ。」
怖い怖い。
聞いたら後戻り出来ないやつじゃねーか。
「触らぬサイコに祟りなし、ということね。万が一見つかったら何か手助けを頼むかもしれないけど、今は気にしないで。」
「それなら最初っから話すなよな………。」
いらん怪しい話を聞かされた俺の心労を慮れ。
「クレイグってお兄ちゃん気質だから、なんかつい心許して言っちゃった。ごめんね。」
「本能で頼れる人間と見做してるのよね、わかるわ。」
ジルベールがえへへと笑いながらふざけたテンションで舌を出し、ミスティアがうんうん頷いている。
「俺はお前らの兄貴じゃないぞ。」
「え~。」
つーかジルベール、お前はかなり年上だろ。
はぁ………まぁ、別に、何かあったら出来る範囲で手は貸してやるけどさ…
「わかった、内緒な。ひとまず誰にも言わなきゃ良いんだろ。」
この仕方のない感じは、確かに弟らしい。
実の弟と違うのは、内緒の内容がおねしょ程度か、ものすごく重いかだな。全然違うな。
「クレイグって噂好きだから心配だわ。」
「人をお喋りなおばちゃんみたいに……別に言わねーよ。」
「そう?」
しかし可愛くない妹だな。
そんな態度だと隊長に全部喋るぞ。
「なら良かった。内緒にしてくれないなら、帰りに森に落としてこなきゃいけないところだった。」
………と、思っていたらジルベールが安心したように言い放った。こいつなら本当にやりかねない。悪魔め!
「冗談、冗談だよ。」
驚愕していると焦って訂正してきた。
ちょっと調子に乗りすぎて怒られたら慌てて謝ってくるうちの弟そっくりである。
「……冗談キツイぞ。」
こんな可愛くない弟も却下だ、却下!
面倒見きれん!
「ごめんって。しないしない。」
「脅すのはダメよ。クレイグ、黙っててくれるなら、また王都でチョコレート買ってきてあげるわ。」
「それ買収じゃねーか。」
この前お土産で貰った高級チョコレート、あれは美味かった。
「ダメ?」
「………ビター多めな。」
クレイグにサイコの話とかする予定はなかったので、後半は蛇足です。
会話の流れで話してしまい口止めをする羽目に………。




